少年の覚醒
「でも、あなたは、何かのきっかけで、教師になりたいと思った。でもそれが何か分からないので、それを知りたいと思ったから、ドラマを見てみたわけでしょう? その気持ちを私は笑うことはできない。分からないことを、分からないというだけで、終わらせてしまわないところが、あなたのいいところだと私は思うのよ」
と、由衣はいったが、これが誉め言葉なのか、それとも皮肉から出てきた言葉なのか、ハッキリしないところが、由衣にはあったのだ。
そんな話をしていた二人だったが、二人は、その後、
「どのサークルに入るか?」
ということで、意見を戦わせた。
「どうせなら、同じサークルで活動したい気はするわよね」
と言ったのは、聖羅だった、
「私もできれば、そうしたい」
と、由衣も同じ意見だった。
二人の関係性としては、聖羅が最初に言った意見に対し、由衣が同意するか別の意見をいうかというような関係性だった。聖羅の意見に同意する可能性としては、ほぼ九割以上は賛成のようで、由衣が疑問を呈したり、別の意見を口にするというのは、実にまれなことであった。
他の人が見ていると、二人の関係性とすれば、
「聖羅が主導権を握っていて、由衣がその後ろに控えているというような関係性に見えるかな?」
という意見が多かった。
しかし、どちらかというと、
「聖羅が先に進もうとするのを、由衣が冷静に見定めている」
というものだと、二人は思っていた。
「まるで、衆議院と参議院の関係のようだわね」
と、由衣がいうと、
「微妙に違うように思うけど、大まかにいうとそういう感じなのかも知れないわね。人に一言で説明するとすれば、一番しっくりくる答えなのかも知れないって、私は思うかな?」
と、聖羅は答えた。
二人の関係性は、その後も変わることはなかった。
逆に、そんな頑なな関係だからこそ、少しでも意見が変わったりすると、お互いにぎこちなくなることもあるようで、喧嘩もたまにであったが、してしまうと、ただではすまない、そんな状態になってしまうのだった。
「私たちのような友達って珍しいのかも知れないわね」
と、由衣が言った。
由衣にもその時、自分たちの関係がどういうものなのかは分かっていたが、なぜ、時々仲たがいまでしてしまうのかということが分かっていなかった。
冷静に考えれば分かると思っているくせに、冷静に考えているはずだという矛盾した思いが、頭の中に去来するのだった。
由衣と二人で入ったサークルは武芸サークルだった。由衣とすれば、以前、茶道をたしなんでいた時に、和歌を作っていたこともあり、古典文学は好きだったのだ。しかも、自分で新しいものを作り出すということで、文芸というのは、おあつらえ向きと言えるのではないだろうか。
聖羅の方は、
「小説を書きたい」
と思っていた。
小学生の頃、作文だけは褒められた記憶があったので、文章を作ることは嫌いではなかった。しかし、
「文章を書くというのは、実に難しいことだ」
という意識が強くあったので、まるで別の世界のことのように思っていた。
しかし、新しく作り上げることが好きだと言った由衣に感化されたようになり、
「自分にもできるかも知れない」
と感じたことが、小説を書いてみたいと思うきっかけになったのだ。
大学での文芸サークルは、一年に何冊か機関誌を発行していた。もちろんそれだけではないのだが、機関誌発行が一番のイベントだと言ってもいいだろう。
フリーマーケットや、同人誌関係のお店に置かせてもらったりして、細々と活動していた。
部員は、二十名ほどいるのだが、半分以上は幽霊部員のようなもので、その人たちがいつ活動しているのか分かったものではなかった。一度も会ったことのないという人も結構いて、当然のことながら、機関誌に作品が載ることもない。
「何が楽しくて、名前を連ねているのかしら?」
と思ったが、どうやら学校から部員の人数に合わせて、予算が出るということなので、幽霊部員であってもなんであっても、名前だけ入っているということにしておけばよかったのだ。
大学もさすがに誰が幽霊なのかなどということをいちいち詮索はしない。物理的に不可能なのであって、それだけ、サークルの数もハンパないくらいに存在していたのだ。
テニスサークルだけでも、数十個のサークルがあり、幽霊部員だけでできているようなサークルもあるくらいだ。それに比べれば、ちゃんと機関誌まで出して活動していることが分かっているこの文芸サークルは、まだマシな方ではないだろうか。
文芸サークルで実際に活動しているのは。、六人くらいではないだろうか。
部長と副部長と幹事長を除けば一般部員は三人ということになる。だから、小規模ではあるが、機関誌には、いくらでも投稿ができるというものだった。大体小説を投降する人は、三作品以上くらいを載せている。
もちろん部費だけで足りるわけもなく、アルバイトで稼いだお金を機関誌発行に使うということにしている。
「自分たちでお金も出し合って作る本だから、それだけに貴重なものですよね」
というと、部長も、
「これがうちのサークルの売りなんですよ。すべてを予算の中で行うわけではなく。自分たちが稼いできたお金で作るところに意義がある。しかも、中身は自分の作った作品でしょう? 売れる売れないの問題ではなく、発表することに意義があるというものですよね」
と、言っていた。
聖羅は、いつも五作品くらい用意していた。三作品までは、絶対に載せてもらえるが、予算内で、作品が足りなければ、追加で載せてもらえる。実際には皆三作品を作るのが精いっぱいなので、後の作品も漏れなく載せてもらえることが多かった。
だから、いつも、巻頭と巻末の作品は、聖羅の作品であった。
ジャンルとしては、オカルトやミステリーが多く、
「奇妙な味」
と呼ばれる作品を作っている。
少し長めの作品で、他の人は、ショートショートに近い短編が多いが、聖羅の場合は、中編に近い短編を書いている。他の人の作品の倍くらいの分量なので、作品のボリュームは十分である。
表紙のイラストは、副部長が絵心もあるようなので、いつも書いてもらっている。どちらかというと、副部長は、挿絵担当の部分が多く、文章による作品は、一作品に限られることが多いが、挿絵の才能は相当なもので、副部長の存在感は、それだけでもかなりのものであった。
「副部長の絵は、本当にすごいですね」
というと、
「いやいや、坂上さんの作品が、僕の絵に合っているのかも知れないですね。読んでいて、僕の創作意欲が沸いてくるんですよ」
と、いうのだった。
お世辞なのかも知れないが、褒められて嫌なきはしない。それは、聖羅に限ったことではないのだろうが、特に聖羅はおだてに弱い方だった。
「ありがとうございます」
と答えると、自分がこのサークルに入って本当によかったと思った。
最初に褒められると、こちらも創作意欲が沸くというもの、それまでの半分自分に自信がなかった毎日とは打って変わって、それからは、必要以上に創作意欲が余りあるくらいのものとなった。