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少年の覚醒

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「ただ、バスケットボールを楽しくやりたいだけ」
 と思っている生徒には厳しすぎたのか、退部する人も後を絶えなかったた。
 それでも、部員はある程度はいて、辞めていった分の人が、入部してくることで、人数的に少ないと感じたことは一度もなかった。
 学年もまんべんなくいたので、礼儀の方もしっかり身に着けることができた。これもコーチのコーチの指導のたまものであった。
 そんな子―chを思い出しながら、聖羅は生徒の指導を行った。
 そのコーチは自分たちのことをよく把握してくれていた。それはバスケットだけではなく、プライベートなことを相談できるくらいによく見てくれていたのだ。
「学校の先生でもなかなか分かってくれないことを、コーチは分かってくれる。まるでm本当の教師のようだよな」
 と皆、そう思っていた。
 だから、聖羅は、自分が教師であるということからも、あの時のコーチ以上に、生徒のことを分かってあげる必要があると思った。
 バスケットにおける指導はもちろんのこと、今後、中学、高校と進学しても、バスケットボールを続けていたいと思うような生徒を一人でもたくさん作っておきたいという気持ちが強かったのだ。
 何しろ、まだ、小学生で、完全な発展途上なのだ。
 中学に進学して、本格的にバスケットを始めてもらうための、一種のステップのようなものだと考えると、聖羅先生は気が楽になるのだった。
 だから、小学生では、あくまでも基礎を学ぶということに終始していこうと思っていた。試合形式であっても、楽しんでできるようなものを考えていたのだ。
 聖羅はそのために、スポーツ全般から、バスケットにかかわる内容の書かれた本を、いろいろと読み漁っていた。
 スポーツ科学という観点の本も何冊か読むことで、生徒の発育とスポーツの関係を勉強もできて、自分が先生であるということを、再認識できたのだった。
 そこで聖羅先生がもう一つ考えたのが、
「自分の母校での、バスケット指導の見学」
 ということだった。
 小学校には、許可をもらった。
 許可を得るのは部活の発案者で、一番熱心な部活指導者でもある教頭先生だったので、
「授業のカリキュラムに支障をきたさないようであれば」
 という条件で、許可は出た。
 最初は高校時代の母校に、見学の許可を得ようと思ったが、ちょうど、インターハイ前で、選手もコーチや監督と密接にならなければいけない状況であり、張り詰めた状況では、見学であっても、おぼつかないと思えたが、ダメ元でお願いしてみたが、やはり想像していた通り、
「申し訳ないけど、また次回にしてくれればありがたい」
 ということで、丁重に断られたのだ。
 もちろん、分かっていたことだったので、文句は言えない。
 逆に、受け入れてくれるようであれば、
「今回のインターハイも大したことはない」
 と思わないわけにもいかないレベルだっただけに、断られて、安心したくらいであった。
 そこで、次にお願いに行ったのは、自分が卒業した中学校だった。
 そこで初めて、自分はバスケットボールと知り合った。
 あれは、二年生の頃だっただろうか。練習している中学のバスケット部を漠然と見ていたが、どうにもじれったく見えてきた。
「あれなら、私の方が上手かも知れない」
 と感じたが、口に出すことは憚ったのだ。
 そのため、じれったさも手伝って、最初は漠然と見ていたはずなのに、次第に手に汗を握るような緊迫感が自分の中にあることに気が付いた。自然と自分も一緒に練習をしているような感覚に陥ったのだ、
 視線は練習にくぎ付けになり、部員たちも自然とこちらの視線に気づいてきた。
 そして、部員の数人が、聖羅の方を訝しそうに見つめているのを、聖羅の方でも、その視線を次第に熱く感じるようになっていった。
 相手の視線は挑戦的だった。訝しいというよりも、攻撃的な視線に、聖羅の方からもそれにこたえる視線を浴びせたのだ。
 これは、ただの訝しがる視線を浴びせられたのであれば、聖羅の方もそんな挑発的な視線を返すことはなかった。お互いに火花が飛び散るような視線であったが、決して、睨みつけているような雰囲気ではなかった。
 それに気づいた顧問の先生は、聖羅に対して、優しく話しかけてきた。
 その時の先生は、聖羅をなだめるだけのつもりだったのかも知れない。
「どうしたんですか? 練習がそんなに気になるんですか?」
 と先生がそういうと、
「ええ、見ていると、まるで自分の身体が勝手に動いているような気がするんです」
 というと、
「じゃあ、あなたも、バスケットやってみませんか? 身体が勝手に動くような気がするというのは、無意識にやってみたいと思っているからなんじゃないですか?」
 と言われて、初めて、
「その通りかも知れない」
 と思うと、考えがまとまる前に、
「はい」
 と返事をしていた。
 もちろん、最初から入部の意思があったわけではない、ただ、今までやったことのなかったバスケットボールというものに、興味があったんだということに、初めて気づいた気がしたのだった。
「じゃあ、最初は、そこからシュートをしてみてください」
 と言われたので、両手でボールを持って、肘を上げる形で、前に押し出すようにゴールめがけてボールを離したつもりだったが、実際には、まったく届いていなかった。
 それを見て、数人の部員が、噴き出したようだ。
 普段なら、面白くないと思うのだろうが、何しろ初めてのことでもあるし、先ほど見ていて歯がゆく感じた自分に対し、恥ずかしいという思いも入り混じり、複雑な心境になっていた。
 思わず、苦笑いをした聖羅に対し、部員たちも、
「さすがにまずい」
 と思ったのか、バツの悪そうな表情になり、皆、苦笑いに包まれていた。
 この時、初めて部員と、心の交流ができたような気がした。きっと初めて、
「バスケットをやってみたい」
 と感じた時なのだろう。
 先生が、
「今度は、こうやって、ボールを持って、シュートしてみてください」
 と言われてやってみた。
 その腕の遣い方は。確かにテレビなどで見た覚えのあるシュートの打ち方だったのだ。自分がさっきやった打ち方は、完全に素人のやり方だったのだ。
 実際にやってみると、ゴールは決まらなかったが、ほとんど思ったところに打てるようだった。
 先生は、
「ゴールが決まるまで、何度でも繰り返していいわよ」
 と言われたので、先生の言う通りのやり方で何度か挑戦していると、五回目くらいでやっとゴールすることができた。
 他の部員は、ゴールがキッチリと決まった聖羅を見て、まるで自分のことのように喜び、歓喜と称賛を浴びせてくれた。
 それは、嫌味などまったくなく、ついさっき、視線で挑発しあった仲だということを感じさせないほどであった。
 そこに、友情が生まれ、
「バスケットボール部に入部したい」
 と感じたのだ。
 正式な入部はそれから一週間ほどしてのことだったが、皆、歓迎してくれた。聖羅は最初こそ、へたくそで、ボール拾いやパスの練習といったことばかりであったが、それでもよかった。
作品名:少年の覚醒 作家名:森本晃次