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孤独という頂点

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「システムは専門職で、自分にしかできないが、経理なんて、誰にでもできる仕事だ」
 と思い込んでいたことから、どうしても、経理部に馴染むことができなかった。
 本当は、経理というと、
「数字が表しているのは、会社のこれからを暗示させるものなので、経費や損益を見て、先を企画することは経理の仕事でもある」
 と言えるのだろうが、自分には、システムという天職から切り離されたという意識しかなかったので、真面目に仕事をする気はほとんどなかった。
 しかも、最初の頃の自分に対しての教育は、女の子だったのだ。
「川崎さん、そんなことも分からないんですか?」
 と言われたり、何も分からないので、トンチンカンなことを言ってしまうと、呆れられるという、正直、耐えられなかった。
 しかし、何とか覚えることはできたのだが、それも、
「しょせんは、誰にだってできる仕事だからだよな」
 と思ったことを証明しているようなものだった。
 とりあえず、業務を覚えてから、実際にやってみて、
「自分に合う仕事なんだろうか?」
 と考えたところで、再度、進退を決めようと思ったのだ。
 実際に仕事をやっていると
「とりあえず、もう少しやってみるか?」
 と思いながら、実は休みの日には、職安に出かけていた。
 だが、なかなか職が見つかるわけもなかったので、今のところ、もう少しこのままと思っているうちに、一年半が過ぎたある日だった。
「川崎君、本部のシステムに転勤命令が出たよ」
 と上司が言ってきた。
 それこそ、
「何を今さら」
 である。
 どうやら、本部にあれから別の人が呼ばれたのだが、その人たちも辞めていったという。たぶんであるが、
「吸収された会社の社員として、冷遇されていたのではないか?」
 というのが大きな理由で、そんな状態で、
「何を好き好んで、転勤してまでいなければいけないんだ?」
 と感じたことで、辞めていったに違いない。
 ただ、考えてみれば、システムの仕事を天職だと思っていた自分に、システムからお呼びが掛かったのである。
 だが、考えてみれば、何人か優先順位があり、結果として残った自分にお鉢が回ってきたというだけではないか。
「こんなの、ハイハイって行ったとすれば、俺のプライドなんかないも同然だ」
 と思ったのだ。
 すでに、結婚して三年が経っていた夫婦に、最初の苦難が訪れたというところか。
 三年目なので、
「そろそろ子どもがほしい」
 ということで、梨花はすでに妊娠中であり、そろそろお腹も目立ってきた頃だった。
 そんな状態の奥さんにどういえばいいのかと思ったが、言わないわけにもいかず、相談してみると、案外あっさりと、
「私、他の土地に行くなんて考えられないわ」
 というのだった。
 失業してしまうことが一番のリスクであったが、このまま転勤すると、自分のプライドがズタズタになり、吸収された会社の社員としての今までの前例者と同じになりかねないと思うと、
「どっちもどっち」
 だったのだ。
「進も地獄、戻るも地獄」
 という。いわゆる、
「つり橋の上での立ち往生」
 のようだった。
 結局、夫婦で話し合ったというか、嫁の結論として、
「転勤はしない」
 ということになり、そのまま退職願を書いて、会社に提出したのだ。
 あっけない終わり方だった。
 次の会社が決まるまで半年ほど掛ったが、その時期に失業した人は、なかなか仕事がなくて、大変なようだった。
 職安にも登録し、人材バンクのような会社にも登録し、紹介を待っていたが、半年間で一回も紹介が来なかったというのが、ほとんどのところで、条件がなかなか合わないというよりも、本当に職がないのだと感じた。
 それでも、新聞記事を見て応募した会社に何とか入社できたのはよかっただろう。
 その時に、
「も二度と就活はしたくない」
 というのが本音だった。
 まだその頃はギリギリ正社員防臭が多かったが、それ以降というと、正社員というよりも、非正規雇用が主流になってきて、人材バンク的な会社が、人材派遣会社となり、正社員の応募というのはなかなかなかった。
 ちょうど、正社員募集の最後の時期くらいだったのではないだろうか。
 再就職できた時には、すでに子供は生まれていた。
「やっとこれで、子育てに専念できるね?」
 と言って、梨花をねぎらったものだった。
 ただ、就活をしている時は、それどころではなかった。洋二は家にいるのがつらかった。何をしていても。気が休まることもない。テレビを見ていても、本を読んでいても、どうしても就活のこと、これからの人生を考えたうえで、梨花を見ると、まるで上から目線で見られているようで、それに対して、自分が委縮してしまっているのが情けなかったのだ。
 何といっても、
「お前が、転勤は嫌って言ったんじゃないか」
 と言いたくなる自分を抑えている。
 自分としては、どちらでも地獄に変わりはなく、自分だけでは決めかねていたので、嫁としての梨花の意見を尊重することで、自分の決断力のなさを正当化しようと思ったのだ、
 どっちに転んでも、決めたのは自分ではない。
 そんな気持ちが強かった。
 しかし、
「子供のためを考えると、転勤したくないという嫁の気持ちも分かるというものだ。ということは、俺は嫁が何をいうのか分かっていて、敢えて聞いたということか? これじゃあ、確信犯ではないか」
 と感じたのだ。
 あとから思えば、
「梨花に悪いことをした」
 と思ったが、決めさせたことが、それ以降、ぎくしゃくし始めた二人の間の溝を、最後まで埋められなくなった原因になろうとは思いもしなかった。
 結局、優柔不断な自分の決断のなさが、破局を迎えたのだった。
 就職はなかなか決まらない。
 分かってはいたが、これほどまでとは思わなかった。
 ついつい弱音を吐きたくなる。
「俺の就職先が決まらなかった時は、お前に働いてもらわないといけないかもな」
 と、少し低い声でつぶやいた。
 これは完全に、恫喝に近かったのだろうが、梨花もさぞかしビックリしたことだろう。まさか、洋二がこんなことを、こんなに低い声でいうなんて、想像もつかなかったに違いない。
 すると、梨花はあからさまに嫌な顔になり、
「そんなことできるはずないじゃない」
 と、完全に敵対した態勢を取っていた。
 それを聞いて、
「しまった」
 と思った洋二だったが、梨花には自分の恫喝が相手をどれほどビビらせるのかという自覚はなかったのだ。
 このあたりから二人はすれ違うようになった。会話がなくなっていったのだ。
 気まずいのは分かっていたが、お互いに意地があるので、謝ることはしなかった。
 そのうちに、会話のない状態が今に始まったことではなく、前からこんな状態だったような気がしてきた。普段であれば、幸せを感じるようなシチュエーションなのに、まさか負のスパイラルに陥る呪文のようになっているとは思ってもみなかったのだ。
 そして考えたのは、
「梨花は、本当にまずいことになれば話をしてくるだろう。だから、会話がないのは、いい傾向ではないか」
 と思うようになった。
 完全に、
「便りがないのは良い知らせ」
作品名:孤独という頂点 作家名:森本晃次