覚悟の証明
もっとも、これが大日本帝国であれば、
「陛下のために、命を捧げる」
ということが美徳だということになるのだろうが、さすがに犬死だけは避けなければいけない。
「国破れて山河在り」
という言葉もあるが、まさにその通りである。
人間が滅んでしまえば、その山河を、
「一体誰が守るというのか?」
ということになるのである。
まさに、人間の滅亡は、どこをどう取っても、支離滅裂な話であり、
「最悪、天皇だけが生き残ったとして、国家が運営できるはずもない」
ということである。
松前が所属する開発チームには、戦後の混乱を手記にしたものが残っていて、それが開発チームの、今でもスローガンとなっているようだ。
誰もが見てもいいように公開されてはいるが、誰が見るというのだろう。
研究員には、そんな理屈は関係ない。自分の開発したものだけがすべてなのだ。
そして、そのすべてと言われるような教訓を、今の人たちは、きっと、
「古臭い」
というだろう。
古臭いというのは、決して褒め言葉ではない。しかも、日本国が生まれ変わる時の、旧態依然たる考え方が、まだ根深く潜んでいて、闇市が蔓延っていて、食うや食わずと言った時代にも、
「日本の再軍備」
であったり、
「天皇を中心とした政治体制の復活」
を企図している人たちもまだたくさんいたことだろう。
それだけに、占領軍による、民主主義というプロパガンダによって、アメリカ式のデモクラシーが植え付けられると、戦前の考え方が、
「すべて悪である」
と言われるようになるのだった。
そんな時代に、強くなった組織を、今の時代では、悪だと認識するだろうか?
もう、戦後を知っている人はほとんどおらず、いても、すでに現役を引退している人が多いだろう。
カプグラ症候群と、再生への期待
研究もある程度まで進み、すでに、
「第一段階の研究は終わった」
と言ってもいいところまできた。
臨床試験も、ここまでくれば問題もなく、売り出すだけの裏付けも数字として取れている状態になっていた。
治験者としての松前の仕事も、無事に終わったと言ってもいいだろう。
松前も赤松も研究者なので、基本的に治験に関しての知識はさほどあるわけではない。複数の治験に関わっている先生たちが、
「もう大丈夫だ」
と太鼓判を押したことは、それまでの不安を払しょくするに十分だった。
松前としては、今まで研究に没頭していたことで、治験を受けていたという不安を発散させることができた。ここにきてある程度のめどが立ってきて、研究結果が証明されるようになると、自分たちの仕事も、後は後始末程度のことで、前向きな仕事はなくなり、落ち着けるのは落ち着けるが、その分、治験者としての不安が多くなってくるのも無理もないことだった。
ある日、赤松が、
「松前君、今度家でパーティをするんだが、来ないかい?」
と言われ、断る理由もないし、気分転換にもなると思って、
「はい」
と答えた。
最近は、あまりゆいと会うこともなかったのだが、その理由の一つが、
「仕事が一段落着いたことで、治験への不安が募ってきた。こんな精神状態の中で、ゆいと会うのは、精神的にきつい」
と思っていたからだった。
しかし、赤松も一緒だということが、安心感を与えてくれた、
「一人だったら、どんな顔をしてしまうのか、自分でも不安だが、赤松先輩がいてくれるということは、訝し気な表情をしても、それは赤松先輩に対してのことだということを感じてくれればいい」
と思うのだった。
先輩が指定した日は、週末の土曜日だった。
「予定があるかどうか、確認して、来れるようなら連絡をくれ」
と先輩に言われたので、お言葉に甘えて、即答は避けた。
別に用事があったわけではないが、二日ほど余裕をもって、先輩に連絡を入れた。
「お言葉に甘えて、お邪魔いたします」
というと、電話口で喜んだように、
「そうか、それはありがたい。待ってるぞ」
と言っていた。
毎日のように、研究所の方で会うのだから、それまで何も会話しないようなわけもないのだが、それだけ、赤松先輩は公私混同をする人ではなかった。
そのあたりが、赤松先輩と二つしか年齢が違わないのに、かなり年上の、
「頼れる兄貴」
と言った雰囲気なのだと思うのだった。
約束の土曜日になって、赤松先輩の家に行くと、懐かしさがこみあげてきた。
今までにここに来たのは三回だけだったが、それも最初にお邪魔してから、二か月の間に三度来ただけだった。
どうして足が遠のいてしまったのかというと、松前とゆいが付き合い始めたためであり、別に、
「敷居が高くなった」
という感覚ではないのだが、プライベイトを大切にする先輩の顔を、まともに見ることができない気がしたからだった。
「あの頃は本当にウブだったよな」
と当時のことを思い出していた。
デートにしても遊園地や公園と言った、まるで中学生か高校生のようなもので、
「よく彼女も退屈せずについてきてくれたものだ」
と感じたほどだが、それだけ、ウブだったということだろう。
だが、お互いにウブな交際が、新鮮で純粋だと思うと、赤面してしまうほど、恥ずかしさがこみあげてくるようだった。
久しぶりの赤松先輩の家は、前に来た時よりも少し狭く感じられた。しかし、敷居はあの時に比べれば高く感じたのは、この中に、自分が意識している女性である、ゆいがいるからだった。
「いらっしゃい、松前君」
と言って、赤松先輩は迎えてくれた。
「いやあ、こちらにお邪魔するのは久しぶりですね」
とわざと、ラフな言い方をした。
その様子に、何も感じていないかのような赤松先輩は、松前をロビーに招き入れてくれた。
キッチンでは、ゆいがエプロンをして、料理を作っていた。その様子をほのぼのした気持ちで松前が見ているのを、今度は赤松先輩も見逃さなかった。
「今日は、ゆいが君のために、丹精込め料理を作ってくれているんだよ」
という兄の言葉を聞いて、
「何言ってるの。私はいつも、丹精込めた料理を作っているでしょう。失礼しちゃうわ」
と言って、笑顔を見せた。
松前は、台所に立って料理を作っているゆいを見るのは初めてだった。自分の部屋に呼ぶことがあっても、料理を作ってもらった経験はない。ただ料理が上手なのは分かっていた。
いつもデートをする時、遊園地だったり公園だったりするが、時々、ゆいがお弁当を作ってくれていた。毎回ではないのは、
「たまには、レストランとかでおいしい料理を食べるというのはいいことなのかも知れないわ」
と思っていたからだろう。
ゆいの口からきいたことはなかったが、
「ゆいだったら、そういう言葉を口にするに違いない」
と思ったのだ。
レストランを選ぶのは、松前の役割、そして、当然お弁当はゆいの役割、お互いに何も言わなくとも、阿吽の呼吸であるかのように、暗黙の了解を持っていたのだった。
「ゆいちゃんが作ってくれたお弁当、本当においしいよ」
というと、
「何が好き?」
と聞かれたので、本当は、
「何でも」