孤独という頂点
と思っていたが、意外とまわりの人の面倒見の良さが伝わってきた。
最初の支店では、今までの大学時代にはなかった孤独を味わった気がした。
「一人でいるということを孤独というんだ」
という当たり前のことを思い知らされた気がしたのだ。
高校時代の孤独感とはまた違っていた。高校時代には、受験という目標があったので、それはそれで仕方のないこととして感じていればよかったので、一人でいることを、孤独だとは思っていなかった。
いや、思っていたのかも知れない。
「孤独が寂しい」
ということを分かっていなかっただけのことではないだろうか。
確かに、一人でいることで勉強がはかどり、目的である受験に対して、達成が近づいたと思っていると、寂しさという感覚がなかった気がする。
「大学に入ればたくさん友達もできるんだ。今だけの辛抱だ」
という感覚である。
そこには、一浪も二浪もまったく頭になかった。もし、受験に失敗したら、どんなショックが待っていたのかということを感じたのは、受験に成功し、合格できて、有頂天になっているあの時だったというのは、実に皮肉なことだった。
「俺は受験に成功したんだ」
と思った瞬間、なぜか震えが止まらなかった。
その震えをまるで武者震いのようなものではないかと思っていたが、違うと感じたのは、手のひらに汗を掻いていたからだった。
震えが起こったことはかつて何度かあったが、その震えが発汗をもたらすなどということは一度もなかったのだ。その時、
「何か、悪いことを想像していたのではないか?」
と思うと、急に受験に失敗し、一浪することになるという恐怖がみなぎってくるのを感じたのだ。
受験というものを、自分がどれだけ大きなものだと感じていたのかということを考えると、成功することしか頭に描かなかったのは、それ以外を考えると、
「絶対に失敗する」
ということを性格的に分かっていたからではないかと思った。
「ダメになったら、その時に考えればいい」
という考えは、自分が本当は小心者で、一度にいいことと悪いことの両方を考えることができない人間だということを示していたのだろう。
昔から、楽器は苦手だった。
なぜなら、ピアノにしてもギターにしても、左右の手で、別々のことはできないと思ったからだ。つまりは、それだけ自分が不器用だということを自覚していたからに違いない。それを思うから、余計なことは考えられなかったのだ。
そんな状態であった自分が、目標を持たず、とりあえず就職できた会社で、新人として、一番の下っ端であることが目標を持つにしても、頂点がどこにあるのか見えない状態ではどうしようもなかった。
何といっても、
「社会に出るということが、こんな田舎でくすぶっているということなのか?」
と考えさせられたことが、戸惑いの第一歩だった。
研修期間とはいえ、いわれていることをやりながら、ただこなしていけないいだけという状態に、流されていたことで、生まれてきた孤独感だったのだろう。
トラウマの正体?
しかし、二つ目の支店においては、それまでの感覚と若干違っていた。最初こそ田舎だと思っていた土地において、パートさんなどは常に声をかけてくれて、嬉しかったものだ。倉庫の人たちも結構声をかけてくれていて、都会の話をしてほしいとよく言われた。
「これが田舎の人の人情というものなのかな?」
と思い、話に興じていると、
「ずっと前からここに住んでいたような錯覚を覚えた」
と感じるほど、自分が街というよりも、人間に馴染んでいることが嬉しかった。
そう思っていると、この街もまんざらでもないような気がした。方言も前の支店よりもそれほどのことはなく、どちらかというと標準語に近い気がした。
さらに都心部は本当に都会を思わせたが、ただ、それも駅前の一帯だけで、少し入れば、田舎丸出しだったのだが、それでも、都会を懐かしく思わせた。
ただ、そんな田舎の人情にほだされていた時期が、想像以上に短かったのは、自分でも思ってもみないことだった。
まだ、支店にも、街にも慣れていない間であったが、パートさんなどが、自分のことをあまりよく言っていないというウワサが流れてきたのだった。
そのウワサをしてくれたのは、事務の女の子で、最初の頃は陰から洋二のことをじっと見つめるだけで、ちょっと気持ち悪いというくらいに感じていた女の子だった。
入社六年目ということだったので、事務員としてはベテランだったが、その顔は、正直一目惚れしたレベルだった。
「こんなにかわいい子が、この世にはいるんだ」
と思ったほどだったのだが、最初の頃はまったく会話もなかった。
いつも睨まれているような感じがしたので、何を話していいのか分からず、ただ、相手も自分を意識してくれているという思いはあった。
それでも、睨まれていることで何もいえず、距離を詰めることはできなかった。だから、こちらも相手と同じように陰から見つめているような感覚だったが、どうやら、そういうことはできないので、相手やまわりに簡単に悟られていたようだった。
どちらが最初に声をかけたのかというと、洋二の方だった。
転勤してすぐ、その頃は会社でも社員旅行というのがあった。毎年恒例の九月の末か、十月に行われるもので、ちょうど転勤してきてすぐの社員旅行では、皆と仲良くなれるのにはいいきっかけになるのではないかと思った。
若い人も支店には数人いた。まだ二十代くらいで考えると、三、四人はいただろうか?
倉庫に三人と、営業に一人、もちろん、女性事務員はのけての話であった。
女性の好みの話になると、自分がかわいいと思ったその女性のことを、気になると言った人は誰もいなかった。
「川崎君は、彼女のことが好きなんだよな」
と一人がいうと、後の二人は分かっているくせに、
「誰なんだい?」
と聞くではないか。
満を持したかのように、
「高梨だよ。高梨恭子」
というではないか。
まさにその人が、洋二の思い人であり、なぜか人気のない女性だった。どうして人気がないのか聞いてみたかったが、聞けないのを察したのか、もう一人が、
「ああ、高梨さんね。あの人はちょっとな」
というので、
「ちょっとというのは?」
不安に駆られた洋二が聞くと、待ってましたとばかりに、
「彼女は前にこの支店にいた営業の人と大恋愛の末に、結局破局を迎えて、その営業の人は、他の支店に飛ばされたということがあったからな」
というではないか。
なるほど、彼女が元気がないのは、そのあたりに理由があるのかも知れない。もっと詳しいことを知りたかったが、ここでこれ以上のことを今聞くのは時期尚早だと思った。彼女のことを何も知らない自分、そして、まわりがどこまで知っているのか分からないということもあり、話が微妙な問題をはらんでいることで、間違った情報や思い込みに悩まされることになるのではないかと思ったからだ。
その時は、話をそこで終わったのだが、一人になると、余計に寂しさがこみあげてきて。
そのまま、宿の外に涼みに出たのだった。