回帰のターニングポイント
下手な専門家が出てくるのも、政治の影響を受ける可能性があるので、当てにはならないが、だからと言ってお笑いタレントというのは、完全に視聴率狙いではないかということが目に見えている。
昔であれば、昼間の奥様劇場と同じ発想ではないだろうか。
中には真面目に答えている人もいるようだが、どうにも肝心のコメントが、ちゃんとしたデータによるものではなく、思い付きだけで言っていることに違和感を感じる。
そんな連中の言葉を誰が信じるというのか。それであれば、データだけはちゃんと持っている今までのコメンテイターの方がマシだと言えるのではないだろうか。
「だから、最近は、家にテレビがないという人が増えているんだ」
と、スマホかPCがあれば、いくらでも情報は入ってくる。
しかも、テレビのように、政府に忖度したり、視聴率稼ぎのように、お笑いタレントに頼っている番組よりもよほどましで、たくさんの情報があるというものだ。
しかし、逆に多すぎるがゆえに、よほどしっかりした目を持っていなければ、間違った情報に踊らされるということもある。
非常事態であれば、特にそうで、コメントなどを見ると、かなり賛否両論があったりして、情報の錯綜に惑わされないようにしなければいけない。
その状態は、却って混乱を招くであろう。
どうでもいい平時であれば、それほどの問題にならないが、非常事態であれば、自分以外の人の考えが自分に直接影響してくることもある。そういう意味で、情報の錯綜は難しい問題であった。
ただ昔は、まだネットなどもなく、パソコン自体、会社に数台あればいいというくらいのもので、個人で持っているという人は少なかった時代だ。
高度成長期のテレビのようなものだと言ってもいいだろう。
今でこそ、パソコンは一家に一台どこるか。一人一台、いや、二台も三台も持っている人も結構いたりする。
家の中ではデスクトップを使い、表ではノートパソコンを持ち歩いて、どこでもできるようにする。テレワークやノマドと言ったことで、喫茶店にネット環境が繋がるのは当たり前という時代になってきて、さらには、ノマドワーカーのために、レンタルオフィスなどというのもあったりする。
十年くらい前まではネットカフェが主流だったが、綺麗な事務所でできるということでのレンタルオフィスも利用者は多いのかも知れない。
ただ、値段は少しお高めになっているので、なかなか利用も難しい人もいるだろう。
ただ、ネットカフェでは、
「ネットカフェ難民」
と言われたこともあるくらい、ネットカフェで生活している人もいるくらいなので、衛生面では最悪なのかも知れない。
潔癖症の人はネットカフェを利用しないだろうし、緊急事態に陥った時には、特にそうだった。
何といっても、自粛要請として、ネットカフェも入りそうになったくらいだからであった。
さすがに、書いていて怒りがこみあげてきたので、またしても、批判になってしまったが、当時の病院は、今と違って、老人が待合室でたむろできるほど、和気あいあいとした場所でもあった。
個人病院というと、昔からその土地に根ざしたものは、地域医療というもので、医者がどれほど貴重だったのかということを意味している。
なかなか大学病院のような大きなものもなかった時代でもあった。しかも、当時は内科と言っても、ケガを見てくれたりもしたので、
「ケガをしても、風邪を引いても、うちのかかりつけ医院にいく」
という患者が多かったのだ。
病院として畑違いというと、産婦人科と歯科医くらいであろうか。
そんな町医者は、街で何かのイベントがあれば、協力することも多かった。小学校の運動会や、町内会の運動会など、何かあった時に困るということで、出張勤務をしたりしたものだった。
「日曜日に運動会をわざわざやったのは、父兄が見に来れるように考えたんだろうけど、医者が常駐してもらえるようにということも計算していたんじゃないか?」
という人もいたが、まんざらそれも考えられないことではないだろう。
ここでもう一つ余談となるが、
「父兄」
という言葉であるが、この言葉はどういうことなのであろうか?
「父母や保護者ではいけないのだろうか?」
というような違和感を感じたことのある人も多いのではないだろうか。
ちなみに、この父兄という言葉の意味として、
「学校などで、生徒や児童の保護者」
という意味があるらしい。
これは、戦前に言われていたことがそのまま続いてきて、父兄参観などという言葉で使われていたというのが実態のようである。
「戦前でもおかしいのでは?:
と思う人がいるかも知れないが、戦前と戦後で日本はまったく違う国になったと言っても過言ではないだろう。
何しろ、国が、
「大日本帝国から、日本国に変わった」
ということを取ってもそうである。
大日本帝国は、天皇を中心とした憲法に基づいた政治を行うという、
「立憲君主国」
であった。
しかし、今の日本国は、
「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」
というスローガンの憲法を持った、
「民主国家」
なのである。
ちなみに大日本帝国下では、女性の権利はほぼなかったと言ってもいい。選挙権すらない状態で、女性に選挙権が与えられたのは、戦後一年目の昭和二十一年だったのだ。大日本帝国の間に存在した治安警察法がなくなり、女性の結社権が与えられ、権利を主張できるようになった。
この時に国家体制が変わったのは、クーデターでも何でもない。無条件降伏したことで、占領軍による強制的な国家解体と、新しい国の建国であった。だから、日本国としての、建国宣言というのは行われていない。本当の意味での国家の建国というのであれば、アメリカとの間に結ばれた、独立を意味するサンフランシスコ講和王薬からであろう。
そんな日本も今は、男女雇用均等を訴え、法律もでき、女性だけの呼称とされてきたものが変わってきた時代である。
たとえば、
「看護婦を看護師」
「婦警を女性警察官」
「スチュワーデスを、キャビンアテンダント」
などと表現しているが、筆者はそちらの方が違和感を感じるので、かつての呼称を用いるように、過去からの作品では統一してきた(今後もその予定である)。
そういう意味で、最近では父兄という言葉も減ってきていて、父母から、保護者というように変わってきている。ただ、その理由は、女性雇用均等法に言及するものdけではないようで、もう一つ理由があるようだ。
それは、離婚率の高さにあると言われている。
今は、
「結婚した男女の三分の一は離婚している」
と言われる時代であり、離婚など当たり前になってきた。
「バツイチなんて別に恥ずかしくもなんともない」
と、男だけではなく、女性もそう言っている。
しかも、さらにここ十年くらいでは、そもそも結婚率も減少しているというではないか。
つまり、母子家庭というものが増えてきたので、父兄という言葉が当てはまらなくなってきたということである。
昔から学校というところは、なぜか戦前の言い回しをそのまま使う風習のようなものがあり、実に不思議な団体だと言ってもいいだろう。
作品名:回帰のターニングポイント 作家名:森本晃次