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回帰のターニングポイント

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 小学校の頃によく通っていた、
「鈴村医院」
 に立ち寄ることはなかったので、中学に入ってから、しばらく、その存在を意識しなくなっていた。
 元々が普通の家の佇まいに、看板が立っているだけなので、本当に昔の町医者だった。
 すでに近くには総合病院ができていたので、
「鈴村医院も、そう長くもないかも?」
 というウワサが流れていた。
 そのウワサの根拠としては、
「あそこには、娘がいるんだけど、息子がいないからね。後を継ぐ人もいないのでは、一代限りということかな?」
 と言っていた。
 息子夫婦も、普通のサラリーマンと主婦なので、病院経営にはまったくのノータッチだった。
 同居はしているが、病院をやっているのは院長先生のみで、たまにお嫁さんが経理を見ることがあっても、それは臨時であり、継続性はない。
 息子夫婦には、一人女の子がいたのだが、その子のことをウワサしているのだ。
「あの子がもう少し大きくなって、医者と結婚すれば、病院を継いでくれるかもよ?」
 というウワサだったが、それも信憑性が薄いということで、あまり当てになるものでもなかった。
 娘というのは、肇と同じ年齢で、学校も同じであった。
 小学生の頃、よく鈴村医院に行っていたくせに、小学生の頃は知らないことだった。
 中学に入って、鈴村医院に行かなくなると、なぜかそんなウワサが聞こえてきて、自分でもビックリだった。
 名前を鈴村いちかと言った。
 いちかは、おとなしめの子で、小学校も中学校も同じだったのに、中学一年生まで同じクラスになったことはなかった。
「偶然にしても、すごいよな」
 と思っていた。
 ただ、いちかは、肇のことを知っていたようだ。
 二年生になって同じクラスになった時、
「よくうちの病院に来られてましたよね?」
 と言われ、
「うん、鈴村医院は罹りつけだからね」
 というと、いちかはニッコリと笑って、頷いていた。
 その表情は何か楽しそうで、
「よく知っているね?」
 と聞くと、
「ええ、たまに、待合室に入って本を読んだりしていたのよ。石橋君は気付かなかったでしょうけどね」
 と言われて、そもそも、体調が悪くて病院に行っていて、待合室にいる間は、気持ち悪かったりして、まわりを気にする余裕もなかったというのが事実だろう。
「待合室とか、病人ばかりなんで、あまり長居をすると、病気になっちゃうよ」
 というと、
「うん、私はほとんど風邪とか引いたことがなかったの。だから、学校を休むことができなかったので、病気になれば休めるかも? っていう不謹慎なことを考えていたこともあったのよ」
 というではないか。
 よく体調を崩す肇だったので、この話は少し違和感があった。だが、今はもうそんなに熱も出ないので、そんなに気にすることもなかったのだ。
 いちかとは、その時から腐れ縁のようになってしまった。肇は最初の会話で、
「あまり関わらないようにした方がいいかも知れない」
 と思ったが、今まで小学校、中学校と同じクラスにならなかったということに不思議な縁を感じたのか、いちかは、肇に興味を持ったようだった。
 別に何かあるわけでは、最初はなかったはずなのに、何かを決める時、くじで決めたりする時は、いつも同じグループになることで、余計にいちかは肇を意識するようになっていた。
「石橋君って面白いよね」
 と言われて、
「はぁ?」
 と、訝し気な表情を浮かべたのに、彼女はそんなことに意を介さずといった感じで、ただ微笑んでいる。
「石橋くんってさあ、私のこと、嫌いなんだよね? 見ていれば分かるわ。だけどね、人間って嫌いと思っている相手と結構結び付くことがあるようなのよ。腐れ縁のような感じなのかな? でもね、腐れ縁と言っても、どちらもが嫌がっていると、腐れ縁もできないと思うの。だから、もし石橋君が私のことを嫌っているのであれば、私が石橋君のことを好きなんだろうし、もし私が石橋君のことを嫌っているとすれば、石橋君は私のことを好きなんじゃないかって思うのよね」
 という、いちか独特の考えのようだった。
 いちかという女性はそういうところがあった。
 相手が何を考えているのか分からないと思うような相手には、必ず自分がマウントを取ろうとするのだ。まるで、猿山のサルのようではないか。二人のうちのどちらがボスザルなのだろうか?
 もし、いちかがボスザルだとすれば、自分は完全に配下のサルである。しかし、逆に肇がボスザルだとしても、いちかは配下のサルだとは言えないような気がした。
 どちらかというと、ボスザルになろうとして虎視眈々と自分の座を狙っているという雰囲気で、油断すると、とって変わられるというイメージがあるのだった。
「ところで、委員長は元気にしている?」
 と、最初に会話した頃、何を話していいのか分からない時のことであった。
 そう聞いたのは、やはり話題がなかったからだろう。
「ああ、おじいちゃんね。相変わらず元気に診察しているわよ。でもね、最近は少しボケてきたのかも知れないって、看護婦さんが言っていたわ」
 というではないか。
「なるほど、確かにおじいちゃん先生という雰囲気があったもんな。でも、まだまだ達者だというイメージだったけどね」
 というと、いちかは、
「そうなのよ。説教している時は怖いくらいなんだけど、それ以外の時は、本当に頼りないと思うくらい、いつもボーっと表を見ていることが多くて、何を考えているんだろう?
ってよく思うのよ」
 と言っていた。
「やっぱり病院のことを一生懸命に考えているんじゃないかな? 跡取りがいないんでしょう?」
 と聞くと、少し寂しそうになったいちかを見て、余計なことを聞いてしまったのではないかと感じた。
 しかし、それでも、すぐにいつもの調子で、
「そうなのよね、口では、あの病院は自分一代で終わりだっていうのよ。それに、これからは、町医者ではやっていけないからなっていうんだけど、その顔が何とも寂しそうな感じがするのよね」
 というと、
「それはそうだろうね、一代とはいえ、街のお医者さんとして、ずっと君臨してきたんだから、その自覚だってしっかりしているだろうし、それを思うと、そのまま辞めてしまうのはもったいないんじゃないかな? それを一番分かっているのが、院長先生なんじゃないかって思うんだ」
 と肇がいうと、神妙な顔になったいちかが、
「そうなのよね。分かっているんだけど、こればっかりは私ではどうにもならないのよ。今から勉強して医者になるというのも無理だろうしね」
 というので、
「今からは、女医さんというのもどんどん出てくるんじゃないかな? 君がお医者さんになったとしても、僕はビックリすることはないよ。成績だって優秀だしね」
 と言ったが、実際にいちかの成績はクラスどころか、学年でもトップクラスだったのだ。

               SMの関係

「実は私、小学生の頃、人と話すのが苦手で、いつも端の方にいたんです。だから、皆から存在を忘れられることが多くって、そのせいで、何度もショックな目に遭ったりもしました」
 といちかは言った。