孤独という頂点
「彼女にとっての俺が、どういう位置にいるのか?」
ということが、大切なのだろうと、洋二は考えた。
要するに洋二としては、自分中心の考え方で、見ていればいいだけで、彼女の本心に深くかかわってはいけないということを感じたのだった。
彼女もこの街で生まれ、この街で育ったのだ。あのおばさんたちと同じ血が流れていることだろう。
「恭子さんも、おばさんになれば、あのパートさんたちのようになるのだろうか?」
と、洋二は考えた。
恭子とは、結構いろいろあった。
「恭子がわがままな女で、洋二がすぐに人を信じるタイプの男性である」
ということが大きな問題だったのではないだろうか。
恭子は、何かというと、すぐにわがままを言った。
「あれをしたい、これをしたい」
というわがままではない。
「これをするのは嫌だ」
という、普通なら、別に抵抗もないようなことに抵抗を示すという意味でのわがままであった。
ただ、彼女の特徴として、
「頭がいい」
ということに関しては間違いないようだった。
その一つとしては、彼女の書く文章がとても素敵で、
「自分には、こんな文章は書けないだろう」
というものだった。
本社が隔月に発刊している会社の会報があったのだが、彼女に原稿の依頼がきた。
これは、社員に無作為に本部の総務が選んでいるのだが、選ばれた人んお原稿が、翌月には会報として、載るのだった。
「ただの作文にしかすぎないのに、まるで小説を読んでいるような気がするよ」
と、洋二がいうと、
「どうしてそう思ってくれるの?」
と、恭子が返す。
「まるで目を瞑っていると、情景が浮かんでくるような気がするからなんだ。作文だったら、そこまで感じるというのは珍しい気がしたからね」
というと、
「そういえば、小学生の頃は、いつも作文で褒められていた気がするわ。私自身はどうして褒められるのか分からなかったんだけどね」
と、恭子はいう。
「やっぱり、頭がいいからではないかな?」
というと、恭子は照れていたが、しばらくすると、それだけではないことの気づいた。
作文が上手な理由としては、
「頭の中でうまく整理できているからだ」
と感じた。
そもそも、整理整頓などできない洋二には、文章を組み立てることはできないと思っていた。だから、文章がうまく、整理整頓ができるであろう恭子に惹かれたというのも、まんざらでもないような気がする。
元々の一目惚れというのも、
「俺は、女性を判断する時、まず顔を見て、その人の性格がどんなものなのかって考えるんだ。その時に、雰囲気も一緒に加味する形で見ていくと、次第にイメージが出来上がってくる。だから、あまり一目惚れをするタイプではなかったはずなんだけどな」
と、恭子に一目惚れした自分が不思議で仕方がなかった。
そんな洋二だったが、では、、なぜ恭子に一目惚れをしたのかということを考えていくと、そこに浮かんできたのは、彼女が自分を見る時のあの目だった。
何を考えているのか分からない目で、どこか、寂しそうであった。それでいて、どこを見ているのか分からないほど、
「心ここにあらず」
という雰囲気であった。
きっとその時に感じたのは、
「まるで自分を慕ってくれるようなそんな目だ」
というものであった。
「捨てられた子犬のような目がこちらを見ている。しかし、目の焦点が合っているわけではない。何かを訴えようとしているが、言葉が通じないと思うのか、声を発しようとはしない。見つめる目のその先に、彼女が何を見つめていたのか、それが気になったことが、一目惚れの一つの理由だったような気がする」
と、考えたのだった。
ただ、目力は確かにあった。だから、彼女の視線を感じて、こちらも意識しなかっただろう。
最初に意識しなければ、その後も、
「交わることのない平行線」
を描いていたに違いない。
そんな頭がいい面を持った恭子だっただけに、
「これほど扱いにくい相手はいない」
と思わせたのだ。
一番の原因は、気が強いところにあったのだろう。
彼女は父親が小さい頃に死んだらしく、母親一つで育てられた。
母親は子供を育てるために、並々ならぬ苦労をしたことだろう。娘もそれを見て育っているので、しっかりしているのも当たり前のことだった。
実際に両親の揃っている洋二にはそんな事情による精神状態を図り知ることはできないだろう。
それを思うと、洋二は恭子には絶対に逆らえない部分があるということを悟った気がした。
「もし、彼女に強く言われると、自分から逃げ出すような行動をとるかも知れない」
と感じた。
ただ、父親を知らないということは、男性に父親を見るということでもあり、必要以上に甘えたがりなところは、相手の男性を見て、
「自分の父親も、こんな感じの人だったのかな?」
と思うことで、付き合った男性に父親を見てしまうのだろう。
恭子は、父親のことに触れることはなかったが、一度一緒に寝ている時、うわごとで、
「お父さん」
と言っていたのを聞いた。
それは、夢の中に、ほとんど記憶にない父親の幻影を見ているのか、それとも、夢に出てきた父親の顔が、自分とシンクロしているのではないだろうか?」
と洋二は感じた。
洋二はその時、複雑な気持ちになった。
「恭子は本当に俺のことを愛してくれているのだろうか? ただ、父親を見ているだけではないだろうか?」
という思いであった。
しかし、一目惚れしてしまったという事実は。想像以上に自分の中に深くのしかかるものがあるようで、
「間違っても、別れるなどということを考えることはないだろう」
と思うのだった。
そんな紆余曲折的な交際を続けながら、自分では、上り調子の人生を歩んでいると思っていた。
破局、そして新たな出会い
どこですれ違ってしまったのだろう。
あれだけ好きで好きで仕方のなかった恭子。
「追いかければ逃げるのか、それとも、逃げるから追いかけてしまうのか分からないが、まわりから見て、これほど危なっかしくて、いつ別れてもおかしくないという状態で、まるで首の皮一枚でつながっている状態で、よく交際が続いたものだ」
と後から思えば、そんなことばかりを考える。
恭子の方も、
「もうあんたなんか、どうでもいいわ」
と言って、大喧嘩をして出て行ったくせに、二日も経たないうちに、気が付けば戻ってきていた。
その時の甘え方は、明らかに父親を見ているようで、本当であれば、嫌なはずなのに、甘えられると許してしまう。
それだけ、甘えるのがうまいのか、それとも、甘えられることに快感を得るということに初めて気づいたのか、どちらにしても、甘えてこられると、それまでどんなに喧嘩していようが、何もなかったかのように許してしまう。
そこに自分の度量の大きさを感じ、相手にも感じさせたいと思うのか、甘えというのが二人の間の交際において、一つのターニングポイントを握っているような気がした。
「甘えられることを許せなくなれば、そこで二人の関係は終わってしまう」
と考えた。