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孤独の中の幸せとは

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「別にいいのに」
 というほど、銀行は貸し付けてくるくせに、経済が回らなくなると、銀行はまったく見向きもしてくれない。
 もっとも、銀行の被害は、尋常ではなかった。過剰融資という罪深いことをしたつけがまわってきたのだろうが、それを差し引いても、銀行はひどいものだっただろう。
「銀行がつぶれることはない」
 という銀行不敗神話が、あっけなく崩壊したのだ。
 その時にどうすれば生き残れるかということで、合併しかないという考えに至ったことで、何とか生き延びた銀行であるが、考えてみれば、今の大手銀行が、元々どこの銀行だったのかなど分からないほど、合併している。
 昔の大手都市銀行と呼ばれていた財閥系の銀行が、他の財閥系に銀行と合併するなど。当時誰が考えただろう。
 そこまでしなければ、生き残ることはできなかったのだ。
 そんな時代だったのだが、仕事において、会社の収入が減って、売り上げが伸び悩むと、今度は考え方を百八十度変えるしかなかった。
 それまでは、売り上げを上げれば利益が出るという単純なものだったが、今度からは売り上げにめどが立たない。そうなると、支出を減らすしかなくなってくる。
 そこで、経費節減が言われるようになった。
 もちろん、一番の経費は、人件費であるが、人件費を減らしながら、社員に対して、
「使用していない電機は消しましょう」
 などと、実に細かいところを指導した。
 さらに、
「定時になったら、皆会社を出てください」
 と、残業を許さないようになった。
 確かに仕事は減っているが、人員もカットされるので、仕事量は却って増えてしまったりする人もいた。この時の弊害として、
「楽な人は楽だが、忙しい人は忙しい」
 とばかりに、仕事が一人に偏ってしまうという問題が発生したりしていた。

                バブル崩壊がきっかけの小説

 茂三は、比較的忙しい部署にいなかったので、それほどきついことはなかった。その分、会社を早く離れなければならず、逆に暇を持て余すことになった。
 給料とすれば、かなりカットされたという感覚があった。全員一律だったので、それも仕方がなかったが、元々それほどあったわけではないので、これもしょうがなかった。
 しかし、何といっても、ボーナスがまったく入らない時代が何年も続いたのは痛かった。ローンが組めないのはもちろん、まったく、予定も立てられない。
 そのため、
「お金がたまったら、結婚を考えないとな」
 と思っていたのだが、その予定が狂ってしまった。
 と書きはしたが、実際に、結婚というものへの願望が強かったわけではなかった。
「いい人がいれば、結婚してもいいかな?」
 という程度で、実際にいい人が現れることもなく、完全に今季を逃してしまった。
 もっとも、結婚していて、いつリストラに遭うか分からないという不安を絶えず感じながら毎日を生きるのも辛いと思われた。そんな不安を感じるくらいなら、一人でいる方がいい。そう思うと、毎日をどう過ごせばいいのかを考えるのも、億劫な時期もあった。
 そんな時期は、とにかく、
「悪いことは考えたくない」
 と感じていた。
 新聞も毎日読んでいたが、この時期は敢えて読まないようにした。人事にいれば、本当は読まなければいけないのだろうが、前のように、出世を目指しているわけではないので、読む必要もなければ、その時の記事のように、ロクなことが書いていないものを、敢えて読む必要などないと思えたのだ。
「新聞なんて、何が面白くて読んでたんだ」
 と感じた。
 毎日のように、朝出かける前、通勤途中に満員電車の中で、人に揉まれながら読んでいるなど、考えてみれば、バカバカしかった。
 それこそ、
「二十四時間戦えますか?」
 などという宣伝に惑わされてか、何の疑問も抱くことなく、会社のためといい聞かせて、仕事をしていたのだ。
 バブル経済の崩壊を誰もが疑わず、突き進んだのと同じかも知れない、
 経済の専門家がたくさんいるのに、一人くらい誰か思いついてもいいのに、本当に思いつかなかったのだろうか?
 思いついたとしても、それを口にしたところで、誰も信じて疑わないこの世界で、何を言ったとしても、
「オオカミ少年」
 呼ばわりされるのがオチではないか?
 仕事をいくら一生懸命にやっても、報われないのがこの世界、誰もが信じて疑わない間に、自分だけは備えをしておくのが得策というものである。こちらも、童話にあった、
「アリとキリギリス」
 の話のようではないか。
 昔から、格言になりそうなことは、たいてい童話や昔話になったりしているものだ。特にイソップやグリムのような西洋の童話には、感心させられるというものである。
 バブル経済も、その崩壊も、ひょっとすると、西洋の童話を勉強していれば、想像がついたのかも知れない。しかし、それはあくまでも後からであれば、何とでもいえることであった。
 しかし、なってしまったものは仕方がない。いかにやり過ごすかということが問題だった。
 茂三は、比較的、その被害には合わなかった方かも知れない。それはあくまでも、それほど深く考えずに、
「なるようにしかならない」
 という程度に考えていたからではないだろうか。
 一種の他人事という感覚が強かったのかも知れない。
 別に楽天的というわけでもなければ、なあなあな性格というわけでもない。とりあえず、深く考えないようにしようと思っただけのことだった。
 バブルの時代には、何といっても、残業がなくなったことで、アフターファイブの過ごし方が、問題と言われるようになっていた。
 自分を中心とした若い連中の中には、趣味を持つ人が増えたのも、特徴であった。
 残業だらけの毎日であったバブル時期でも、年がら年中、残業ばかりしていたわけではない。残業のない時期は、飲み屋通いなどをしていたものだが、それでも、十分に賄えた。
 しかし、バブルが弾けた時に、毎日飲み歩くだけのお金があるわけではない。それに、こんな時期なので、飲み歩いても楽しいわけでもなかった。
 楽天的なことを考えるようにしようとは思っていたが、だからと言って、飲み歩いて、すべてを忘れるなどということはできなかった。
 楽天的なことを考えるようにしたり、余計なことを考えないようにしようという思想は、酒を飲んで、
「嫌なことは忘れてしまう」
 という発想とは全然違っていた。
 楽天的なことは、前を向くことのできるものだが、嫌なことは忘れてしまうという発想は、あくまでも、逃げの姿勢であるのは、間違いないことだったのだ。
 しかも、お金も結構使ってしまうので、そんなに毎日行けるものではない。
「それでは何をすればいいのか?」
 と考えた時、他の人は、趣味などのサブカルチャーに時間を使おうと考えるようになったようだ。
 人気があったのは、スポーツクラブなどであった。
 残業残業の毎日で、運動もロクにせずに、夜食ばかりを食べることで、完全に不健康になっていた。
作品名:孤独の中の幸せとは 作家名:森本晃次