回帰のターニングポイント
そういう意味では、身体に熱が籠っている時、のぼせたようになった状態になった時、口内炎ができるというのも無理もないことに違いはないだろう。
口内炎ができるようになったのは、中学時代からであろうか? まだその頃までは、年に何度か扁桃腺の影響で高熱を出していたことだったので、その影響で口内炎ができるのだと思うようになっていた。
しかし、高校に入る頃には、そんなに頻繁に扁桃腺の熱でうなされることはなくなっていた。
まったく発熱がないというわけではなかったが、頻度がそこまで頻繁ではなくなっていた。
「少し身体が強くなったのかな?」
とも思ったが、そうでもないようで、風邪だけは相変わらず引いていて、それまでの、冬に高熱が出るということよりも、夏風邪をひくことが多くなった。
それまでは、新年早々、病院に行かなければならないというのが、毎年の恒例であり、当番医であるため、待合室でかなりの時間待たされるということを何度余儀なくされたことだっただろう。
中学生になると、さすがに小児科というわけにもいかず、鈴村医院に行くことはなくなり、別の内科で治療を受けることが多かった。
しかし、年末年始は当番医制なので、結構外科が多かった。
しかも、大学病院のような大きなところの病院で、それまではほとんどが個人病院だったので、結構広い待合室に、人が密集しているように見えたことで、それだけで、圧倒されてしまっていたのだ。
看護婦は忙しく立ち回っていて、医者も数人しかいないので、当然、大変なのは分かっていた。
「年始に当番で出なければいけない医者というのは、貧乏くじなんだろうな」
と思えた。
病院の待合室というと、あの頃は、
「老人のたまり場」
になっていた。
一人のおじいさんに、もう一人のおじいさんが、
「最近は、見かけなかったけど」
と声を掛けると、
「いやぁ、体調を崩していてね。やっと元気になったから、来れるようになったんだよ」
と答えていた。
笑い話の一つなのだが、病院にいるのに、
「体調がよくなったから」
というのは、矛盾しているというものだ。
「体調を崩したから、病院に行くんじゃないのか?」
と突っ込みたくなるのだが、その当時は、老人が暇つぶしに病院に来て、待合室はさながら井戸端会議と化していたのだ。
町医者の娘
今のように政府が腐敗していたわけでもなく、社会福祉も充実していたことで、医療費は、被保険者であれば、初診料だけという時代もあったくらいだ。そして、その家族には一割負担、老人は、ハッキリと覚えていないが、負担なしではなかっただろうか?
今の令和の時代においては、義務教育未満が、二割、義務教育以上から六十九歳までが三割負担で、七十五歳までが、二割、それ以上が一割負担となっている。
「ちょっと待て!」
と言いたいだろう、
「年金にしてもそうであるが、ほとんどの会社が定年が六十歳までなのに、なぜ年金の支給が六十五歳からで、三割負担が七十歳くらいまでなのか?」
という疑問である。
やはり今までの政府の怠慢と、腐敗が招いたものではないのだろうか。
何といっても、今から十数年くらい前に、大きな問題があったのを、いまだに消えない記憶として残っている人はたくさんいるだろう。
そう、
「消えた年金問題」
であった。
厚生労働省の怠慢により、かなりの人の年金が分からなくなってしまっていたという。
「せっかく、毎月しっかりと納税していたのに、何をしてくれているんだ」
という国民の怒りはごもっともというもので、そのせいもあってか、それまで、五十年以上も続いてきた「一党独裁」の時代が政権交代という形で身を結んだのだった。
だが、変わった政党もまともな政党ではなく、次の選挙では大敗し、元の一党独裁の時代に戻ってしまった。
国民は、年金を消されたことよりも、当時の政権に見切りをつけて、せっかく野党第一党に掛けたのに、その裏切られ方もハンパではなかったことでの再度の政権交代となったのだ。
政権が後退して、再度政府となった当時の首相は、以前にも一度総理になっていて、その時は、都合が悪くなると、
「持病が悪化した」
と言って、病院に逃げ込んで政権を投げ出した人物だったのだ。
しかも、そいつが、またしても、いけしゃーしゃーと、ソーリになるのだから、この国は腐敗しているのもいいところだった。
それまで散々言われてきた政府の悪口を、地で行っているようなソーリで、「もりかけさくら」と言われた問題を抱え込んで、
「これでもか」
と言われるほどに、疑惑が浮上してきたのだ。
そして、自分を守るために、隠蔽、偽証、問題のすり替えなどを駆使して、何とかソーリの座にしがみついていた。
「どうしてこんなやつが首相に?」
ということなのだろうが、その理由は、
「他にいい人がいないから」
という消去法によるものだった。
他の人にやらせると、選挙で議席を失ってしまう可能性が高いということで、しょせん、政府与党も、自己保身しか考えていないのだった。
それを思うと、さすがに、一度やらせた野党第一党がここまでひどいとは思ってもいなかったのだというのが明るみに出たわけだが、与野党を通じて、
「他に適任者がいない」
ということだったのだろう。
極めつけは、この男は自分が刑事事件に晒された時、守ってくれる検察庁のお偉いさんが、定年が近づいてくるということで、
「法律の改正」
を言い出したのだ。
「自己保身だけのために、法改正までしようとした」
ということで世論はかなり沸き立っていたが、その渦中の検察の人間が、何と、
「駆けマージャン」
という内容でスクープされたことで、首になるという茶番を演じたのは、実に愉快でありながら、憤りすら感じることであった。
さらに悪いことに、政府はその処分を、訓告程度に済ませたのだ、本来であれば、懲戒解雇も免れないことだからである。
警察沙汰になった人間なので、本人は、退任することにしたようだが、退職金が出るという訓告に、
「そんなやつのために税金が使われるのは納得がいかない」
という世論の声を無視したのだ。
そしてさらに政府の言い訳がひどかった。
「掛け金もテンピンという妥当な線なので、そこまでの処分には当たらない」
ということだったのだ。
「掛け金の問題ではなく、賭け事をお金を掛けてやったということが問題なんじゃないのか?」
というのが、世論の声であったが、まさにその通りだとテレビのコメンテイターも言っていた。
普段はあまり言葉の信憑性を当てにしていないテレビのコメンテーターだが、そこだけはまともなことを言っていた。
そもそも、令和の時代の昼のワイドショーというと、いつからああなってしまったのか、司会者がお笑い芸人なら、コメンテイターもお笑い芸人。まるで、
「食えなくなったお笑い芸人の第二の働き先」
になってしまったかのようだった。
作品名:回帰のターニングポイント 作家名:森本晃次