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少年の覚醒

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 そんなわけで、小説の話ができる人が他に欲しいと思うのも無理もないことで、由衣は和歌ができるので、そのつながりだった。そんな由衣を無理に小説の道に引きずりこもうとは思わなかった。彼女の感性は、きっと、人に誘われて開花するものではなく、自分からやりたいと思うことが大切なのではないかと思っていたからだ。
 由衣とは、ふた月に一度くらいは、一緒にどこかに出かけている、
 由衣は、出版社関係の仕事をしていて、旅を中心とした出版社なので、比較的忙しくはないところのようだ、
 しかし、それでも出版社というだけ、なかなか時間を合わせるのも難しい。出張も結構あるようで、ふた月に一度が精いっぱいというところであろうか。
「忙しかったら、もう少し長くしてもいいわよ」
 と、聖羅はいったが、
「いいの。私が会いたいんだから。ずっと仕事ばかりで地方を飛び回っていると、聖羅の顔が懐かしくてね」
 と言った。
 由衣も最初は教職に就くつもりでいたのだが、勉強していて、自分には教師は向かないと思ったのと、文芸サークルに入ったことで、出版社でライターの仕事ができればいいと思ったことによって、旅が好きな由衣には、旅関係の出版社は、天職だと言ってもいいかも知れない。
 小説を書くのは苦手だと言っていたが、ライターのような文章を書くことにかけては、彼女は文芸サークルでも一目置かれていた。やはり、和歌を嗜んでいただけに、文章や文字を扱うのはお手のものとでもいうべきか、由衣には、やはりこの仕事は向いているようだった。
 そんな由衣とその日はランチをして、いろいろな話をしていると、気が付けば、すでに夕方近くになっていたのだ。
 吉塚は、高校一年生になっていた。受験を終えて、やっと高校生になれた喜びでホッとしていた時期でもあったが、クラスではまだ仲のいい友達ができるわけでもなく、一人学校からの帰りだった。
 聖羅はその日、非番だったので、普段なら絶対に遭わない二人だっただけに、この日の出会いはまさに偶然と言ってもよかった。
「先生、今日はお休みだったんですか?」
 と聞くと、
「ええ、大学時代の親友が忙しい人で、今日でないと予定が合わなかったので、休暇をもらったの」
 と言った、
 それを聞いて、吉塚は少し寂しそうな顔をして、
「そうですか?」
 と答えた。
 聖羅には何か思うところがあって、わざと少し話をそらしてみた。
「学校の方は、どう?」
 と聞かれて、
「ええ、入学したばかりなので、まだピンとこないんですが、どうも自分がいる場所ではないかのように思えてきたんです」
 と、少し想像していた言葉に比べて、深刻な内容だった。
「ん? お友達ができないとかいうこと?」
 と聞かれて。
「それもありますけど、まわりの会話に入っていけないんです。元々僕は、賑やかな雰囲気は苦手でしたから、友達の会話に入れないことは中学時代からあったんですけど、高校に入ると余計にそれを感じるんです。何か、皆表と裏がハッキリしているように見えてですね」
 というのだった。
「高校生になると、大学受験を高校入学から考える人もいるというから、友達の中に溶け込んでいるように見えている人も、実は冷めた目で見ている子もいたりして、なかなか扱いにくいところがあるって、私の友達で、高校の先生になった人が言っていたけど、そういうことなのかも知れないわね」
 と、聖羅は言った。
「聖羅先生の方がどうなんです? 同窓会の時には、僕たちの行っていた学校に赴任したというような話をしていましたけど」
 というので、
「ええ、そうよ。あの学校に配属になって、そろそろ二年が経つかしら? あなたたちが卒業してから、あの学校では、小学生から部活ができるようになったのよ。私は今女子バスケ部の顧問をしたりしているわ」
 というのを聞いて吉塚は、
「バスケットか、僕も中学三年間、バスケットをやっていたんですよ」
 と言った。
「へえ、それは奇遇ね、私も中学時代にバスケ部だったのよ」
 とニッコリ笑ったのを見るとと、吉塚もニッコリと笑った。
 この共通点は、吉塚を有頂天にさせた。友達ができないことや、この学校は自分の居場所ではないという思いから、悩んでいた吉塚だったが、聖羅先生と出会ったことで、そんな悩みも吹っ飛んでしまいそうな気がした。
 偶然出会ったこともそうだが、バスケットという話題もあると思うと、さらに有頂天にさせた
 だが、それ以上にドキドキした感覚にさせたのは、吉塚が自分の気持ちに気づいたからだった。
 吉塚も、中学二年生くらいから、自分が思春期であるということに気づき始めた。女性を見る目が変わってきて、まわりの女の子が気になって仕方がなかったのだが、
「何かが違う」
 と思うようになった。
 高校生になって、
「ここは自分の居場所ではない」
 と思ったのも事実だが、それよりも、
「好きになれる女の子がいない」
 という方が正解だったのかも知れない。
 吉塚は、聖羅と一緒に次第に有頂天になっていくことで、その感覚に気づき、さらに自分が、
「年上でないとダメなんだ」
 という思いにさせたのは、聖羅に対して、ドキドキした感情を抱かせたからだった。
 その日、聖羅先生は、吉塚と夕飯を共にした。さすがに自分の部屋に入れるのは憚ると思ったのと、相手が学生で、高校一年生だということを思うと、ファミレスくらいがちょうどいいと思ったのだ。
 それでも二人は、それでよかったのだ。
 吉塚の方とすれば、
「学校に自分の居場所がないと思っている気持ちをぶつけることができる」
 と思い、聖羅先生を目の前にすると、一気にまくしたてるように話始めるものだと自分で思っていた。
 それは、聖羅の方も同じで、
「彼が何かを聞いてもらいたいという感情が溢れ出ている」
 と感じていたのだが、肝心の吉塚の方が、面と向かうと、急に言葉を詰まらせてしまった。
 会話にならないで、沈黙が少しの間続いたが、聖羅の方も何を言っていいのか分からなかった。なぜなら、聖羅の方でも、自分なりに悩みというか、問題を抱えていたので、話ができるだけで気がまぎれると思ったからだ。
 聖羅の方の話は、吉塚の方の、
「子供の事情」
 と違って、もっとリアルな問題だった。
 ドロドロとしたものだと言ってもいい。当然、そんな話を子供にできるわけもなく、それならばと、吉塚の悩みを考えているうちに、自分の問題も客観的に見ることができるかも知れないと感じたのだった。
 それなのに、なかなか吉塚の方から話を切り出してくれない。二人とも予定がまったく狂ってしまったことで、何もできなくなってしまったのだった。
 それでも、五分もすれば、吉塚が少しずつ話始める。
「僕は、どうも学校で自分の居場所がないような気がして仕方がないんですよ」
 と小さな声で言った。
 それを聞いた聖羅は、
「苛めに合っているということ?」
 と聞くと、
「いいえ、違います」
 という。
「じゃあ、皆から無視されているとか?」
 と聞くと、
作品名:少年の覚醒 作家名:森本晃次