少年の覚醒
と言っているが、言っていることは、格好のいい言い方にしか聞こえないが、嫌味があるわけではなかった、
「君が、文芸サークルの機関誌に載せている作品は、とても私を啓発させてくれる内容なんだよ」
と言ってくれる。
「どういうところがですか?」
と聞くと、
「私も小説を書いたりするんだけど、君の作品をいつもライバル意識を持って見させてもらっているんだ。一種の仮想敵とでもいうべきだろうか」
というではないか、
ライバルを仮想敵と呼ぶのは少し違う気がした、基本的には、好敵手というべきなのだろうが、仮想敵というのは、ある意味本当の敵ではないという意味で、この言葉を使ったのだとすれば、
「さすがは、教授の言葉のチョイス」
と言えるのだろう。
教授がいうには、
「僕は言葉に関しては、人には負けないと思っているんだけど、君のようなフレッシュなアイデアが浮かんでくるわけではない。そのアイデアを思い浮かべていると、僕にとって君はいかに輝いて見えるかということを自分では分かっているんだ。作品を見ていると、やっぱり、自分が好きになった人の作品だと感じてくるんだよ」
というのだった。
教授の言葉を、
「口に出すよりも、文章にする方が、数段うまいのではないか」
と感じていた。
だから、話をするのが苦手なのだろうと思っているが、それでも普通の人よりも会話は十分に上手である。それだけ、文章にすると素晴らしいということでもあり、聖羅が教授を好きになった理由の一つは、そのあたりにあるのだろうと思うのだった。
聖羅はそれからしばらく、教授と付き合っていた。大学を卒業して、母校に赴任してから少しの間もm付き合っていたのだが、お互いに自分の仕事が忙しくなってくると、次第に二人の距離は遠ざかっていった。
だからと言って、寂しいというわけではない。最初から、こうなることが分かっていたうえで、付き合いが始まったと聖羅は思っている。教授の方は少し寂しいと思っているようだったが、感情は聖羅が感じたことと、ほぼ変わらない。
本山教授と別れることになったのだが、付き合い始めたことも、破局を迎えたことも知っているのは、親友の由衣だけだったのだ。
実は、今教授が誰と付き合っているのかということを聞いた時、一瞬、椅子から転げ落ちそうになったが、それも当たり前といえば、その通りであり、何とその相手というのは、由衣だったのだ。
「火事場泥能」
にも見えるが、決してそんなことはない、
聖羅と完全に別れた後での、二人の付き合いだったのだ。それだけに二人には聖羅に対しての遠慮はない。
「男女の関係なんて、こんなものだ」
と思っているほどだった。
後になって、教頭から、
「君の出身大学に知り合いがいる」
と言われて、それは本山教授だと聞かされた時はさすがにビックリした。
ただ、その時に、一つ気になっていた疑問が解消されたのも事実だったのだが、それは自分が機関誌に載せた小説の内容のことだった。
「小学校から、部活を行う」
という発想は、教頭が言い出す前に、大学二年生の頃、聖羅が小説のネタとして書いたものだった。
それ以外にも教頭が発案していることに、聖羅が書いた小説の内容が当てはまることがあった。
「教頭とは気が合うんだ」
と思っていたが、実際にはそうではない。
自分が小説で書いたことだと分かれば、別におかしなことではないのだ。ただ、その後に聞いたのが、教頭と本山教授が知り合いだったということだ、ただの知り合いだったら、教頭が名前を出すことはないだろう。しかもその時に、少ししまったという顔をした。
「ひょっとすると、本山教授の口から、教頭に何でも筒抜けなのかも知れない」
と思うと恐ろしくなった。
さらに、もう一つ、後から聞いた恐ろしい話であるが、中学時代からの腐れ縁と思えるくらい、今は仲の良い由衣は、何と、火事場泥棒になる前は、教頭と付き合っていたという。
そもそも、おじさん好きだったことは知っていたが、教頭と知り合ったのは、ある学会での時のことだったようだ。
その学会の会場設営を手伝っていた由衣は、自分の方から教頭に近寄ったということである。
教頭の方もまんざらでもなかった。しかも、由衣は自分のとても好きなタイプの女性で、お互いに気も合ったのだという。
由衣と実に気が合う聖羅が、教頭とも気が合うのだからそれも当然であろう。
聖羅は気持ちの上で、年上との恋愛に望んでいたが、由衣の場合は違う。快感や身体が最初にあって、それを確かめ合ったうえで、気持ちがついてくるのだった。それを知った聖羅は、年上に嫌気がさしていた。そんな時に目の前に現れたのが吉塚である。
聖羅は吉塚を少年として見ていた。まるで、由衣がおじさんを見る時の目になっていることに気づいていない。
少年である吉塚も、聖羅の魅力にすっかりと魅了され、何をどうしていいのか、完全に金縛りに遭っているかのようである。
それでも二人は結ばれて、お互いの愛を誓いあった。
その時から、吉塚は覚醒した。高校を卒業すると、大学へは主席で突破、さらに、大学時代に、発明をすることで、全国に名前が知られるようになった。そこに聖羅の影が潜んでいることを知っているのは、四人だった。
教頭に、本山教授、由衣に、そして本人である吉岡であった……。
( 完 )
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