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逆さに映る

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 と、まるで眩しいものを見てしまった時のように、反射的に目をそらそうとした彰浩に対して、いちかはいかにも、
「私には分かっているよ」
 と言わんばかりに、妖艶な笑みを浮かべてくるので、思わず身体が反応してしまうのを禁じえなかった。
 だが、いちかは男性の本性を知らない。
 特に彰浩という男が、どれほど誘惑に弱いかということをまったく知らないと言っても過言ではない。
 そもそも、その頃はまだ、男性というものを実際に意識したことはなかった。もちろん、思春期に突入しているわけだから、男性というものがどういうものか、本能で分かっているが、それが個々の人間ともなると、想像もつかなくなっているのだった。
 その理由には、二人の間の年が離れすぎているからだった。二、三歳の差であれば、本当に兄妹という意識があって、男性として見ることはないだろう。しかし、十二歳も離れていると、もはやおじさんと言ってもいいくらいではないか。
 まわりで、自分の担任に憧れている友達お結構いたが、いちかはそんなことはなかった。
「あれくらいの年の男性は、家に帰ればいるんだからね」
 と言いたかったのだろう。
 もちろん、彰浩のことである。
 それでも、最近までは会社での苛めからか精神的に余裕もなく、妹から見ていても、痛々しい姿しか見えていなかったので、下手に距離を詰めるようなことはしなかった。
 下手に触ってやけどでもすれば、もう二度と本能的に近づくことはないだろう。
 それは、いくら兄が立ち直ったとしてものことであった。
「お兄ちゃんは、どうしてしまったのだろう?」
 という思いで、いちかが見ているのを感じた。
 本当は心配してくれているというのが分かっているので、余計に気を遣ってしまい、しかもそれで妹は、
「お兄ちゃんのことよりも、そんな人がそばにいることで精神的にきつくなっている自分が嫌なのよ」
 と感じるようになり、お互いに悪循環のスパイラルを形成しているようだった。
 そんな状態だったのだが、やっと兄が余裕のない生活から解放され、それまでとは見違えるように顔色がよくなったのを見て、心底、
「よかった」
 と思った。
 その時にはすでに、自分のことだけではなく、兄に対しての気持ちの表れであるという、「大人の余裕」
 を感じさせるようになったのだった。
 いちかは、心も身体も、完全に大人になっているようだった。

                 妹のいちか

 いちかの中学は、セーラー服だった。彰浩はセーラー服もブレザーもどっちも好きだったが、三つ編みにしたいちかには、
「セーラー服が似合う」
 と思った。
 結構髪を長くしているので、普段はほとんど、ポニーテールか三つ編み姿なので、
「セーラー服なら三つ編み、ブレザーならポニーテールだ」
 と勝手に想像していた。
 それは、最初の基準がいちかではあったが、他の女の子にもすべて当て嵌まると感じたのは、彰浩の勝手な妄想に過ぎなかった。
 いちかは、兄からそんな目で見られているということに気づいてはいなかった。
「何といっても、腹違いであっても、血の繋がった兄妹なのだ。変なことを考えるはずはない」
 というのが、いちかの考え方であった。
 いちかは背も高い方ではない。背の順番に並べば前の方だろう。
 彰浩は、年下の女の子であれば、絶対に小柄な女の子が好きだった。特にあどけなさの残る女の子には、
「小柄であってほしい」
 と願っていた。
 いちかは、そんな彰浩にとって、理想の女性になりつつあったと言ってもいいだろう。
 いちかと、彰浩と、どっちが兄妹としての意識が強いのかと言われると、
「彰浩の方ではないか?」
 と言える。
「妹に女を感じ始めた時点で、思い入れの大きさは、かなりのものではないだろうか?」
 と言えるであろう。
 妹がある日帰ってきて、
「お兄ちゃん、この間、クラスメイトの男の子から告白されたんだけど、どう思う?」
 と言われてビックリした。
 何にビックリしたのかというと、まず最初に驚いたのは、
「まだ中学生だというのに、男の子から女の子に告白するなんて」
 ということであった。
 次に気になったのは、
「聞いた女の子がすぐに他の人に相談するということも、度胸を持って告白した少年のことを思えば、何か気持ちを踏みにじられたようで、あまり気持ちのいいものではないな」
 ということであった。
 男の子の度胸の良さと、それをサラリとかわすかのように、さっと避けるのが上手い女の子のしたたかさに、驚かされたのだ。
 彰浩の中学時代というと、女の子を意識は確かにしていたが、告白などできる雰囲気ではなかったような気がした。自分が知らないだけだったのかも知れないが、友達がいなかったわけではないので、話をすれば、少しは情報として流れてくるものだと思っていたので、まったくそんな素振りはなかったので、
「俺は、つんぼ桟敷にされていたのだろうか?」
 と感じるほどだった。
 しかし、それを聞いた女の子のほうも、めくらめっぽうではないが、誰かれかまわずに相談するというのはいかがなものか。
 そんな女の子に対して、
「男の子のことがよく分かっていないのではないか?」
 と感じ、もし自分の彼女がそういうことを平気でする人であれば、付き合うのを辞めたかも知れない。
 だが、本当に辞められるであろうか。どれだけ相手のことを好きになったのかということを考えると、考えれば考えるほど、その理由が分からなくなる。曖昧な感覚の時の方が、
「この人のことを好きだったんだ」
 と感じるようになり、真剣に好きになってしまうと、少しでも自分の理想と違った思いを持てば、自分がどうしてそのことに気づかなかったのかということを、余計な意識として持たなければいけなくなってしまう。
「一体、どんな男の子なんだ? お前は好きなのか?」
 と聞くと、
「うーん、何とも言えない性格かもね。私にはよく分からない性格かな?」
 というではないか?
「じゃあ、そんなに好きではないということなのかい? それなのに悩むのかい?」
 と聞かれて、
「だって、せっかく好きになってくれたんだから、私も彼のことを好きになれるかどうか、確認してみる必要はあると思うの、せっかく告白してくれたんだから、その気持ちには答えないといけないと思ったの」
 というではないか。
「ん? それくらいの意識はあるんだね? でも、お兄ちゃんや他の人は、その男性のことをまったく知らないので、いちかの話だけを中心にして聴いているだけなんだよね。だから何とも言えないんだけど、いちかの方も、何も知らない人に話を聞いて、その人が言った言葉を信じるというの?」
 と聞くと、
「もちろん、二人のことを両方知っている人の意見も聞いているわ。でもそれだけでは片手落ちのような気がするの。何も知らない人が客観的にどう見るかということをしっかり理解したうえで考える必要があると思うのよ」
 というではないか。
作品名:逆さに映る 作家名:森本晃次