中二病の正体
文明国とはまったく違った地域に住んでいる人間、それは、自分たちを人間だとして意識しているのだろうか?
奴隷が存在していて、彼らはその本能から、奴隷であることを自ら受け入れ、自分を納得させることができるという、精神的に今の人間よりも、ある意味進んだ精神力を持っているのかも知れない。
「時代は繰り返させる」
というが、ひょっとすると世界最終戦争が起こり、一度人類が死滅してしまって、また新しい文明ができるとすれば、それは、人類が生まれた時と同じではないかと思うのだ。
その時の文明は今よりも実は発達していて、
「世界の七不思議」
と言われryような、ピラミッドやナスカの地上絵のようなものが、形を変えて生まれるのではないかと思える。
「いや、形を変えることはなく、本当に時代は繰り返されるのではないか?」
と考えるのだ。
聖書の中に出てきた。
「ノアの箱舟」
は、優秀だと神が認めた人たちを始め、一つがいの動物を箱舟に載せて、
「種の保存」
を図ったことになっているが、もし、世界最終戦争が起こるであれば、神がまた箱舟を作るかということになると、
「もうありえないだろう」
と考えられる。
それほど人間というものは、偉大な神の存在をそこまで信じているかどうか、疑問だからである。
世の中では、誰もが神を信仰しているといわれているとしても、結局は自分中心なのである。
神の力を信じているというよりも、恐ろしいということを感じていることで、それが、宗教に走るということなのであろう。
宗教団体の中には、
「いかにも理不尽だ」
と思えるものもある。
そんな理不尽な宗教であっても信じるというのは、
「本当の地獄というのは、あの世にあるわけではなく、この世にあるのだ」
と考えているからだろう。
だからこそ、この世に未練も持たず、、死ぬことを恐れないという。自分たちを守るという意味で、
「自爆テロ」
などというものが存在するのだ。
かつての大日本帝国でも、同じような発想があり、
「自分たちの命は、天子様である天皇陛下のものだ」
ということで、徹底的に教育を受けたのだ。
国家が、一つの宗教のようになってしまって、教育がすべて一つの神話に結び付けられるのだ。
今でも似たような国家があるのだが、そんな国家は本当に閉鎖的で、何が人権なのか分からない。プロパガンダが、すべてだといえるだろう。
そういう国の特徴として、
「万世一系」
というのがある。
特に日本における、大日本帝国の考え方は、すべてが、
「万世一系の高祖をふめる。大日本帝国天皇は……」
ということになるのだ。
教育として、日本国民はすべて、天皇に命を捧げるというのが教育であり、ただ、これは奴隷思想とは少し違うものだった。
奴隷はあくまでも、違う民族であり、人権すら存在しないものだ。
しかし、大日本帝国の国民は、臣民であり、天皇の国家である日本における、天皇の、
「臣民」
ということになるのだ。
そういう意味で、一種の独裁国家だったともいえるのだが、あくまでも、大日本帝国は、
「立憲君主国」
だったのである。
大日本帝国憲法というものが制定され、その中に、
「主権者は天皇である」
ということが明記され、今の日本国憲法では、象徴としての天皇であったが、かなりの権限を持っていた。
だが、実際には神というわけではなかった。明治政府が、中央集権国家を作るために、天皇というものを、
「担いだ」
と言ってもいいだろう。
実際には、御前会議と言いながらも、天皇は発言権がないに等しかった。しかも、天皇は政府の方針に対して、あまり口を出すこともできなかったが、逆に軍に対しては、大きな発言権を持っていた。
それというのも、天皇には、
「統帥権」
というのがあったのだ。
「天皇は陸海軍を統帥する」
という条文が憲法にはあり、これは、政府を通さず、軍は、天皇直轄であるということである。
このことが、大日本帝国における、
「陸軍の暴走」
と言われることを引き起こしたのだが、あくまでも戦争に突っ走る時期において、軍がこの統帥権を逆手にとって、政府に事後承諾させ、外交がめちゃくちゃになるという問題が起こった。さらに、
「陸軍大臣と、参謀本部長を同時に兼任する」
という禁じ手すら使うことになってしまうのだった。
そもそも、陸軍(海軍も名称こそ違え同じこと)というのは、三長官と呼ばれるものがあった。
陸軍大臣、参謀総長、そして、教育総監である。
このうちに陸軍大臣は、大臣というだけに、政府の人間であり、実際に軍を取り仕切っているのは、参謀総長である。
前述のように、参謀総長が長をしている参謀本部は、天皇に統帥権があり、政府といえど、口出しができない仕掛けになっている。だから、満州事変以降、軍が独断専行できるのは、政府が軍のやり方に口が出せないからだ。
しかも、軍は機密重視なので、当然、政府にも内緒にしていることもたくさんある。そのため、軍が作った実績を政府が、追認するという形が多く取られた。
しかも、軍には、
「陸軍大臣を出さない」
ということを盾に、内閣の組閣を妨害することもできる。そうなると、政府も軍に逆らえないということになるのだ。
そんな中、泥沼に嵌ってしまったシナ事変であったが、それを打開するために、英米蘭への戦争に踏み切ったのが、時の内閣総理大臣であり、陸軍大臣も兼任していた東条英機だったが、東条英機には大きなジレンマが存在した。
同じ枢軸国であるドイツやイタリア、連合国のイギリス、アメリカ、ソ連など、戦争指導者がハッキリしていた。
ヒトラー、ムッソリーニ、チャーチル、ルーズベルト、スターリンと、彼らが戦争指導者であることはハッキリとしていた。
しかし、日本はどうであろうか?
首相であり、陸軍大臣である東条英機が、戦争指導者と言えるだろうか?
日本の軍を動かせるのは、大元帥である天皇でしかないのだから、戦争指導者は天皇ということになるのだろうが、そこで問題が起こる。
軍の作戦を考えたり、作戦を指導する立場は、参謀総長なのである。
したがって、戦争指導者というと、参謀総長が現場責任ということになるのだが、東条英機には、戦争責任者として君臨することはできないのだ。
これは、憲法で定められていることではないのだが、それまでの慣習として、
「参謀総長と、陸軍大臣を兼任してはいけない」
というものだ。
これは、一人の人間に権力が集中するのを抑えるためであるし、もう一つは、
「参謀本部に対しては天皇が直轄だが、天皇は政治に口を出せない」
というのがあるため、陸軍大臣は、戦争指導ができない立場にあるのだ。
だから、よく。
「政府が、情報統制をした」
などと言われ、
「大本営発表」
が捻じ曲げられたと戦後分かったのだ。
しかし、大本営というのは、陸軍と海軍の戦争指導として、参謀本部と軍令部が一緒になったもので、政府とは関係のないものだ。
逆にいえば、大本営が、戦果を捻じ曲げて報道するようになったことを、政府自体も知らなかったのだ。