正夢と夢の共有
そう思っていると、晴香は自分の過去と、みのりという女の子が今の自分の年齢になるまでに、どのような経験をするのかということを想像していた。
それは、普通なら二次元的に、相容れない想像が頭の中にあることが当然であり、まったく違った曲を、同時に聞かされることで、そもそも何の曲なのかが分からないというのと、感覚的に似ているのかも知れない。
晴香は、まず、
「自分の過去と向き合わなければならない」
と考えた。
晴香は、今の事務所で、芸能界デビューをする前は何をやっていたのかというと、
「AV女優経験者」
であった。
主役というわけではなく、どちらかというと、企画ものの女優という感じだった。
AV女優というのは、女優を中心とした作品もあれば、企画ものと言って、その場のシチュエーションなどによって、制作されるもので、一種のジャンルと言ってもいい。
例えば、レイプものであったり、童貞キラーもののドキュメント系、あるいは痴漢、盗撮などのようなものなどがその種類であり、女優がメインというよりも、シチュエーションで男の気を引くというものである。
だから、企画女優は、きれいなお姉さんであったりしても、ビデオなどに名前がクレジットされていない場合が多い。
女優物のケースの写真には、あたかも主演女優の名前をハッキリ謡っていて、店でも、女優ごとに陳列されているが、企画ものはジャンルでひとくくりにされているために、女優が誰かなどというのは、知っている人も少ないだろう。
それだけにインパクトはあっても、覚えられているということはほとんどない。
あまりまわりの人に知られたくない女の子にとってはそれがいいのだろうが、
「AV女優として生きていく」
と考え、この世界に飛び込んだ人にとっては、ストレスがたまる一方ではないだろうか。
昔に比べれば、今は、
「AV女優になりたい」
と思っている人も少なくないかも知れない。
晴香の場合は、そこまでAV女優というものを、最終目標にしていたわけではなかった。
むしろ、中学時代まではまったく目立たなかった自分に、嫌気がさしていたくらいで、
「どうせ私は」
と、ひねくれていたりした。
何しろ、思春期を迎えているのに、男性陣は晴香に興味を持ってくれない。
何か、皆自分にぎこちなく、変な気を遣っているように思えたのは、変なプレッシャーを与えるものだった。
そういう意味で、今のみのりを見ていると、
「あの頃の私のようだ」
と考えさせられる。
あの頃の晴香は、あの時、街でスカウトに声を掛けられなければ、
「今の自分はなかった」
と思っている。
「お嬢さん、ちょっといいですか?」
と最初は、キャッチセールスだと思い、敬遠していた。
しかし、晴香のその時は、
「今まで誰からも気にしてもらえない自分に、セールスとはいえ、声をかけてくれる人がいるなんて」
という思いがあった。
そのおかげで、
「あなたのその笑顔。それが私の興味を引いたんです。私はこういうものです」
と言って、名刺をくれた。
聞いたことのない芸能プロダクションだったが。まさかそれがAVだと思いもせず、ノコノコと喫茶店について行ったのだ。
喫茶店で、彼は奥歯にもののはさかったような言い方で、
「実は、我々はAVの仕事のスカウトなんです。いきなりの女優というのは難しいとは思いますので、あなたに興味があれば、私は全面的に協力するつもりですよ」
と、まるで、今の自分の気持ちを見透かされているかのように思い、少し委縮していた。
その委縮というのは、AVの仕事に対してではなく、目の前のスカウトに対してだった。彼の話を聞いていると、
「私にもできるんじゃないか?」
と考えるに至った。
その時、
「企画女優として売り出したい」
と言われ、それが女優として目立つ仕事ではないということを言われた。
晴香にとって、自分がステップアップする機会であり、しかも、女優として売り出すというわけではなく、企画女優の中から、その先を模索していきたいという方針を聞かされて、かなり興味を持ったのも事実だった。
それでも、当時はまだ十八歳、当時としてはまだ未成年である(令和四年四月からは成人は十八からになる)ため、親の同意が必要だった。
それが、契約するということであり、親にスカウトを遭わせて話を聞いてもらうと、
「いいわよ。私たちは反対しない」
と、かなりあっさりしたものであったが、その真意がどこにあるのか分からなかった。
そういう意味で、親が何を考えているのか分からない分、相当不気味な気はしたが、それもしょうがないと思った。
少なくとも、自分が変わることができる最初のチャンスであることに違いはない。
晴香は、それまでのまったく目立たなかった性格で見ていた世界と、これからの世界がまったく違った形で見えてくるのだと思った。
色も違えば、まわりを意識する目も変わってくる。その分、まわりが自分を見る目も違うだろうから、不安と期待が両方あった。
しかし、実際に後戻りできないところまで来ると、覚悟はあっさりと決まった気がした。
晴香にとって、
「来るべき時がきた」
と言ってもいいだろう。
こんな時期が来るのを分かっていた気がしているし、今は自分についてくれたマネージャーを信じるしかなかった。
事務所自体はそんなに多くはなかった。自分を含めて、女優として契約しているのは、十人にも満たない。
そのうちで、女優として名前が全面に出ている人は、三人だった。
他の企画女優のほとんどは、
「私もいずれは、名前が残る女優になるんだ」
という道を目指していて、晴香のように、
「名前は出なくてもいいから」
という控えめな女の子は珍しかった。
事務所の人も珍しいものでも見るような目で晴香を見てきたが、晴香にもそれなりに覚悟があることが分かり、却って晴香のことを貴重な存在に思えてくるのだった。
「君はそれでいいんだ」
と、いつも事務所の社長からはそう言われていて、晴香も悪い気はしていなかった。
ある程度の作品に出演していた晴香だったが、女優として売れているわけではないので、彼女のイメージとして売っているのであれば、ある程度の年齢がくれば、進路をどうするか、考えどころである。
それはアイドルとしても同じことではあるが、AVの世界では、このまま自分の路線で行くのか、それとも、年齢を重ねるごとに、役柄を変えていく、つまりは、ロリコン志向から、OL志向、さらに若妻、そして熟女路線と、華麗に乗り換える人も少なくはないだろう。
しかし、あくまでも、その人の求められる需要が、ロリコンだとすれば、同じ俳優が若妻を演じても、それまでのファンは離れるだろう。
そこで、新たなファンの獲得ができなければ、生き残るのは難しい。
しかし、元々彼女を知らないファンが路線変更した時点でつくかも知れない。もちろん、若妻としてみるところがあればの話であるが、元々女優で売り出した人には、そのハードルは高いのかも知れない。