少年の覚醒
舞台が学校ということもあり、発想が結構狭くなるということも、小説のネタを考えるうえで、少し楽だったのかも知れない。
小学校にしても、中学校にしても、義務教育である。どうしても、教育委員会や、PTAの力が大きくなるのは致し方のないことだ。それを思うと、教育委員会やPTAを、
「仮想敵」
として見るというのも、一つの考え方として、面白い気がした。
したがって、聖羅は自分が、教師になった時、どのような感情になるのかということを小説にしたためておいたのだった。
小説においては、いくらでも言いたいことも言える。しかも、フィクションということにしておけば、少々の発言は許されるというものだ。
ただ、奇抜なことを書いたわけではない。あくまでも、奇妙なお話やミステリー色を高めるという意味での話であって、話がまとまれば全体の中で埋もれてしまうものだと思うのだった。
自分でもストレス解消にもなるし、話として面白ければそれでいいと思っている。しょせんはプロでもないし、プロを目指しているものでもない。そもそも、プロを目指しているのであれば、
「質よりも量」
などという考えもなく、自分の実力をつけるための努力を惜しまないだろう。
教師になってからも続けられる趣味という意味で、今でも文芸サークルに籍を置き、後輩から質問があれば、指導していくくらいのつもりではいたのだ。
教頭先生との面談(世間話)の時、
「坂上先生は、何かご趣味などはおありですか?」
と言われたので、
「小説を書いたりすることですね」
と答えた。
「ほう、それはなかなか珍しいですね。私の知り合いでは少なくとも小説を書いているという人を聞いたことがありませんね」
と言われた。
バスケットをやっていたことは、中学時代だけのことだったので、今さらそれをいう気はなかった。
そのことを教頭に話したのは、正規採用となり、
「部活の顧問として、何かできることは?」
と聞かれた時に、自分でもバスケットをしていたことを忘れていたくらいだったのを、思い出させてもらったという感じであった。
バスケットのことはともかく、
「坂上先生は、教師を続けながらでも、小説を書いていこうと思っていますか?」
と聞かれた時、
「ええ、できるなら続けていきたいと思います。でも、もちろん、本業は教師ですから、教師の仕事に差し支えない程度にやりたいと思っています。」
と答えた。
「よろしい。教師であっても、自分の興味を持ったことを趣味として続けていけることはいいことだと思います。それが、教師としての仕事の糧となるのであれば、それに越したことはありませんからね」
と言われた。
「はい、バスケット部の顧問も引き受けますし、小説の方もできるだけ書き続けていきたいと思います」
と答えた。
「確か、君は、K大学の教育学部だったっけ?」
と言われて、
「はい、そうです」
と答えると、
「あそこの社会学の教授に、本山教授という人がいると思うんだけど」
と聞かれて、
「ええ、もちろん、知ってます。私の所属している文芸サークルでもよく協力を願っているんですよ、教授も小説を書かれるようで、たまに、投稿されています」
というと、
「ああ、そうなんだ、私は本山教授とは大学の時の仲間でね、たまに交流があるんだけど、まさか彼が小説を書いているなどという話は初めて聞いたよ。ちょっとビックリだね」
と教頭は答えた。
「そうなんですね。お知り合いだったんですね。本山教授は、あまり目立つ方ではなく、サークルに原稿を持ってくる時も、申し訳なさそうに持ってくる方だったんですよ。控えめな方だなとは思っていました」
というと、
「ちなみに、本山君はどんな小説を書いているのかな?」
と聞くので、
「そうですね。家族のアットホームなお話などが多いようですね。やはり家庭持ちの方は、そういう小説に憧れるんでしょうかね?」
というと、教頭は少し苦み走った顔になり、
「そうですね」
と一言言って、黙ってしまった。
「何か余計なことを言ってしまったのかな?」
と考えて気まずい雰囲気を感じた聖羅は、それ以上自分から話をすることはなくなったので、教頭も話をすかさず変えて、すぐに終わるような話に持って行ったのだった。
その時の教頭の苦み走った顔は、なかなか忘れられるものではなかった。だが、聖羅はすぐに忘れた。それはきっと、その時の教頭の顔を、
「まるで夢でも見ているような気がする」
と思って見たからだったのだろう。
教頭がその時以外、怪訝な顔をすることはあまりなかった。
他の教師の前ではどうかは分からないが、少なくとも聖羅の前で、そんな表情になることはなかったのだ。
まさかとは思うが、
「前に自分に対して、怪訝な表情をしてしまったことで、二度と、あんな表情を私の前ではしないようにしようという誓いのようなものを立てているからなのかも知れない」
と感じた。
そこまで律儀な人はなかなかいないと思うが、接すれば接するほど、教頭という人物の奥が深いということが分かってくると、意外と教頭であれば、そのような誓いもあるかも知れないと感じたのだった。
教頭は、最初から、結構聖羅に興味を持っているようだった。今年の教育実習生は、聖羅一人だというのもあったのかも知れない。
しかも、同じ学部の本山教授とも知り合いだというではないか。教頭はそれを分かっていて、聖羅を教育実習生として受け入れたのかも知れない、まさかとは思うが、本山教授からのお願いも含まれていたのかも知れないと思ったが、それも、自分の母校が、知り合いの小学校だったという偶然が、招いたことだったのかも知れない。
それを思うと、偶然とはいえ、この小学校、いや、教頭先生とは、何かの因縁があるような気がしていたのだが、教育実習も終わり、無事にこなすことができたことで、自分の赴任先が、この小学校になる可能性もあると、勝手に思い込んでいたのだった。
そして、実際に卒業間近になって、赴任先がやっと決まり、そこが想像通りの母校であると聞いて、最初に浮かんでいたのは、学校全体のイメージと、教頭先生の顔だった。
ニッコリと微笑んだその顔は、自分が小学生の時の教頭とは、かなりイメージが違うといえた。小学生の頃に教頭先生だった人は、いつもしかめツラをしていて、絶えず生徒の前を歩いているという雰囲気だったが、今の教頭は、教師の前を歩いている教頭であって、生徒の前に直接現れるようなことはしない人だったのだ。
ただ、二人とも、学校の代表であることには変わりなく、PTAや、教育委員会などの矢面に立って、自ら行動するタイプであることは共通している。
それを思うと、
「適材適所というべきか、教頭になるべくしてなるような人が、いつもどの学校にも存在しているということであろう」
と思った。
それは、教師を長年続けていると、そういう先生になる素質を皆が持っているということなのか、それとも、やはり教頭というのは、
「選ばれた人間がなるもの」
ということで、どこの学校にもいるというのが、偶然でしかないということなのだろうか?