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少年の覚醒

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 狭いコートで、小柄な選手が、縦横無尽に立ち振る舞っているところに、身体の大きな選手が、機敏に動くとなると、もし、小兵とぶつかったりすれば、普通のケガでは済まない場合もある、
 本人はそのつもりはなくとも、相手にわざと突進したと見られかねなくて、そうなってしまうと、出場停止処分を受けたり、懲戒処分の対象にでもなれば、下手をすると、選手生命の危機に陥ることにだってなりかねない。そう考えると、身体の大きな選手が機敏に動きまわらない理由も分かる気がする。
 だからこそ、小兵が活躍するのだ。
 チームによっては、身体の大きな選手にボールを集めるという表の作戦とは別に、裏では、
「身体の大きな選手を囮にして、小兵がドリブルで、シュートを決める」
 という作戦を取っているところも少なくないだろう。
 だから、この作戦は、身体の大きい選手に知られてはいけない。
「敵を欺くには、まず味方から」
 ということであろうか?
 ただ、この作戦は、味方を欺くということで、あまり関心できる作戦ではない。
 しかし、聖羅先生の中学の時のコーチは、この作戦が好きなようだった。背が高い選手を、
「あなたが、エースよ」
 とばかりにおだてあげて、実際にはピエロにしていたのだから、その選手は、コーチにとっての、
「傀儡」
 でしかなかったのではないかと思うと、思い出しただけでも、気分が悪くなってきた。
 その選手は、高校ではもうバスケットはしなかった。
 当然あの身体なので、バスケットやバレー部から強引なほどの誘いを受ける。争奪戦だって繰り広げられていたくらいだ。
 だが、彼女は、そのどちらにも入部しようとは思わなかった。入部したのは、茶道部だった。
「私は、これからは、女磨きをしていきたいの」
 と言っていた。
 それはまるで中学の時に、自分をピエロとして使ったコーチへの当てつけのような気持ちだったに違いない。

                 文芸サークル

 高校生になってから、茶道を極めようと思った彼女は、高校卒業の時点で、すでに段を持っていた。
 中学時代のバスケット部しか知らない人は、さぞやビックリしていることだろう。茶道をきわめて、大和撫子を地で行っている彼女の素質は、
「おしとやかな女性」
 として花開いたのだった。
 しかも彼女は、和歌にも精通していて、お茶会で一緒に歌詠みの会を催された時、いつも優秀賞を受賞していた。和歌の世界に手も、彼女の名は、県下では広く聞かれるようになっていたのだ。
 高校生になってからの彼女しか知らない人は、誰もが、
「バスケットをしていたんですって? 今の彼女からは、想像もできないわ」
 と言われていた。
 逆に、最初、中学の彼女しか知らない人が、今の彼女を見て、
「まるで別人だ」
 と言っていたのが、少しすると、
「やっぱり素質があったんだな」
 と、今のその姿に違和感を感じなくなっていた。
 何が彼女をそう見させるのか分からなかったが、結論として、
「やはり、大和撫子の素質を持って生まれていたのだろう」
 という思いであった。
 その彼女と、聖羅は、大学に入学して再会した。
 彼女の名前は、林田由衣と言った。
 中学時代は、同じバスケット部だったのに、あまり話をすることはなかった。それは、聖羅の側に、後ろめたさがあったからだ。
 いくらコーチの作戦とはいえ、クラスメイトを欺くことに、罪悪感があったのだ。
 それ以外のところでは、コーチの人間性は、非の打ちどころがなかったのに、ある意味、場合によっては、鬼になれるというのも、コーチとしては必要なのかも知れない。
 だから、大学に入ってからも、彼女が同じ学部で近しいところにいるのは分かっていたが、聖羅の方から話しかけるつもりはなかった。
「どうせ、私のことだって忘れているに違いないんだから」
 という思いだった。
 しかし、意外なことに、
「あれ? 坂上さん? 坂上聖羅さんでしょう?」
 と、当の本人である由衣から話しかけられた。
「えっ、ええ、お久しぶりね」
 と、明らかに狼狽して答えていたにも関わらず、彼女はまったくそんなことは気にも留めず、
「中学のバスケ部以来だから、三年ぶりになるかしら? 元気だった?」
 と言われて、バスケ部ということを、隠す様子もないことで、さらに、戸惑った気持ちになった聖羅だった。
「ひょっとして、私が、中学時代にバスケットをやっていたことを、隠したいと思っているのかしら?」
 というので、無言で相手の気持ちを察するかのように、様子を見るような素振りで頭を縦に振ると、
「そんなことはないわよ。あの頃はあの頃。今は今よ」
 と言って、ニッコリと笑ってくれた。
 最初はどうしていいか分からなかったが、由衣の顔を見ているうちに、気が楽になってきた。
「本当に、私と話をしていて、嫌な気分になったりしない?」
 と言ったが、
「何言ってるの。声を掛けたのは私の方よ。嫌だったら、自分から話しかけたりなんかするはずないわよ」
 と言ってさらに笑顔になったが。彼女の言っていることはまさにその通りであり、明らかに聖羅の考えすぎではないだろうか。
「それもそうよね。今もバスケット続けてるの?」
 と聞くと、
「いいえ、私は高校に入ってから辞めたわ」
 というので、
「そうなんだ。私は高校までは続けてた。でも、大学に入ったら、今度は違うことをしたいと思うようになったの」
 というと、
「それはどういうものなのかしら?」
 と、彼女は興味を持って聞いてきた。
「私のやってみたいことは、何もないところから新しいものを創造するということをしてみたいの。だから、何か芸術的なことに挑戦したいと思っているのよ」
 というと、
「それいいわね、私は高校時代には、茶道をやっていて、時々、和歌も詠んだりしていたんだけど、何かを作り出すというのは、和歌をやっていて、その時に感じた感動を思い出させるものがあったのを、思い出してきたわ」
 と由衣は言った。
「茶道って、私はよく分からないんだけど、いわゆる、わびさびの世界というものになるの?」
 と聞くと、
「ええ、そうね、礼儀作法もそうなんだけど、お茶室などにも個性があって、お花なども、絡んでくる気がするの。茶道にしても、華道にしても、日本古来から家元などとして続いているものは、それぞれにつながりがあると思っているの。でも、そこに、モノを作り出すという概念をどうして感じなかったのかということが、今から思えば、残念な気がするわ」
 というのだった。
 二人とも、教育学部への入学だったのだが、どうして教育学部にしたのかは、聖羅としては、小学校の先生をやってみたいという気持ちがあった。
 受験勉強にかかわることなく、自由に勉強を教えられるのが小学生だと思ったのが一番の理由だったが、それは、まだまだ自分が将来のことをしっかり考えていなかった証拠だと、大学に入ってから感じるようになったのだ。
「私は、目指す道を中途半端にしか考えていないのかも知れないわ」
 と、聖羅がいうと、
作品名:少年の覚醒 作家名:森本晃次