孤独という頂点
夜は完全に更けていて、まわりには誰もいないと思っていたが、何とそこには、高梨恭子がいたではないか。
「どうしたんですか?」
と声をかけると、
「私、あまりお酒は強い方じゃないのよ。ちょっと飲んだだけで、酔っぱらっちゃって」
とニコニコした表情で、エクボを浮かべていた。
「僕も何ですよ」
と実際に顔が火照っているのを感じたが、その火照りは酒の影響でも暑さからでもなく、恭子と二人きりになっているというシチュエーションに感じたことが原因だった。
「そういえば、初めてお話しますよね?」
と言われて、
「ええ、そうですね。僕も話をしてみたかったです」
というと、彼女はさらに笑顔を見せて。
「私もなんですよ、最初の頃から」
というので、ビックリして、
「そうなんですか? 僕は睨まれているような気がして、少し怖かったんですよ」
と、敢えて、本音をぶつけてみた。
「そうだったんですね。でも、私、人を見つめると、よく、睨まれているようだって言われるので気を付けていたつもりだったんですが、そう思わせてしまったのなら、申し訳ないという思いでいっぱいです」
という。
「いえいえ、いいんですよ。こうやってお話もできて、お互いに勘違いだったということが分かったんですからね」
というと、一瞬、沈黙があった。
思わず、その沈黙を破りたい一心で、
「高梨さんは、今誰かとお付き合いされているんですか?」
と聞いてみた。
「いいえ、そんな人いませんよ」
と少し寂しそうな表情になった。
それは、彼氏がいないことに寂しさを感じたのか、それとも結婚まで考えて、あきらめなければいけなかったその人を思い出してのことだったのか、気になるところだった。
「じゃあ、僕とお付き合いしてくれませんか?」
といきなり、何をいうのかと自分でも思ったが、言ってしまった以上、それが本音なので、否定することはできなかった。
「私は、あなたよりも年上なのよ」
と、言い訳になっていない言い訳をしているようだった。
「関係ないですよ。僕はあなたのことが気になって仕方がないんですよ」
というと、
「それは嬉しいけど……」
と戸惑っているようにも見えるが、
「女性は、男性から気になっていると言われて、嫌な気分になる人なんていない」
と言っていたのを思い出し、脈がありそうに思えたのだ。
「じゃあ、一度デートしてください」
というと、
「ええ、いいわよ」
と、即答だった。
今までの自分にはありえないほどの積極性に、自分でもビックリした洋二だったが。その思いを今まで学生時代に感じたことがなかったのは、
「社会人になってから、自分が上り調子になっているということを感じたからなのではないだろうか?」
と感じた。
だから、恭子とも出会えたのだという思いが、頭の中で余計なことを考えさせているようで、それこそ、社会人になった証拠のように思えた。
その頃になると、
「何事もうまくいくような気がする」
と、根拠もなく感じていた。
実際に、何かがうまくいったというわけではなく、むしろ綱渡り的なことが、いい方に転んでくれているというだけのことだった。
大学の卒業も就職も、何とかなったというべきで、少々きつくても、それはしょうがないことだと思っている。
そういう意味では、うまくいっているというのは、他力本願で、最悪なことにはならないというだけのことであり、危なくなっても、最後には歯車が噛み合うという意味での発想であった。
一歩間違えて、歯車が狂ったままであれば、どうなったであろうかということを考えるのは恐ろしかった。
ただ、逆になれば、すべてうまくいくということで、歯車がガッチリ噛み合っていることになる。
ただ、一度、歯車というのが噛み合えば、それ以降、歯車が外れることはないと言い切れるわけではない。その時と気で事情やタイミングが変わってしまうことで、それまでのノウハウが通用するとは限らない。微妙に狂ってしまうとそこからは、平行線のように、二度と交わることがないとも考えられる。
「いい時はいいのだが、悪い時だって続くのだろうが、どちらも永遠ということはない」
と言えるのではないだろうか。
今まで、洋二は好きになった女の子はいたが、一目惚れというのは初めてだった。
大学時代の友達からは、
「お前の女性の好みは分かりにくい」
とよく言われていた。
しかし、少しでも仲のいいやつらは、
「お前ほど分かりやすいやつはいない」
と言われた。
「どうしてなんだ?」
と聞くと、
「お前はあまのじゃくだから、俺たちと違う相手を好きになってくれるので、俺にとってはかぶることはないので、安心なんだがな」
というではないか。
「それはいいことだ」
というと、
「だけど、どうせかぶったとしても、負ける気はしないけどな」
とも言われた。
言い返せない自分がいることに気づいていたが、それだけm人とかぶると自分に対して一気に自信をなくすのも、今に始まったことではない。
最初の頃は、
「お前は、自分に自信がないから、人とかぶらない女性を好きになるんじゃないか?」
と言われていたが、どうもそうではないような気がしてきた。
そのことにまわりの連中も分かってきたようで。
「お前は、要は相手は誰だっていいんだ」
という結論に至ったようだ。
確かにそうかも知れない。ただ、苦手なタイプが、
「誰もが綺麗だと言って、我先を争ってしまうような女性」
が相手であれば、洋二は敬遠してしまう。
「やはり、自分に自信がないから、人とかぶることを敬遠しているのだろうか?」
と感じたが、自分でも、考えれば考えるほど分からなくなってしまうのだった。
「本当に俺って、自分に自信がないのかな?」
というと、
「そんなことはないさ。きっとお前ではないと嫌だという女性が現れるに決まっているだろう」
と言ってくれたが、ただの慰めにしか聞こえなかった。
ただ、最近では、
「誰でもいい」
と言っていた言葉が当たっているような気がしていた。
ただ、誰でもいいというよりも、人が敬遠したがるような相手であっても、洋二が気にかけているのを見ると、本当に誰でもいいかのように思われるのも無理もない。あまのじゃくだということを自分で認めたくないという意識からも、
「本当は誰でもいいんだ」
という言葉に信憑性が感じられるのであった。
大学時代に好きになった女性は何人かいた。実際に付き合ったのは数名しかいないが、それでも最高で三か月という、
「それで付き合ったって言えるのか?」
というような、浅い付き合いしかなかったのだ。
そういう意味で、実は洋二はまだ、
「素人童貞」
だったのだ。
大学生で童貞だというと、先輩がm風俗に連れて行ってくれるという話もよく聞いたものだが幸か不幸か、そういう先輩がまわりにいなかった。
しょうがないので、自分から度胸を持って風俗街に出かけていって、一人で店に入り、童貞をめでたく卒業したのだった。