覚悟の証明
ドキュメントの整備にも役立つという意味で、会社にもメリットがあるということで、この方法が取られるようになったのだが、これは本当にいい制度であった。
最初のことは、
「面倒臭い」
と思っていたが、本来であれば、開発者が、企画書から設計書までをキチンと纏めるという技術のいる仕事を、開発の間からできるというのは、技術向上だけではなく、企画者としての度量も養われるということで、申請者にもメリットのあることだった。
そういう意味で、すべてをセットだと考えると、それはすべてがうまくいく、
「一石二鳥」
いや、
「一石三鳥」
と言ってもいいくらいのものであったのだ。
それらを勝ち取るためのプレゼンや、会社を説得するための資料作りにも自分たちが関わったことで、これも、自分たちの成果と言えるだろう。
ここでは、個人はどうでもよく、皆で勝ち取ったという感覚があることから、今まで感じていた、
「開発者として目立つこと」
という意義がどこにあるのかという本質が、どこかに失せてしまったような気がするくらいだった。
この仕事をやっていくうえで、
「お金がすべてだ」
と思いたくはないが、ギブアンドテイクという意味での大切なテーマだと思うと、お金というものが邪悪なものだという気分にはなれなかった。
生活するには、食料であったり、医薬品、衣料などという生活必需品がある。それらを手に入れるために、仕事をして、対価をいただく。
貰ったお金で生活必需品の買うのだから、お金はいくらあっても、十分だということはない。
しかも、人間、いつ何時何が起こるか分からない。
急に仕事ができなくなり、無収入になるか分からない。特に事故などに巻き込まれてしまって、仕事を辞めなければならなかったり、それに対して、ほとんど保証がされていなければ、そうすることもできない。
そういう時のために、保険というものがあるのだろうが、保険だって、お金を毎月かけていなければ、保証を受けることはできないのだ。
保険料を支払うためにお金が必要だというのは、生活必需品を手に入れるのと同じ考えではないだろうか。
それを思うと、それまで感じていた、
「金儲けというのは、あまりいいイメージではない」
という感覚は、果たしてどこから来たものかと考えさせられてしまう。
ドラマや映画などで、守銭奴が犯罪に走りやウイとか、お金がなくて、のっぴきならずに、意に反して犯罪を犯さなければならなくなったというシチュエーションが、本であれば、反則意欲に、そして、テレビであれば、視聴率死守に役立つのであろう。
それを思うと、まるで偏見のような考えが、トラウマとなって自分の中に蔓延っているのだと思えてならなかった。
松前の彼女
松前には、最近知り合った彼女がいる。相手は松前のことを彼氏だと思っていて、松前も彼女のことを、自分の彼女だという意識を持っているが、彼女には、自分のことを松前がどのように思っているのか分からなかった。
「あの人と私とでは、彼氏彼女という関係の感覚が同じ方向を向いているとは思えないかな?」
と彼女は感じているようだった。
彼女の名前は、赤松ゆい。同じ研究所の二年生パイである、赤松先輩の妹に当たる人だった。
赤松先輩は、妹のゆいが男女関係には晩生で、今まで彼氏がいたことのないゆいに対して、気がかりであった。
ゆいは、赤松の三つ年下の妹なので、松前からすれば、一つ年下というわけだ。
松前も彼女がいる雰囲気もなく、女性に関しては、ウブだということは分かっていた。恋愛の素人同士というのは少し危険な感じがしたが、将来を宿望されているように見える松前であれば、相手にとって不足などあるはずもない。
しかも、まったく知らない相手でもないということは心強かった。
赤松兄妹は、赤圧が大学二年生の時、両親が旅行中に事故に巻き込まれてなくなったという意味でも、支え合う兄妹というイメージが強く、兄の赤松からすれば、
「目の中に入れても痛くない」
というくらいに可愛がっている妹だった。
「妹がウブなのは、兄の自分に責任がある」
と、どこからそんな発想が生まれてきたのか分からないが、そんなことを考えているので、余計に松前のような真面目な後輩であれば、ゆいを任さていいと思ったのだった。
最初の頃は、まず何度か松前を家に誘って、食事をしたりした。両親が亡くなりはしたが、残してくれた財産と、家、そして保険金で、不自由な生活はしていない。特に家を残してくれたことはありがたく、人を招いても十分な広さを持った屋敷とも言っていいくらいのところだっただけに、最初の頃こそ遠慮していたが、松前も、先輩の家に招かれるのが次第に楽しみになっていった。
松前としては、先輩がどこまで考えていたのか分からなかったが、松前も妹のゆいのことを気にしていた。
彼女の晩生な性格は、松前に純情な部分だけを見せるようになり、松前自身も、真面目な性格だったことが、お互いの感情を高ぶらせたのだろう。
「今度は、いつ来てくださいますか?」
と、いつも帰る時にゆいから言われるのを、ドキッとしながら感じていた松前だっただけに、
「帰らなければいけない」
という寂しさを感じずにいられたのは、よかったというべきであろうか。
「そうだね。近いうちに来るよ」
という返事を嬉しそうに聞いてくれるゆいがいとおしくなった。
二人はそのうちにケイタイで繋がるようになり、時々連絡も取り合っていたが、寂しいからと言って、まくし立てるようなことはしない。
あくまでも、何かの時の連絡先という意識を持っていて。
「逢うまでに気持ちのピークが超えてしまったら、せっかくの再会を楽しむことはできない」
と、二人でそれぞれ思っているのだった。
松前にとって、ゆいという女性の存在は、
「お城に住んでいるお姫様のような存在」
と思っていたのだ。
ただ、そう思えば思うほど、自分たちが、
「ロミオとジュリエット」
の、シェークスピアの世界にいるような気がしていた。
「お互いに結婚を望んだとしても、住む世界が違っているのではないか?」
と思っているのは、松前の方で、ゆいはそこまで思っていなかった。
まだまだウブなゆいは、松前が来てくれるだけで嬉しかった。
「まるで二人のお兄さんができたみたいだ」
と最初は思っていたが、そのうちに、
「大切な人」
という意味で、兄とは違う人間だということが分かってきたのだ。
とにかくゆいには、松前が優しく見えた。実際に優しくはあったが、松前にもあまり女性と付き合ったことはないという意識が強かったこともあって、あまり女性に対捨て高飛車な態度を取ることができなかったのだ
お互いに、異性に対してはウブだということは分かっていたようだ。松前にとっては、そんなゆいが純情に見えて、それがよかったのだ。
ゆいの方としても、女性を性欲の塊りのような目で見る男性をいつもまわりに感じていたので、あまりガツガツしていない落ち着きのある男性が好きだった。
それに、ゆいの理想の男性は、
「お兄ちゃんのような男性」
という思いであった、