三者三様のタイムスリップ
さらに、密かに国民党軍と協和を考えたりしていたりしたので、関東軍はさすがに業を煮やし、
「張作霖爆殺」
を計画するようになった。
昭和三年のことなので、ちょうど十七年前と言っておいいくらいの時であった。
奉天郊外を満州鉄道で帰北してきた張作霖の列車を、爆破するに至ったのである。
この事件で、張作霖は数日後に死亡。日本軍は。国民党軍のせいだとしたが、関東軍参謀の策略によるものだった。
張作霖の息子の張学良は、日本軍による陰謀だということを知ると、国民党軍の蒋介石と手を結び、日本軍を敵対するようになる。
満州の治安は、相当悪化して、日本人虐殺事件や。軍人殺害などと言った事件が多発し、土地を売ってくれないことで、土地を追われる居留民が増えてきた。
このあたりの政治的問題と。日本国内の人口増加による食糧問題とが重なって、起こったのが、いわゆる、
「満州事変」
であった。
満州事変は、昭和六年九月十八日に起こった。
深夜、奉天郊外の柳条湖付近で、満州鉄道が爆破されるという事件があった。
ちなみに、その場所は三年前の張作霖爆殺事件のすぐそばだったのだ。
そこで関東軍は、
「張学良軍の仕業だ」
として軍事行動に移る。
そこから電光石火で、半年もしないうちに、あの広大な満州のほとんどを制圧するのに成功したのだ。
あれだけ広い土地である。南は遼東半島の路淳や大連、さらに奉天を超えて、主とである新京(今の長春)を超えて、北はハルビンまでを関東軍の支配下に置いた。
そして、天津からかつての清国の最後の皇帝「「溥儀」を担ぎ出すことで、満州国(のちに、溥儀が即位して、満州帝国)が建国されたのだ。
そんな時代にタイムスリップした主人公は、自分が何をしなければいけないのかを考えると、どうも満州事変の前にある、
「張作霖爆殺事件」
の阻止だったのではないかと思われた。
その映画の中で、最後のシーンで、四十七歳になった主人公が、戻ってきた兵士に遭い、最初はよく分かっていなかったタイムスリップをして戻ってきた兵士を再会することに手放しで喜んでいる姿が映し出された。
しかし、その喜びもつかの間、ソ連軍が満州を急襲する。
蜂の巣を突いたような騒ぎの中、次々に銃弾に倒れていく兵士たち。主人公が生き残れたかどうか、映画では確認することができなかったのだ。
そんな話だったが、隼人はそのことを思い出すようになったのは、最近、自分をつけている人がいることに気づいていたからだった。
その男のことを気にするようになると、最近、いちかが少し変わったように感じられたのだが、そのこともあってか、いちかに対して、少し気持ちが変わっていくのを感じたのだ。
いちかがどのように変わったのかというと、
「何か別人になったような気がするような感じで、人前にあまり出ることがなくなってきた」
という思いと、
「俺に対して、何か恨みのようなものを感じているように見える」
という思いを感じた。
勧善懲悪なところは変わらない。変わらないからこそ、彼女の変化に気づいたと言っても過言ではないだろう。
そういえば、占い師がいっていたっけ、
「あなたの彼女が変わったかのように思うかも知れないが、それはあなたにどこかに呼び出され、今まで知らなかった世界を見せられたことで、ショックを受け、それをあなたのせいだと思っているようだね」
というのだった。
「どういうことですか?」
「あなたのまわりに、ずっと以前からストーカーがいることを自覚されているでしょう?」
「ええ」
「それがいつから始まったのか、あなたには自覚はないかも知れませんが、本当は実際のところ、あなたが気付くずっと以前からのことなんですよ。あなたは、そのことを今は知らないのだろうが、そのうちに分かる時が来ます」
「どういうことですか?」
「あなたは、最近、映画を見られたでしょう? 昔の映画ですが、SF映画でタイムスリップものの……」
「ええ、見ましたけど、それが何か?」
「その見た映画の印象が必要以上に残っている感覚があることに、ご自分で気付いてはいませんか?」
と言われて、
「ええ、そうなんですよ。まるで自分があの映画の主人公になったような気がするんです。だけど、あの映画では何がいいたいのか分かる気がしているんですよ。きっと、主人公が考えているのは、自分が何をしなければいけないかということに対して、時空を超えて考えなければいけないということなのだと思いました」
と隼人がいうと、
「ええ、その通りです。あの映画は、歴史が自分に何をさせようとしているか? ということがテーマでしたからね」
という占い師に対して、
「ただ、それが今の自分とどういう関係になるのかということがよく分かっていないんですよ。ただ、ストーカーに対して、何やら不気味さを感じるのと、彼女がどこか変わってしまったような気がすることが繋がっているようで、恐ろしいんです」
と隼人がいうと、
「あなたは、いちかさんの友達の女の子を好きになってしまったのではありませんか?」
と占い師に聞かれて、
「ええ、その通りなんです。趣味が変わったのか、それとも、いちかという女性についていけないと感じたのかですね」
というと、
「あなたが好きになった女性は、もう一人のあなたが好きなタイプの女性なんですよ」
と占い師は言った。
「何を言っているんですか? もう一人の私というのは誰のことなんですか?」
と言ったが、それは、
「もう一人の私」
というと、直感で考えたのは、
「自分の中にもう一人誰かがいて、その人物との間で二重人格性を持っていて。そのもう一人が、つかさのことを最初から好きだったということなのだろうか?」
ということであった。
しかし、目の前の占い師を見ていると、どうもそういうことを言っているのではないような気がして、自分でもおかしな気がしてきた。
ただ、今漠然と考えているのは、
「今一番まともなのは、つかさなのではないだろうか?」
というもので、ただこの場合のまともというのは、
「別にまとも以外の人間が、気が狂っているというわけではないと思っている」
というものであった。
いちかも、自分も、何かを経験し、それがトラウマのようになって自分の中にあり、不安定なのかも知れない。その理由としてそのおかしなことというのは、どのようなものかを漠然としてしか分かっていないということだ。
目が覚めるにしたがって忘れていく夢のように、意識が遠のいていくかのように、忘却の彼方に消えていってしまっているかのようだった。
いちかの、様子が変わったのが、昨日からのことだった。急に老けてしまったかのように見えるのは、見た目は変わっていないのだが、一気に十年近く年を取ったかのように感じたのは、何か知らないところで、十年を過ごしたというよりも、一気に十年という歳月を行って帰ってきたかのような感覚だったからだ。
いちかがどう感じているのか分からないが、見ている隼人には分かった気がした。
それはこの間見た映画で、タイムスリップしてしまったところのその時間に、戻ってきた瞬間を見たかのような感覚だ。
作品名:三者三様のタイムスリップ 作家名:森本晃次