覚悟の証明
「本当は、血がつながっていなければ、お兄ちゃんを好きになったはずなのに」
という思いがあった。
きっと兄の赤松も、妹がそんな風に感じていることを、分かっているだろう。
だから、恋愛できない関係であることを理解した上で、兄として敬うことを正義とし、結婚相手は、
「お兄ちゃんも認めてくれるような人」
と思っていた。
そんな時、珍しく兄が家に後輩の男性を連れてきたのだ。
今までにはそんなことはしたことがなかった。
「妹に悪い虫がつくのは困るからな」
というのが理由だった。
赤松としても、自分の妹が可愛く、我ながら自慢の妹であると思っていただけに、余計な虫は絶対に避けたかった。
それなのに、初めて連れてきたのが松前で、今まで、他の男性を褒めたことなど、見たことも聞いたこともなかったのに、どうした風の吹き回しだというのだろう。
そんな赤松が連れてきて、
「こいつは、本当に真面目なやつなんだ」
と、何度も彼を誉めるのと聞いて、ゆいも憎からず思うようになっていったのだ。
その日、松前は赤松宅に宿泊した。
男二人はすっかり酔ってしまい、眠りに就いたが、その時の兄の顔を見たゆいとしては、
「お兄さんがこんなに楽しそうな顔をするのを見たのはいつ以来かしら?」
と思うのだった。
今までは、兄は妹に対し、優しそうな顔を向けてくれるのだが、それはあくまでもゆいに対しての感情であって、自分自身の解放した気持ちを、ゆいに見せたことはなかった。
赤松としては、ゆいに心の奥を見透かされたくないという思いだったが、実はそれは、ゆいの思いと同じであった。
赤松もゆいのことを、妹以上に思っていた。その気持ちをいかにして抑えればいいのかということを考えていたのだが、なかなか考えがまとまらない。少なくとも気持ちを見透かされるようなことはしたくないということだけは思っていたのだろう。
そうなると、赤松は覚悟を決めた。
「も妹を愛するということで苦しみたくない。妹は妹なのだ。幸せになってもらうことを祈るだけだ」
という思いから、それまでの自分の気持ちとの葛藤をいかにすればいいのか、考えた時に思いついたのが、
「妹にいい相手を紹介する」
ということである。
妹に変な虫もつかずに済むし、自分の気に入った相手であれば、
「どこの馬の骨化分からないような変な男」
と合わなければいけないということはないだろう、
少々でも変な男であれば、反対するのは最低限であるが、まさかとは思うが、妹が取り返しのつかないことになってしまうのを危惧もしていた。
男というものを知らないウブな妹なのだ。世間にはオオカミのような男は山ほどいる。ちょっと遊んですぐにポイ捨てなどという男に引っかからないとも限らない。孕まされでもしたら、どうしようもないだろう。
それを危惧した赤松は、まずは、自分のまわりの男性、自分のまわりと言っても、拘留があるのは開発チームくらいだった。
その中での適任といえば、もう松前しかいない。彼であれば、消去法であっても、普通に目をつけるとしても、群を抜いている。松前以外に誰が考えられるというのだろう?
どっちから見ても、相手は松前しかいなかった。
そんな赤松の、お眼鏡に罹った松前を、ゆいも慕うようになった。松前は最初、
「先輩の妹」
ということで遠慮があったのは事実だった。
しかし、ゆいは決して嫌いな相手というわけではない。慕ってくれる女の子に対して、嫌な気がするわけもなく、徐々にゆいに自分が惹かれてくるのが分かった。
しかも、どうやら兄である赤松先輩も公認のようだ。
というよりも、赤松先輩の方が、どうやら自分を選んでくれたようだった。
それを思うと、お互いに距離が急速に近づいてくることは必然に思え、ゆいの態度にも違和感がなくなってくるようだった。
「妹を頼む」
と、直接言われたわけではないが、ハッキリと言わないところも、赤松先輩の優しさだと思えた。
妹に対しての気遣いなのかも知れないが、そのことが同時に松前に対しての気遣いでもあることから、
「やっぱり、先輩は本当にいい人なんだな」
と感じた。
妹思いの兄というところも十分に好感が持てる。一人っ子である松前にとって、妹思いというのは、羨ましいという思いもあるが、その輪の中に入れてもらえるというのも嬉しかった。
これが松前ではなく、他の人だったらどうだろう?
若い人なら、まだまだ遊びたいと思っている人も少なくはない。そのために、
「まだ、一人に絞りたくはない」
と思う人もいるだろうし。
「束縛されるくらいなら、別れた方がいいかも知れない」
と思う人もいるだろう。
赤松先輩くらいの人が、そんな中途半端な男を選ぶはずはないと思うが、妹可愛さに、目がくらんでしまうということも考えられなくもない。そう思うと、このタイミングで松前を選んだというのは、偶然なのかも知れないが、
「目に狂いはなかった」
と言ってもいいかも知れない。
松前とゆいは、ぎこちない関係からであったが、徐々に惹かれていくようになり、デートも何度か重ねるようになると、慣れてきたのか、松前のエスコートも様になってきた。
丸一日デートをするということはゆいと知り合うまではなかったが、食事をしたり、遊園地に遊びに行ってみたりと、まるで大人のデートの中に、子供のデートを織り交ぜたような変則な感じだったが、ゆいはその方が嬉しかった。
「私、中学の頃、遊園地でデートするのが夢だったんだ」
とゆいがいうと、
「それはよかった。子供扱いしていると言って、怒られるかな? って思ったんだけど、僕の中でゆいちゃんは、遊園地デートをしてみたい相手というイメージがあってね。それで誘ってみたんだけど、喜んでくれているなら、僕も嬉しいよ」
というと、
「松前さんは私の気持ちをいつお察してくれているようで、感謝しています。お兄ちゃんもいつも私のことを分かってくれているので、もう一人お兄ちゃんができた感じだわ」
とゆいが言ったのを聞いて、一瞬、戸惑ってしまった。
――ゆいちゃんは、俺のことをどう思ってくれているんだろう? ちょっと前なら俺も、ゆいちゃんから、お兄ちゃんのようだと思われたとしても、それだけで嬉しいと思っていたのに、今は、それだけでは満足できない気がしているんだ――
と思っている。
今まで女性とお付き合いらしいことをしたことがないので、どうすればいいのか分からないが、相手がゆいであれば、そこまで緊張することもない。
兄である赤松先輩が何も言わないのも、そのあたりを考慮してのことだろうから、自分はこれでいいのだと、松前は感じているようだった。
食事に行く時は、昼間の遊園地デートとはまた違った感じを演出した。
高級ホテルのレストランを予約したりして、ワインを飲んだりもした。
「アルコールは大丈夫かい?」
と聞くと、
「少々なら」
ということだったので、一番いいのが、ワインだと感じた。
松前もアルコールは決して強い方ではない。ワインであれば、食事と一緒に軽く飲むくらいのことはできた。大学時代の仲間とよくレストランで食事をしたものだった。