三者三様のタイムスリップ
「ええ、もちろん、分かっているわ。そう言ってくれるから、私もつかさののことを、本当の親友だと思っているのよ。お互いにここまで相手のことを分かってくれる相手、他にいないでしょう?」
というと、
「そうね、私は親友というのは、誰よりも相手のことをその人が分かってくれていることだと思っていて、それをお互いがハッキリと自覚できていることで成立すると思っているの。それは、まさに私といちかのことじゃないかしら? この二人だったら、隠し事などなくて、ずっと一緒にいられるんじゃないかと思うのよ」
とつかさがいうので、
「そうね。隠し事というか、お互いに隠しているという意識のない中で、暗黙の了解が存在しているような関係だと思うわ」
といちかが言ったが、このいちかの言葉は、どちらかというと、つかさの言葉よりも緩い考え方だった。
それは、いちかの言葉が、つかさの考えを補足しているような言い方であったが、補足というよりも、考え方を補填しているようだった。
ここでの補填は、いちかの言葉をすべて受け入れてではなく、いちかの言葉を参考にして、自分の考えをうまく当て嵌めた考えだと言えるのではないだろうか。
つまり、いちかの考えは、限りなくつかさの考えに近いということを示しているのだが、そこには、結界のようなものがあり、いくら近くにいると言っても、
「絶対に交わることのない平行線」
であると言っても過言ではないだろう。
この関係は、いちかとつかさの二人の関係と同じだと言ってもいいだろう。
二人は最初から近くにいたのだ。
つかさの方はその存在を痛いほど意識していたのだが、いちかの方では、あまりにも近すぎる関係のせいか、最初はつかさの存在を意識していなかった。だが、つかさの意識が強いせいか、その視線の痛さに身体が反応したのか、つかさの方を訝し気に見たのだったが、つかさの方では、逆に嬉々としてその視線に感動しているようだった。
「まさか、いちかさんが私を意識してくれるなんて」
と言って、つかさとしては、いちかのことを見ているだけでいいと思っていたようだ。
いちかも、つかさと同じようなところがあり、本当に近くにいる人であっても、自分から声を掛けられないところがあった。
そんないちかの性格を意外と誰も分かっていないようで、
「いちかさんという人は、自分から積極的に友達を作ろうとするタイプなんだけど、中心に行こうというつもりはないような人だわ。野心のような欲はないと言ってもいいと思うの。だから、結構彼女のまわりには、いつも誰かがいるという感じに思えるわね」
という話を聞いたことがあった。
その時に、彼女のそばにいる人というと、そのほとんどがつかさであることは、誰の目から見ても疑いのない事実であり、あえてその人が名前を出さなかったのは、それだけ二人の関係を嫉妬してしまうほどの羨ましさを感じていたからなのかも知れない。
「でも、いちかって、目立っているように見えるけど、それは天性の性格であって、自分から目だろうとしているようには思えないのよ。だから、彼女には敵は少ないと思うの。彼女を慕っているという人も少ないと思うけど、そのわりには、彼女から離れていく人がいないのも事実なのよね」
という人もいた。
彼女にしてみれば、
「いちかという女性は、つかみどころがないというか、何を考えているのか分からないというほどではないんだけど、絶えず何か奇抜なことを考えているんじゃないかしら? という思いを抱かせるようなタイプに思うの。気が強く見えるんだけど、それはきっと、彼女が勧善懲悪にみえるからで、決して、誰かに何かを押し付けようとするような気の強さではない。そこが彼女の魅力なんじゃないかな? そしてそんな彼女のことを一番よく分かっているのが、つかさだと思うの。私も実はあの二人のことが気になって、私も二人と親友になりたいと思ったことがあったんだけど、私の中では、つかさとは親友になれるかも知れないけど、いちかとは無理な気がしたの。だから辞退したという感じかしら?」
という考えを持っていた。
他の人の話を聞いてみると、いちかの方がつかさよりも話しやすいという人が多いようだったが、それはあくまでも普通の友達としてという関係であればこその考えではないだろうか。
距離が縮まってきて、二人の影響をもろに感じられるようになってくると、それまでと見え方が一変してくる。そちらかがそれまでの考えと違ってくるのだろうが、それは、
「きっといちかの方に違いない」
と思える人がいるとすれば、つかさだけだろう。
二人の関係を理解するには、二人の間に入らなければ理解できないに違いないが、かなりの危険を孕んでいて、かなりの覚悟が必要だと言えるのではないだろうか。
そんないちかと隼人が付き合うようになったきっかけは、卒業前にいちかが告白したことによるのだが、そもそもいちかという女性は、
「思いつきで行動するタイプ」
だと言われていた。
その時も、まわりから、
「あれって、いちかの思い付きじゃないの? もしそうだとすれば、あの二人は、そんなに長続きしないと思うんだけどな」
と、言われていた。
確かに、いちかの思い付きには違いなかったが、それはあくまでも、
「行動が思い付きだった」
というだけで、気持ち的には、いちかの中で決して思いつきではなかった。
そういう意味では、
「思いつき」
というよりは、
「衝動的な行動」
と言った方が正解なのかも知れない。
いちかは、後から思えば、
「私は一体いつから、隼人のことが好きだったんだろう?」
といまさらながらに考えてみると、結構知り合ってすぐくらいの頃だったということを思い知ったような気がした。
告白するのが衝動的だったくせに、密かに思っている期間がそんなに長かったなどというのは、いちかという女の子が、幾重にも重なった性格の持ち主であるということを表しているような気がする。
行動パターンをなかなか読むことができず、親友であるつかさにしても、いちかの本質までは、近づくことができても、結界を超えることはできないのであった。
では、つかさの方では隼人のことをどのように感じていたのだろう?
少なくとも、恋愛感情はなかった。それは、つかさという女の子が、恋愛というものをよく分かっておらず、思春期は通り過ぎてきたのだが、その間に恋愛というものを理論的に解釈することができなかったことから、
「私には、恋愛という感覚が分からない」
と感じさせられたのだ。
だから、いくら近い距離に隼人がいるとしても、男性という意識を持っているわけではない。
それは、つかさ自身がまわりに感じさせるものと同じようなものであるのだが、つかさは、自分のまわりにいる人を明確に差別化していた。
一般的な差別化というよりも、見方によってはさらに、距離が遠いものであった。
つかさは、自分がまわりからは意識されていない存在だと思っていた。これは小学生の頃から感じていたものであり、
「まるで、路傍の石のようだ」
と感じていたのだ。
作品名:三者三様のタイムスリップ 作家名:森本晃次