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孤独という頂点

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 実際に待合室に一人でいると、後から入ってきた同い年くらいの人も、まわりをやたら気にして、キョロキョロしていたが、とにかく、雑誌に目を落とし、顔を上げることのできない洋二が気になるわけでもなく、まるで洋二の存在に気づいていないのではないかと思えるほどだった。
「いらっしゃいませ」
 と、待合室に自分が指名した女の子がきてくれた。
 パネルにはぼかしが入っていたので、その女性が自分の指名した相手なのかどうか自信がなかったが、店員が、
「お客様でございます」
 と言ってくれたので、ハッとなったが、彼女はニコニコとほほ笑んでいる。
 よく分かっているようだった。
「こちらでございます」
 と手を握っておくの部屋に連れていってくれた。
「ぼかしがあるから分からなかったでしょう?」
 と言われて、
「あ、ええ、そうなんです。僕はそれでなくとも人の顔を覚えるのが苦手な法なので、自分から相手を特定することも苦手だし、相手に自分の知り合いだと指摘されても、俄かには信じられない方なんですよ」
 と言った。
「そういう方、結構いるみたいですね。私も誰かと待ち合わせをした時なんか、間違えたらどうしようってすぐに思っちゃって声を掛けられないんです。だから、本当は声を掛けてほしいくらいなんですけど、今はそこまではないですね」
 というので、
「どうしてですか?」
 と聞くと、
「ここで、さっきみたいにお客さんに声を掛けるようになってからかな? 気にならなくなりました。ここでは、お客さんも緊張しているから、私がもし間違えても、怒る人なんかいないんですよ。それにね、笑顔でごめんなさいっていうと、お客さんも笑顔になってくれるんです。緊張がほぐれた感じというのかしら? だから私も最近は少しあざとい手を使っているんですよ」
「どういう手ですか?」
 と聞くと、彼女は、フフフと笑顔を浮かべて、
「わざと間違えることもあるんですよ。そしてね。ごめんなさいと言ったうえで、小声で、自分の名前を言って、ニッコリと笑うんです。そうすると、次回、私を指名してくれることもありますからね」
 と言うのだ。
「でも、ぼかしを入れるということは、お客さんに名前をいうのは危険なのでは?」
 というと、
「そんなことはないですよ。どうせ、相手をすれば、顔バレはするわけですからね。ただ、ネットやお店で顔を出しちゃうと、公開していることになって、学生だったら先生や親に、別に職を持っていれば、上司などにバレる可能性がありますからね。向こうはお金を払ってきているんだから、お役さんなので、責めることはできませんよね」
 というではないか。
「そうだね、バレちゃったら大変だよね」
 というと、
「私は、別に顔バレを気にしているわけではないんだけど、お店の方から、ぼかしを入れた方が想像力を掻き立てるって言われてね。失礼しちゃうわって感じなのよ」
 というので、
「でも、それはあるかも知れないよ。君の場合は、確かにパーツが整っていて、目力が強いのが分かるから、あなたを好きなタイプだと思う人はたくさんいると思うんだけど、初対面で、しかも、童貞だったら、ちょっときついと感じるかも知れないと思うんだけど」
 というと、
「あなたも?」
 と言われた。
「どうしてわかったんだい? 会ってからほとんど経ってないのに」
 というと、
「これでも私はプロですよ。見れば大体分かるわよ」
 という。
 その言葉は、すでにため口だった。
 女の子からため口で言われるのに慣れていない洋二だったが、嫌な気はしなかった。これが大学卒業くらい前だったら、少し嫌な気分になっていたかも知れない。なぜなら、付き合った女性のほとんどが、もって三か月だったからだ。
 三か月というと、やっと相手のことが分かりかけてきた頃で、そんな頃に別れてしまうということは、頂点まで上り詰めたと思うと、奈落の底に突き落とされたそんな感じである。
 最初の頃は、
「一体なぜなんだ?」
 と理由が分からなかったが、途中から、
「やっぱり自分が分かりやすい人だと思えれているからなのかも知れない」
 と感じるようになった。
 女性の好みも分かりやすいと言われる。付き合った女性も、最初の頃は、
「僕のどこを好きになってくれたのかな?」
 と聞くと、
「分かりやすいところかな?」
 と言われた。
 確かに、分かりやすい相手だということは言えるようで、皆から同じことを言われていた。
 しかし、付き合い始めてちょっとしてから、聞くことではないというのが本音だろう。答えてくれた女の子は優しい方で、どんどん、答えるのが億劫になっているのが感じられた。
 しかし、どうして皆億劫に感じるのか、それ自体が分かっていなかった。
 きっと相手がこれを聞けばどう感じるのかということを考えたこともなかったからだろう。
 もし、自分が女性の立場でそんなことを聞かれたら、
「どうして自分が相手の自己満足のために、相手が傷つかないような言い方を選んで話さなければいけないのか?」
 と考えるだろう。
「女性からの答えは、自分を傷つけることはない」
 と思い込んでいる男性も少なくはない。
 洋二もそうであった。
 だから、相手が気を遣わなければいけない質問が平気でできるのだ。それを思うと、
「これからも、この人と付き合っていれば、ずっと気を遣っていかなければいけないということになるのね」
 と、相手に思わせてしまうということになり、それは、お互いに不幸なことだった。
 女性の方も、
「悪い人ではないと思うんだけど、どうも会話に押し付けがましいところがあって、ちょっときついの」
 とまわりにはいって、洋二との別れを切り出すことだろう。
 洋二にはハッキリとは言えない理由なので、
「性格の不一致」
 と言ってごまかしたり、何も言わずに、フェイドアウトしようと思っているのだ。
 そういえば、いつも洋二は、別れる時に、理由が分からないことが多い。言い訳に納得できなかったり、会話をすることもなく、ただ避けられているだけだったりする。
「結婚よりも、離婚の方が数倍疲れると聞いたことがあるけど、こういうことなんだろうか?」
 と、実際には違う意味であるが、その言葉を思い出したことも、洋二が、すぐに勘違いしてしまう理由の一つなのかも知れない。
 洋二が人の顔を覚えられないのは、子供の頃、父親に似ている人がいて、思わず後ろから父親のつもりで話しかけると、まったく違った人で、
「なんだ、てめぇ」
 とばかりに、少し怖いお兄さんだったことがトラウマとなって、それ以降、人に声が賭けられなくなった。
 だから、待ち合わせをした時も、相手に声を掛けてもらえなければ、待ち合わせは成立しない。ただ、洋二と同じようなトラウマを持っている人も結構いるようで、友達の中にも一人いて、そいつとは絶対に人ごみの中で待ち合わせをしないようにするか、あるいは、目印を持つかなどして、分かるようにしておかなければ、待ち合わせなどできないと思うのだった。
 もうそこまでくると、
「顔が覚えきれない」
 というレベルとは違ったものになっていた。
作品名:孤独という頂点 作家名:森本晃次