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少年の覚醒

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「そういうわけでもないんですよ。まわりがどうのというよりも、僕自身がまわりに溶け込めないという感じなんですよ。友達もできないし、彼女がほしいとは思うんですけど、彼女にしたいと思うような女性がいないんです」
 という。
「友達ができないことに関しては、あなたが何か興味を持てるものが見つかれば、自然と人は集まってくると思うのね。だから、私はそんなに心配はしていないわ。でも、彼女にしたいような人がまわりにいないということは、あなたが、どういう女性を好きなのかということにかかわってくるのでだけど、あなたは、どんな女性がいいと思っているの?」
 と聞かれて、吉塚は、
「僕は、どういうタイプというのは、分からないんです。かわいいタイプがいいとか、綺麗な人がいいとかいう感覚ではないんです。自分が見て、この人がいいと思えばその人が好きな人なんですね」
 という。
「じゃあ、ひょっとすると、吉塚君は、同い年の女の子というのが、自分に合っていないと思っているんじゃないかしら?」
 と聖羅がいうと、
「あっ、そういうことなのかも知れない。どうして、そのことに気づかなかったのだろう?」
 と言った。
「じゃあ、年上がいいとか、年下がいいとか、そんな感じなのかしら?」
 と言われて、
「僕は年上に甘えたいと思っているのかも知れない」
 と吉塚が言って、聖羅の方をじっくりと見た。
 その表情は生々しい表情に見えて、聖羅はまたドキドキしたのだった。
 聖羅の方は、今まで年下に好かれたという経験はなかった。
 むしろ、どちらかというと、年下からは敬遠される方だったかも知れない。一度、大学時代に年下の男の子と付き合ったことがあったが、その時には、すぐに別れることになったのを覚えている。
 その年下の子は、完全に女性に甘えるタイプで、どうやら、マザコンだったようだ。母親のことをいまだに、
「ママ」
 と呼び、それをおかしなことだとは思っていないほど、感覚がずれていたのである。
 その子は、小学生の時に両親が離婚し、母親に育てられた経緯を持っていた。母子家庭ゆえに、
「母親を自分が守るんだ」
 という感覚が強かったのだろう。
 しかも、母親は甘えられると喜ぶのだそうだ。だから、なるべく甘えるようにしているという。
 そういう意味では、一般的なマザコンというわけではないが、母親に対しての感情を、別の形で年上の女性に求め、そして甘えたいという気持ちに変わりはなく、これも一種のマザコンなのではないかと思うのだった。
 最初こそ、
「私が、ちゃんとした青年に戻してあげるわ」
 という気持ちもあってか、彼との付き合いを決意したのだが、想像以上に頑ななところがあり、母親に対しての感情が、次第に聖羅に対しての感情とダブってしまい、自分でもよく分からない状況になっていたようだ。
 そうなってしまうと、さすがに聖羅でも太刀打ちできなくなってしまい、別れることを決意したが、聖羅の中で、彼のことがトラウマのようになり、一時期、
「年下と付き合うことは自分にはできない」
 と思うようになっていたのだった。
 実際に年下とそれ以降、付き合ったことはおろか、知り合うこともなかった。
 知り合ったとしても、相手がすぐに警戒し、知り合うという感情が芽生える前に、相手が離れていくのだった。
「あの人、すごい上から目線のように感じるんだ。近づくことのできないオーラのようなものもある」
 と言って、怖がってしまうのだ。
 もちろん、聖羅は上から目線などという感覚は一切なかった。どちらかというと、年上の包容力で、相手を包んであげていると思っていたくらいなのに、まさか、そんな上から目線などと言われてしまうなど、聖羅としては心外であった。
 だが、吉塚と一緒にいると、今までとは感覚が違っていた。なんといっても、元自分の教え子であり、年齢的にも年の差二けたではないか。
 男性の方が年上なら、十歳くらいの年の差は、そこまで気にすることはないのだろうが、女性が年上というのは、気にならないわけもない。
 そもそも、教え子というのは、先生に憧れる時期というのが、絶対にあるもので、そんな憧れでしかないのであれば、教え子にドキドキしても、まったく意味のないことではないだろうか。
 だが、聖羅は吉塚にドキドキした。それは、いつも教え子として、小学生たちを見ているからなのかも知れない。まだ、発育もしていない子供たちを見ていると、同じ教え子でもすでに、成長期も終えようとしている彼に、子供の頃を知っているだけに、成長した大人の男の子を見ているのではないだろうか。
「先生」
 と、吉塚は慕うかのように声を下げて、真剣さをアピールするかのように、聖羅に語り掛けた。
「吉塚君」
 と、聖羅の方も、吉塚の気持ちをできるだけ、正面から受け止めてあげようと思ったのだ。
 というのが、元教え子に対しての誠意ある態度だと思ったのだが、果たしてそれだけだったのであろうか。聖羅の中で今までになかった感情が芽生え始めているのではないだろうか。
「いや、今までになかったわけではなく、本当はあったのだが、大学時代のトラウマから、自分の感情を押し殺そうとしていたのかも知れない」
 と感じていたのだろう。
 そう思うと、自分のこの感情が、いくら、十歳も年下であっても、相手に大人の男を感じたのだから、立派な恋愛対象になりうると思ったのだ。
 すでに、もう教え子でもない。恋愛対象と思ったとしても、それは悪いことではない。
「吉塚君なら」
 と、聖羅が感じたのは間違いないようだ。
 吉塚の方としても、実は、聖羅が恋愛感情を持つのより、少し遅れて、聖羅のことを恋愛対象としたのだった。
 つまりは、聖羅が吉塚に、
「自分は恋愛対象という目で見られている」
 と思ったのは、勘違いであった。
 かつての先生ということで、子供の頃に感じた憧れを思い出していただけで、子供の頃というのは、憧れがすべてだったような気がする。
 何しろ、まだ思春期にも入っていないのだから、女性をオンナとして見ることはできないでいた。ただ、何かムズムズするものがあると思っても、それがどこから来るものなのか分からないのだ。
 それは、男の子であっても、女の子であっても同じもので、ただ、小学生の頃は女の子の方が発育が早く、思春期に入るのが早かったりするものだ。
 何といっても、女の子には、特別な変化が訪れる年齢でもあるからだ。
 男性と女性の一番の違いは、子供を産むことができるのが、女性だけということで、女性が懐妊できるようになるために、初潮というものを迎え、それにより、身体は一気に大人の女性になるのだ。
 一般的に、十歳を超えるくらいから、初潮の兆候は出てくるという。思春期の訪れに比べれば、かなり早いと言えるだろう。
 精神的な思春期というのは、年齢差はあるが、小学六年生くらいからが一般的ではないだろうか。
 もっとも、女性としては、初潮を迎えたことで、そのまま思春期に突入することもあるというので、一概には言えないかも知れないが、男のこの場合には初潮という確固たる現象があるわけではない。だから、思春期は一般的に中学に入ってからが多いのかも知れない。
作品名:少年の覚醒 作家名:森本晃次