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少年の覚醒

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「親というのは、自分の子供だけでいいけど、こっちはたくさんの子供を見なければいけない。しかも、三年経てば、そお子はいなくなるけど、学校には毎年新しい生徒が入ってくる。ずっと続くもの」
 と考えているに違いない。
 要するに、見ている視点が違うのだ。
 親とすれば、自分の子供しか見ていない。当たり前のことである。
 先生は、預かった子供全体を見る立場だということになり、先生としても、当たり前のことである。
 それゆえに、お互いにずっと続いていくものに対して、見ているものが違うのだ。親に対して、
「他のお子さんに迷惑をかけた」
 と言っても、親とすれば、自分の子供はそんなことはしないと思い込んでいるし、先生が、あからさまに他の子供を贔屓しているように見えるのが癪に障るのだ。
 子供もそのことが分かっているのか、家では親は自分のことしか見ておらず、厳しくしてくるが、学校にくれば、他の生徒と一絡げにされてしまって。自分がせっかく目立ちたいと思っても、出鼻をくじかれるようで腹が立つのだ。
 だから、学校で反抗的な態度を取る。これは先生に責任がないというわけではないだろう。
 ただ、他の生徒も見なければいけないという立場上、しかたのないところもある。しかも、教育委員会、親、生徒の板挟みに遭い、自分の目指していた教育というものがあっという間に破綻させられ、辞めるに辞められなくなり、この先どうしていいのか分からずに、ノイローゼになる先生も少なくはないだろう。
 何しろ相手は大人なのだ。神経を使う営業の仕事とは違う。営業の仕事も今さらできないだろうが、教師の仕事は一度挫折すると、復帰はかなり難しいだろう。

                 既視感とデジャブ

 吉塚が中学生になってから、一度、同窓会を行ったことがあった
 その時、担任の先生がサプライズで聖羅先生を連れてきた。聖羅先生は、その後、教育実習を終えて、そのまま吉塚の母校に配属になった。担任の先生いわく、
「校長先生の強い推薦があったので、先生の赴任地が、うちの小学校に決まったんですよ」
 ということであった。
 教育実習だったこともあって、聖羅先生は、ほとんどの生徒のことを覚えていなかった。
 といっても、顔と名前が一致しないという程度で、インパクトのある生徒は、
「君はあの時の生徒だよね?」
 というように、印象に残った生徒のことは覚えているのだが、顔や名前は憶えていないという状態だった。
「先生が覚えてくれていて嬉しいよ」
 と生徒も、名前も顔も覚えられていないが、自分のことを覚えてくれていることの方が嬉しかった。
 それは他の生徒と自分が比較されているようで、自分だけが贔屓されているような気がするのだ。
 先生に贔屓というと、過去のことが思いだされるので、言わないようにしたが、自分では、他の人との差別化が嬉しかったのだ。
「先生、僕のこと、覚えてくれていますか?」
 と聞くと、先生は、吉塚の顔を見ながら、
「いや、ちょっと覚えていないです」
 と言われたので、
「そっか、覚えていないんだね? 僕は先生に、他の人にいじめられたと言って、泣きついたことがあったんですが、覚えてないですか?」
 と吉塚がいうと、
「いや、実はね。今だからいうんだけど、あの時、苛められているって私に言ってきた人は結構いたんですよ。しかも、何度も言ってくる人もいたような気がしたんだけど」
 と先生がいうと、
「そうなんだ、そこまでは僕も知らなかったな」
 というと、先生は、してやったりの顔をしていた。
 そして、それを見た吉塚は、
「実は、さっき先生が言っていた、何度も言ってきたというのは、たぶん、僕のことだと思うんだ。もし他に誰かがいれば、分からないけど、先生の中で僕のイメージで残ってくれているとすれば、本当に嬉しく思うんですよ」
 というと、先生は今度はニッコリ笑ったのだが、それを見ると、先生は、本当は知らないと言いながら、分かっているのではないかと思うのだった。
 吉塚は、先生にラブレターを書いたことがあったのだが、それは敢えて言わなかった。先生もそのことに触れようとしないのか、最初から忘れてしまっているのか、どちらにしても、今さらこの話題に触れるのは、吉塚にとっては、恥ずかしいだけであった。
 ただ、もし今先生にラブレターの話をすると、
「君だけじゃなくて、皆からもらったもんね」
 と言いかねない気がした。
 ただ、それを言われてしまうと、先生の性格を疑ってしまうかも知れない。
 先生が、いうと、嫌味に聞こえてしまうのだ。たぶん、さっき先生が、
「虐められたと言ってきた人が多かった」
 と言われた時、急に冷めた気がした。
 ひょっとすると、先生がそう言ったのは、自分を避けようとしているからかも知れないと感じたのは、錯覚かも知れないが、錯覚であっても、そう思ってしまうということは、先生がこの場にいるとは思っていなかっただけに、
「もう、何も余計なことを言わないでほしい」
 と思うのだった。
「先生、いじめっ子と、いじめられっ子のどちらを相手にするのが嫌でしたか?」
 と、先生に対して、少しでも皮肉に感じてもらえるような言い方はないかと思っていたが、この聞き方が、しっくりくるような気がする。
 先生はそれを聞いて、少し悩んでいたが、
「いじめっ子の方が気持ちは分かるような気がするかな?」
 と言った、
 それを聞いて、吉塚は少し顔を歪めたのだった。
「どうして、そんな風に思うんですか?」
 と聞くと、
「そうね。あくまでもどちらかというと、という意味でですね。どちらにしても扱いにくいのは当たり前のことだわ」
 と先生は言った。
 少しムッとした吉塚は、
「じゃあ、何で敢えて、いじめっ子の方だって答えたんですか? 曖昧に答えることだってできたしょうに」
 というと、
「そんな質問をしてくるからよ。私がどちらと答えればいいのかを迷わせて、どちらを答えたとしても、何か攻撃しようと思っていること、そして、曖昧に答えれば、先生としても器を疑うというような言い方だってできるはずですからね」
 と、いうのだった。
 明らかに、二人の間には挑戦的な会話が成立していて、少し離れたところで、他の生徒たちに囲まれて話をしていた、本来の担任に先生が、まずいと思ったのか、それを聞いて話を切り上げ、急いで仲裁に入ってきた。
「まあまあ、坂上先生も、そんなにムキにならないでくださいよ。学校での不満をこの場に持ち込むようでしたら、それは教師失格ですよ、先生は、真面目過ぎるんですよ。生徒の挑発に対して、同じ目線で対応してどうするんですか?」
 と言って、聖羅先生をなだめていた。
 吉塚は知らなかったが、この時、担任の先生が言った、
「生徒」
 という言葉は、吉塚に対してではなかった。
 今の聖羅が受け持っているクラスの生徒のことで、そのクラスには聖羅のことを目の敵にする生徒がいたようだ。
 最初の頃は聖羅も、
「この子が悪いんじゃない。悪いのはまわりの人たちなんだ」
 と思っていた。
 それはまわりの大人なのか、それとも同級生なのか。
 同級生だとすれば、その内容は苛めということになる。
作品名:少年の覚醒 作家名:森本晃次