三者三様のタイムスリップ
それはまるで、
「ビフォーアフター」
というべき、
「使用前使用後」
とでもいえばいいのか、明らかに何かを悟ったかのようだった。
だが、本人には、その悟りがなになのかを分かっていないようだった。漠然と、
「夢を見ていたような気がする」
という風にしか思っていないのだ。
それを見た時、
「自分も夢を思い出せないと思っている時、いちかが感じているように、過去のどこかの時代に赴いて、何かをなして戻ってきたのではないか?」
と感じるようになった。
その時、目の前にいるべき女性が今まではいちかだったが、いちかがタイムスリップしたのではないかと思うと、いちかに近づいてはいけないという思いから、気持ちがつかさに流れているのではないかと感じた。
ただ、つかさのことを本当に好きなのは、自分ではなく、
「もう一人の自分」
なのではないかと思うと、もう一人の自分が、同じ身体の中にいるとは思えなかった。
いるかも知れないが、自分が感じている、
「もう一人の自分」
とは違い、その人物は、今の自分ではなく、自分を監視しているのではないかと思われる、
「ストーカー男ではないか?」
と思った。
手に取るようにその男のことが分かるような気がしていた。
「私はあなたのことが好きなんだけど。でお、それはあなたじゃないの」
と、隼人がつかさに告白したのを想像すると、そういう意味が分からないことを言われてしまう気がした。
それは、つかさの性格からして、
「絶対にウソは言わない。自分の気持ちをハッキリと口にする女性」
としてのつかさを見ているからではないだろうか。
いちかの方は、明らかに別人になっていて、今までのいちかと変わらないところを探せば、勧善懲悪な部分しかないということを感じるだけだった。
「つかさも、いちかも、どうして俺の前に現れたんだろう?」
というところまで考え始めると、もはや、夢の世界と現実世界が、混同してしまっているように思えてならなかった。
「俺たちはタイムスリップをしてしまったのだろうか?」
と思うと、いちかの様子が違っているのが分かる気がした。
どこかの世界、たぶん過去であろうが、そこに行き、何かの目的を課せられる形になったと思うが、おそらく、その目的を達成することなく戻ってきた。
そして、変わったと思ったのは、出発前と喉ってきた瞬間を、まわりは何事もなかったかのように見えるように、消えた瞬間に戻ってきたのだった。
本人は過去に行ったという意識は残っているが、
「これは夢なんだ」
として片づけようとした瞬間に、意識の中で本当に夢になってしまったのではないだろうか。
一体どこに行って、何をしようとしたのか、何となく分かっているような気がした。
隼人はそれを、
「俺もいちかと夢を共有しているようで、同じ夢を見ていたような気がした」
と感じた。
しかし、タイムスリップを認めたくないからと言って、
「夢の共有というものを、平然として認めようというのもおかしな話なのではないだろうか?」
とも考えられる。
だが、今までは、夢の共有ということまでは考えても、それはまさかタイムスリップに結び付いてくるなどということを、想像もしていなかったに違いない。
「つかさの存在というのは、自分にとってどういうことを意識しているのだろう?」
と考えてみると、戻ってきたいちかが見ているのは自分ではなく別の男性、
「いや、もう一人の俺なんだ」
と思うと、急に気になりだしたのが、つかさだった。
つかさは、何事にもモノ動じしないように見えるが、実は絶えず何かに怯えているのではないかと思われるのだ。そこが、
「守ってあげたい」
という思いにさせるのだが、逆に自分がつかさに守ってもらっているのだという風に感じるのも、不思議な感覚だった。
「タイムスリップには、誰々がいったのだろう?」
と考えていると、
「俺といちかとつかさの三人だったのかも知れない。そして行った先は、過去であることに違いない」
と思えた。
しかし、いちかも自分もつかさも、よく同じ世界に戻ってくれたものだ。
前述の考え方のように、過去に行って何かを一つでも変えてしまうと、この世界に戻ってくることはできないような気がする。それを戻ってこれたということは、
「過去はまったく変わっていない」
と考えるべきか。それとも、
「実際に過去は変わっていて、今開けている世界全体が、変わった世界の延長線上にあるものなのではないか?」
という考えが芽生えてきた。
つまりは、ほとんどの人間は意識をしていないが、その瞬間に世界が置き換わってしまったのだとすれば、記憶にある過去は書き換えられてしまったものだと言ってもいいのではないだろうか?
「過去というのは、そんなに簡単に書き換えられるものなのだろうか?」
とも思えたが、
「簡単に書き換えられるものであるから、気が付かない間に、タイムスリップというのは、頻繁に起こっているのではないだろうか?」
とも考えられるのであった。
そんなことを考えていると、
「もう一人の自分というのは、タイムスリップしてしまい、行くことはできたが、戻ってくることができなかったことで、過去に取り残された自分が、そのまま年を取って、今もどこかで生きているのではないかと思うと、どうも例のストーカーが、本当にもう一人の自分ではないか?」
と思えてならなかった。
そんな風に考えてくると、過去に何があったのかは別にして、自分の頭の中に、過去に取り残されたもう一人の自分がいるという記憶が形成されていくのであった。
しかし、そこでふと不思議に感じたことがあった。
「俺は、タイムスリップして戻ってこれないはずなのだとすれば、今俺がこの世界に滞在しているというのは理屈に合わないのではないか?」
と感じた。
確かにそうだ。
「俺は、過去に行ったまま、戻ってこれなかったのだから、本当の俺は過去に飛んでいなければいけないはずで、戻ってきたいちかを見るというのはどういうことなのだろう?」
と思ったのだ。
すると、急に世界が変わって見えるようになった。
その世界は、表と裏があるのだとすれば、裏の世界のように見えたのだ。
「ああこれが、俺といちかが変えた世界なのだろうか?」
と思うと、隼人は、自分がもう一人の自分、十数年という年を一気に飛び越えたかのように見えた。
だがこの世界は、
「十数年を飛び越えた世界だと思うから、世界が変わった気がしても驚かないんだ。俺にこの気持ちを抱かせるために、タイムスリップがおこり、自分だけが、元の世界に戻れなかったことを、何らかの意味ということで、実験台にされてしまったのかも知れない」
と思わされた気がした。
つかさがやってきて。
「やっと、あなたは自覚ができたみたいね。私はあなたが、本来の自分に戻るのを待っていたのよ。いちかはもうこれから自分の人生を、これまで通りに勧善懲悪で生きていく。あなたは私と一緒にこれからの世界を生きていくことになるのよ」
というではないか。
「君は一体俺にとっての何に当たるんだい?」
と聞かれて。
作品名:三者三様のタイムスリップ 作家名:森本晃次