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孤独という頂点

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 梨花とすれば、一世一代の決心があったのだろう。完全に、
「逆プロポーズ」
 と言ってもいい。
 ある程度まで覚悟は固めていた洋二の背中を絶妙のタイミングで、梨花は押してくれたのだった。
「すまないね。君に言わせるなんて、男の風上にもおけないね」
 というと、
「そんなことはないわ。そんなあなただから好きになったのかも知れない。背中を押すのはどっちからでもよかったのよ」
 と、梨花がいった。
「ありがとう、そういってくれると、嬉しいよ。でもここからは俺が先頭に立って、結婚に邁進するから、安心してね」
 という言葉がウソではないとばかりに、洋二の反応は早かった。
 結婚式まで半年の期間もなく、いろいろと決めてきた。
 別に急いで結婚にこぎつける理由はなかったが、お互いに結婚を派手にしたくない両親を持っていることで、話が決まれば後は早かったのだ。
 披露宴も別に開くこともなく、親族の食事会だけにした。バブルも弾けてしまったことで、そういう風潮が全国に浸透していったのだったからである。
「ところで、よかったら、僕のどこを好きになったのか、言ってくれると嬉しいな」
 というと、彼女は、
「それはね、付き合い始めた頃のことだったんだけど、あなたが、会社の社員旅行から帰ってくる時があったでしょう? あの時待ち合わせしたよね?」
 と言われ、
「ああ、そうだったね」
 と口では言ったが、ハッキリと覚えている。
――ああ、あの時のことを気にしてくれていたんだ――
 と思うと嬉しくなってきた。
「あの時、あなたは、待ち合わせに遅れると思ったんだよね? でも、連絡のつけようがないので、あなたは、途中の駅から新幹線を使ってくれた」
「うん、あの時は、皆が車を持ち寄っての相乗りだったので、高速道路が混んでいたこともあって、急ぐ人は電車で帰るということで、途中の駅でおろしてくれたんだよ。だから、僕は新幹線を使ったんだ。おかげで待ち合わせに遅れずに済んだんだけどね」
 というと、
「それが私には嬉しかったのよ。だって、私の知っている人で、そこまでして待ち合わせに遅れないようにしようなんて人いなかったですもん。私はその時に感動して、それであなたと付き合おうって思ったんですよ」
 と言ってくれた。
「えっ? あの時だったのかい? 僕はもっと前から付き合っているつもりだったんだよ」
 というと、
「そうなのよね。あの時の感覚の違いが、私にあなたを選ばせてくれることになったのだから、私にはキューピットのようなものだったのよね」
 と、彼女は言った。
「あれから、だいぶ待たせちゃったけど、申し訳なかったね。でも、僕は最初から結婚するなら、君しかいないと思っていたんだ」
 この言葉は、洋二にとっての本音だった。
 別れた女のことを引きずってはいたが、それは、どうしようもないということは分かっていてのことだった。
 引きずっている気持ちがあったので、このまま梨花と結婚することはできないとも思った。
 まずが、恭子を振り切って、そして真正面から梨花を見つめることで、自分の気持ちをハッキリさせる。そこからだったので、結婚を決意するまでには時間がかかった。
 しかし、結婚相手は、梨花しかいないということは分かっていて、そして梨花も同じ気持ちだということが分かっていたので、梨花に甘える形になってしまった。
 本当に梨花の方から言ってくればければ、プロポーズのタイミングを逸するところでもあった。
「こういうのは、タイミングが大切だ」
 ということなのであろう。
 二人の結婚にまず障害があったのは、それぞれの親に対しての説得であった。相手の親の説得はもちろんのこと、恭子の時のことでは、
「前科」
 がある自分の父親を説得するのは、至難の業だと思っていたのだった。
 まずは、梨花の両親への説得だった。
 かなり緊張したが、思ったよりも、うまくいった。
 もっとも、面識がないわけでもなく、毎回デートの後には家の前まで送ってくる自分のことに好感を持ってくれているということは、梨花の口からきいていて、分かっていることであった。
 おかげで、気さくなイメージで説得することができ、一安心だったが、今度は自分の親への説得だった。
 梨花を伴って、
「俺、この人と結婚したいんだ」
 というと、あっけなく、賛成してくれたことに対して、拍子抜けしたほどだった。
 以前、梨花が洋二のお弁当を、朝早く起きて作ってくれて、そっと家の前に置いておいてくれたということを、父親は一度、出張でうちに泊まった時、知っていたのだ。その時の印章がよほどよかったようで、
「あのお弁当のお嬢さんか?」
 と聞かれたので、
「ああ、そうだよ」
 というと、
「じゃあ、お会いするのが楽しみだって、彼女に伝えておいてくれ」
 と言われたことで、かなりの自信はあったのだ。
 実際に会わせてみると、結婚のことというよりも世間話の方が多かった。初めて会ったとは思えないような口調に、
――なぜ、恭子の時、あんなに頑なな態度を取ったんだ?
 と思わせるほどであった。
 わざと結婚について触れないことが却って気持ち悪く感じられ、席がお開きになってから、父親に聞いてみた。
「どうして、前の時はあんなに反対したんだい?」
 と聞くと、
「別に相手に不足があったわけじゃない。お前が焦っているように見えて、それがきっと相手の感情を揺さぶったせいで、お前がプレッシャーとなって、余計に焦りとなっているんじゃないかと思うと、簡単に賛成することはできないと思ったのさ。お前は、自分の判断力のなさを相手に気を遣っているからだって思っているのかも知れないが、それは違う。あくまでも、それは逃げなんだ。逃げようとするから焦るのであって、まるでじてしゃ操業で首がまわらなくなる会社のようだって思わないか?」
 と言われた。
 なるほど、いいたとえだと思った。
 ただ、あの時の感情は、今でも覚えているが、理屈で解釈できないくらいにテンパっていた。それが、洋二の性格であり、いい面、悪い面の両方を持った部分であった。
 もし、人から、
「お前は二重人格だ」
 と言われたとすれば、裏表に似た感覚を見ているのかも知れない。
 それを思うと、恭子の時、自分がどれだけ視野が狭かったのかということを思い知らされた気がしたが、だがあの時の自分は、まわりが皆敵だらけに見えていたのだということも分かっていて。そんな状態であれば、何を言われても、言った相手に恨みを抱くのは当然のことのように思うのだった。
 だが、梨花に対しては違った。すでに仕事の面でも、毎日が充実している姿を見ている父親は、一緒に住んでいなくても分かっているようだった。
 そんな父親が忌々しいと思うのは、やはり、恭子の時の、
「恨み」
 があるからだろうか。
 逆恨みなのかも知れないが、恨まなければ、自分が立ち直ることができなかったのも事実で、あの時の仕返しくらいに思っていた。
 親であろうと、あの場合は仕方のないことだったのかも知れないが、息子が決意したことを、しっかり話もせずに勝手に態度を硬化させて、反対に転じるというやり方は、ひどいとしか思えなかった。
作品名:孤独という頂点 作家名:森本晃次