回帰のターニングポイント
照り返しの熱が下からどんどんと溢れてくるようで、まずは顔が火照ってくるのを感じ、その後、背中や首筋に汗が滲んでくるのを感じた。
しかし、それ以外の場所はどんなに暑くとも汗を掻くことはなかった。普段なら、背中や顔よりも先に汗を掻くはずのわきの下に汗を掻いたという感じがしないのだ。
砂浜の照り返しの熱は身体の中に熱を籠らせるという力を持っているようだ。そして、意識を朦朧とさせ、自分がどこにいて、何をしているのかすら、曖昧にさせるのだから、大したものである。
いちかがいつも白いドレスを着ているのは、お嬢様のいでたちというだけではなく。太陽の照り付けを少しでも逃がそうという意図があるのだった。
「白い色は、光を反射させる」
という効果があるのは知っていた。
だからこそ、夏の暑い時期にはみんな白い服を着て、冬になると、黒っぽい服を着るのである。
皆は無意識に着ていたのだが、いちかの場合は意識してのことだった。
そんないちかが夏は苦手なはずなのに、わざわざ海を選んだのは、
「体に熱が籠るのが一番いけないことなので、身体の代謝をよくしないといけない。つまりは、汗をいっぱい掻いて、血の巡りをよくするのがいいかも知れない、サウナと同じ理屈だよ」
と、いちかの体調を定期的に見てくれている先生からの助言だった。
その意見にはおじいちゃん先生も賛成してくれて、いちかも、
「少し最初はきついかも知れないけど、やってみようかな?」
ということで、海に来ることに決まったのだ。
だから、白いドレスを着るというのも、最初から決めていたことで、それが少しでも楽になるというのと、身体に一気に熱がたまるというのも、悪影響だと感じたからだった。
別荘の外壁もすべて白い色を基調にしている。さらに通気性を最優先に考えているので、部屋の中にいても、そこまで暑いとは思わなかった。
当時としては一部屋に一台のクーラーというのは贅沢だったが、この屋敷にはついていた。
しかし、クーラーがあっても、扇風機で賄える時は扇風機を使っていた。それだけ風通しをよくするように設計されていたのだ。そもそもが避暑地としての別荘なので、基本的には冬に利用するようには設計されていない。ただ、冬はこの島自体がそれほど寒くないので、冬仕様にしておく必要もなかったのだ。
それでも、応接間には昔ながらの暖炉があり、マントルピースとしてのイメージとして、実際にはあまり使用する予定のないもののように思われた。
「そういえば、この別荘は、大体何人くらいで利用するような設計になっているのかしら?」
と、おじいさんに聞いてみると、
「そうですね、イメージとしてしては、多くても五人くらいではないでしょうか? 前にお使いになっていた方は、三人だったそうです。ご主人様は小説家の先生で、アシスタント兼マネージャーの方と、身の回りの世話をする、執事のような方がおられたようですよ?」
と言っていた。
「小説家の先生というのは、この別荘を使うのには、ピッタリな気がするわね。じゃあ、このあたりを舞台にした小説が多いのかしら?」
と聞いてみると、
「そうでもないようですよ。むしろ山だったり、都会のど真ん中で起こる事件をテーマにしたミステリー作家のようですからね」
というので、
「へえ、そうなんだ。私はてっきり、この別荘をテーマにしたメルヘンチックな恋愛物語かと思ったけど、それだったら、私にも書けそうな気がするわ」
と笑いながらいうと、
「そうかも知れませんよ。お嬢様は、時折奇抜な発想をなさいますからね」
とニッコリと笑っていうので、
「そうかしら? 自分ではそうは思わないけど」
と口ではそう言ったはが、こういう時のいちかは、顔が笑っていない。
そんな時の心境は、冗談ではないということだった。それだけまんざらでもないということであろう。
実はその言葉を聞いた時から、いちかは、密かに自分でも物語を書いてみようと思っていた。小学生なので、奇抜な話を書くことはできないので、作文の延長のような気持ちだった。
最初は、背伸びして、
「結構難しい話も書けるかも知れないわ」
と思っていたが、実際には書けるはずもない。
「小説というのは、フィクションであっても、経験したことでなければ書けない気がするわ。それは、ウソを書きたくないという自分なりの正当性を持っているからなのかも知れない」
というような気持ちにいちかがなっていたからだろう。
いちかは、小学生でありながら、その発想は大人顔負けの奇抜さであった。
それが学校の成績に結びついてこないのは残念であったが、元々両親もおじいちゃんも、
「学校の成績だけがすべてではない」
と思っていたので、いちかも伸び伸びとできたのだった。
それでも、勉強は嫌いではなかった。成績が結びつかないだけで、その分、好奇心は他の子よりも旺盛だったのだ。
いちかの想像力は、小学生でありながら奇抜であったが、子供の心を失ってはいなかっただけに、発想の幅も広かったのだ。
女の子であり、少女であるいちかの作り上げる物語は、やはりメルヘンチックなものであった。小さかった頃に聞いた、イソップやグリム、アンデルセン童話のような話が基本になっている。
ちょうど、日曜日のゴールデンタイムには、
「世界名作劇場」
と銘打って、童話でも有名な話をアニメにして三十分番組でやっていたりした時代だったので、想像することは容易にできた。
発想はオリジナルだが、元になるようなエピソードなどは、アニメの影響が大きかったのだ。
童話には、必ずしも、ハッピーエンドになる話ばかりではない、むしろ、悲しい物語の方が多かった。
アニメの題材になった話の中には、最後に主人公が死んでしまうという話も少なくはなかった。
しかし、さすが宗教が絡んでいるのか、魂が肉体を離れて、妖精に空に連れて行ってもらうというような話で結ばれていたりする。
「いかにもメルヘンだ」
と言えるのではないだろうか。
空に召された主人公がどうなったのかは分からないが、死んでしまったということをハッキリと謡ったうえで、この話を見せられると、
「死というのは、恐ろしいものではない」
ということを印象付けるようなものではないかと思わされたのだ。
この発想は、考え方によっては、恐ろしいものである。
その頃、まだ子供だったいちかには分からなかったが、
「死ぬことは、恐ろしいことではない」
という意識を植え付けることになり、この発想が、かつての大日本帝国が行っていた、
「生きて虜囚の辱めを受けず」
という言葉にあるように、自決や玉砕を正当化する言葉となっていたように、
「生きて恥を受けることを思えば、潔く日本男児として死を選ぶこと」
ということであり、それが、いわゆる、
「戦陣訓」
と呼ばれるものだ。
その戦陣訓に似た言葉は、大日本帝国から始まったものではなく、戦国時代くらいから、家訓として言われていたことがルーツだとされる。
同じ大日本帝国においても、日清戦争の時、陸軍元帥であった、山形有朋が、当時の清国の捕虜にたいしての扱いのひどさに、
作品名:回帰のターニングポイント 作家名:森本晃次