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無限の可能性への冒涜

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「いや、まったく想像ができないんだ。この世界は二人だから成り立っていると思うんだ。ただ、相手が君でなくとも、成り立つような気もしているんだけどね」
 というではないか。
「僕は、研究している中で、相対しているものに対して、結構、造詣が深いと思っているんですよ。光と影、昼と夜、SとMのようにね」
 と言って、ニンマリと笑った。
 マスターもニンマリとしたが、それは、松岡が最後に、
「SとM」
 という言葉を発したことだ。
 松岡が先ほどからこの話をする中で、お互いに相手に気づかれないような、表裏の関係を描いているようで、
「SとMの関係」
 とは少し違っているのではないかという違和感をマスターが持ったからだった。
 SとMという関係を、物理学の研究をしている松岡の口からきくというのも、何か変な気がしたし、松岡のニンマリとした笑みが何を意味するのか、自分も聞いてみたいという思いを込めて、マスターが笑ったのではないかと、松岡は感じたのだった。
 二人は、卑猥な関係を想像しているわけではなく、SMに対して、お互いに独自の考えを持っているのではないかということは、それぞれに意識していることのようだった。
 それが分かっているからか、
「話をするなら、この機会」
 と感じたのかも知れない。
 マスターは、徐々に相手のことを話し始めた。
 最初から話をしないようにしようと思っていたわけではないのだろう。そうでないと、先ほどののっぺらぼうのような感覚だということを口にしないはずだと感じたからだ。
 実際に、松岡と話をしている時には、その男が後ろに回ってしまっていて、決して表には出てこない。そんな存在であることを、マスターは分かっていて、
「いつもこの席を指定席にしているもう一人の人間にも、俺のことを話すようなことはないんだろうな」
 と松岡は感じた。
 もちろん、根拠も信憑性もないが、もし話をしているのだとすれば、今ここで、松岡に話をすることはないと思ったからだ。
「いやいや、その逆なんじゃないか?」
 という人も多いかも知れない。
 相手にも言っている話だから、松岡にも言わないと不公平だと、普通の人は思うだろう。
 しかし、それぞれにm相手が違う時は想像もできないような相手である。マスターが自分に話をしてくれているとすれば、曖昧なことであり、マスターの中に何かの迷いがあるからではないかと思うのだった。
 もっとも、この考えもかなりおかしいのだろう。あくまでも、松岡にとって都合のいい話であり、もし、マスターが話をしようとしたのだとすれば、マスターの本心からではないような気がする。
 松岡は自分の中に、相手を誘導するような力があり、その力によって、導かれたマスターが、話をさせられたのではないかと思った。これこそ夢のような話で、実に都合のいい解釈だといえるのではないだろうか。
 マスターは、実際に二人を合わせたいと思っていたのだろう。
 しかし、二人がここまで一緒になれないということは、何かがあるからであり、それを無理やりに会わそうとすることは、却って無謀な気がしたのだった。
 別に二人が来る曜日が決まっているとか、来る日に決まりがあるというわけではない、完全にお互いが避けてでもいるかのように出会うことはないのだ。
「ここまで会わないのであれば、このまま会わない方がいいのかも知れない」
 とマスターは考え、松岡も同じように感じているのだろうと、マスターは察していた。
 松岡の方は、きっと会いたいと思っているというのは、マスターも分かっている。しかし、偶然でしか成り立たないということであるなら、余計なことを考えるというのは、罪なことのように思えてならなかった。
 そんな二人が出会うことになったのは、それから一か月ほどが経った頃だった。松岡もその話を半分意識から離れていっていたので、青天の霹靂とはこのことだった。
 松岡が店に入った時、その男はすでに、指定席に座っていた。扉を開けた瞬間、松岡と相手の男は目を合わせた。相手はビックリした様子もなく、すぐに目線をそらず。松岡はその時、
「彼が例の男だ」
 と思ったのだ。
 いつもであれば、なぜか自分の指定席はいつも空いていた。別にマスターが意図しているわけではないのに、空いているのだ。それだけ他の人が座るには、何か抵抗があるのだろうが、松岡に分かるはずもない、その男は平然と座っていて、最初に見ただけで、松岡の顔をそれから見ようとはしなかったのだ。
 松岡はそこから少し離れた席に腰を下ろして、きょろきょろとあたりを見渡した。
「この店は、こんな風にも見えるんだね」
 と、呟いたのは、マスターに言ったわけではなく、明らかに、その男に言ったのであって、分かっているのかいないのか、その言葉に反応することはなかったようだ。
「うん、そうだね。松岡君がそこに座るのは初めてだったね」
 と、分かり切っていることを言いながら、マスターは彼を見ていた。
 相変わらずの無表情で、次第に松岡はいらだってくるのを感じた。
 気を遣っているわけではないのに、気を遣っているようにまわりに見えるような素振りをしている自分に苛立っていたのだ。
 だが、マスターは、ただおろおろしているだけで、何も言わない。二人をキョロキョロと見ているのだが、その様子はきっと滑稽に見えることだろう。
 マスターのことをよく知っている常連さんには、こんなマスターの姿は想像もできないに違いない。
 いつでも、冷静沈着で、人へのアドバイスも的確なマスターが、おろおろしている姿など、誰が見たいと思うものか。
 そんなマスターを、他の常連客がどう見ているのか分からないが、マスターは、すでに他の客は眼中にないようだった。
 この二人が、今一触即発になっているように思えて、それが気になって仕方がなかったのだ。
 そんな店に最初にいた彼は、何かパソコンを広げて作業をしていた。
「仕事でもしているのかな?」
 と、まさか同じ大学の同級生だとは思っていなかったので、きっと相手は社会人だろうと思ったのだった、
 見た目の落ち着きは、まわりの大学生とは違う雰囲気を醸し出していて、彼の集中して書いているその姿は、その集中力に、感心するしかないと思えるほどのもので、それだけに、余計に社会人だと思えたのではないだろうか。
 それが、趣味の小説であるということを知ったのは、そのすぐあとだった。ちょうど一息ついた彼に、
「お疲れ様」
 と言って声をかけた時だった。
 彼はやっとにこやかな表情になり、それが充実感や、満足感であるということは分かった。
「こんなにも、満足げな顔ができる人は、初めて見たような気がする」
 と思ったからだった。
「今は何を書いているんだい?」
 とマスターに聞かれた彼は、
「ああ、ミステリーです。最近はミステリーに凝っていましてね、中学時代に読んだ推理小説を今読み直しているところなんですよ。あの頃の感動を思い出しながら読んでいると、いろいろな発想が浮かんでくるようで、楽しいんです」
 というのだった。
 それを聞いて初めて、
「この人は趣味で小説を書いているんだ」
 ということが分かったのだ。
作品名:無限の可能性への冒涜 作家名:森本晃次