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少年の覚醒

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 薄暗い部屋で、息遣いだけが聞こえてきた。隠微な香りが室内には充満していて、これから何が起こるのか、想像がついただけに、恐怖で声も出なかった。
「坂上君。私は君を愛してしまったのだよ」
 と、セリフは落ち着いているような感じだったが、明らかに息遣いは、ヤバかった。
「教授、一体……」
 と、そこまで口にできたのだが、そこから先は何を言っても同じ気がして、思い浮かびもしなかった。
 教授は荒い息を浴びせながら、唇を奪いにくる。聖羅は自分の気持ちがどうなのかを考える暇もなく、とりあえず抗うしかなかったのだ。
 しかし、抗えば抗うほど教授の興奮度は増してくる。まるで、聖羅の抵抗を待っていたかのような雰囲気に、聖羅はどうすることもできなかった。
「私は最初から、教授のことが好きだったのだろうか?」
 と、後から思っても、その時の心境を思い図ることはできなかった。
 羽交い絞めにされて、抵抗ができない状態で、自分はこれ以上、どうすればいいのか、自分の気持ちを冷静になって確かめたいと思っていたが、それどころではなかったのだ。
 教授の力は想像以上に強かった。見た目は初老であるが、その力は、まだ三十代ではないかと思うほどで、力がそれほどあるわけではない聖羅に抵抗は不可能だった。
 蹂躙されて、辱めを受けるのだが、次第に嫌な気はしなくなっていた。
「教授は、ここまで私のことを好きだったんだ」
 と思うと、抵抗する力は失せてきて、滲んでくるが心地いいくらいに感じられた。
「坂上君、坂上君」
 と言いながら、蹂躙しているというよりも、聖羅の身体を貪っている姿は、まるで子供が母親のお乳をせがんでているかのように思えるのだった。
 それを思うと、子供がいるわけではないので、そんな経験はないはずなのに、教授の態度に癒しを感じるほどになっていた。
 蹂躙されていると思うか、それとも、自分の身体が男を惑わせているのかということを考えただけで、嫌な気分にはならなかった。
 だが、その時、結局最後までは行かなかった。教授が途中でできなくなってしまい、とたんにトーンダウン、二人の間にやるせない空気が流れていて、どちらからも声を掛けられないという、気まずい雰囲気になってしまっていた。
「すまない、坂上君。だけど、私が君を好きになってしまったのは事実なんだ。私にもどうすることもできない感情なんだよ。本当に申し訳ない」
 と言って、ひたすら謝っている。
 その様子を見ていると、気の毒という感情と、かわいいという感情の二つが入り混じっていた。
「いいんですよ、教授。今度からは、こんな強引なやり方はしないでくださいね」
 と言った。
 相手に誤解を受けさせるような表現であったが、聖羅は誤解を受けてもいいと思った。
 それから二週間ほどが経ってから、教授が、
「この間のお詫びに、夕食をごちそうさせてください」
 と言ってきた。
 有名ホテルの展望レストランを予約してくれていたので、
「たぶん、その後、部屋を取っているとか何とかいうんだろうな」
 と、聖羅は思った。
 ホテルの展望レストランなど、今までにほとんど経験したことはなかった。
「さすがに教授ともなると、こういうところをよくご存じなんでしょうね?」
 と、若干の皮肉を込めていったつもりだったが、本山教授には分かったであろうか。
 教授は苦笑いをしながら、
「教授会などでは、よくこういうところを利用したりするからね」
 と、皮肉を分かっているのかどうか、まったく意識していないかのように、普通に返答していた。
 豪華な食事を、夜景を見ながら過ごす時間は、実に贅沢で、しかも相手が教授という知識人ということで、この後どうなるのかということは別にすると、これほど豪華な時間の過ごし方もないと思うのだった。
 教授の話も結構楽しく、学問の話がこれほど、興味をそそる話になるなど、思ってもみなかった。いつもの講義室で受ける抗議のように、相手がその他大勢ではないということに、優越感を与えられた。
 大学生というだけで、優越感のようなものがあるのは、時間を贅沢に使うことができる唯一の立場だからだと思っていた。
 せっかく時間を贅沢に使えるのだから、無駄に使うほど、バカなことはない。それを思うと、教授と時間を共有するというのは、贅沢な時間の遣い方でも、有意義なことだと思った。
 それが、肉体関係においても、という感覚であった。
 実際に、食事でお腹が飽和状態になっているところで、
「今夜は一緒にいたいのだが」
 と教授が、恥ずかしそうに言った。
 教授室でのあの時のことを思い出してのことなのだろうが、聖羅はあの時の教授をかわいいと思いこそすれ、責める気になどまったくならなかった、
「私は、教授を癒しの世界に連れていってあげたい」
 と思っているのだった。
 部屋も、高層階にあり、無駄に広いと思わせる部屋だったが、それだけ空気がきれいな気がして、教授がそのことを分かっていて、ここに部屋を取ってくれたのだと思うのだった。
「坂上君は、こういう部屋には、余裕を感じるのかな? それともプレッシャーを感じるのかい?」
 と、教授が言った。
 教授が何を言いたいのかすぐには分からなかったが、
「どちらもかもしれませんね」
 と聖羅がいうと、
「じゃあ、私とであればどうかな?」
 と聞かれて、
「余裕を感じるとは思いますが、緊張もあります。でも、プレッシャーを感じることはないと思います。そもそも私はプレッシャーを感じるくらいなら、このような部屋にご一緒したりはしませんからね」
 と聖羅は答えた。
 聖羅のその答えに教授はニッコリ笑って、
「君ならそう答えると思っていたよ。この間の教授室で、君が私の興奮した状態を見て、逃げ出そうとしなかったことで、君も気持ちが高ぶっているのだということが分かったからね。おかげで、私も君のことを誘うのに、緊張することもなく、誘えるようになったというもので、そこに肌の触れ合いがあれば、心地よさが生まれることが分かり切っていることのように思えてきたんだよ」
 と、教授は言った。
 教授は奥さんと早くに死に別れているので、身体が寂しいことくらいは分かっていた。だが、教授という立場上、それを表に出すということは普通ならできない。学生に対して、後ろ向きになるわけにはいかないからであろう。
「私は、一種の匂いフェチでね。君の匂いがとても好きなんだ。変態だと思われるかも知れないね」
 と言って、苦笑いをしたが、聖羅には教授を変態だとは、どうしても思えなかった。
 聖羅は教授に抱かれながら、誰かを思い出していた、
「前に付き合っていた男だろうか?」
 そんなバカなことはなかった。
 前に付き合った男は、明らかに物足りない男で、お互いに合わないことを分かっていて、合わせているような感じであった。
 教授には尊敬の念こそあれ、自分とは合わないとは思わなかった。
 考え方も近いところがあり、言葉などなくとも、分かり合える相手だと思っているのだった。
 教授にとって、聖羅がどういう存在なのか、正直なところ分からなかった、
「君と一緒にいると、生きている糧が見つかるような気がするんだ」
作品名:少年の覚醒 作家名:森本晃次