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逆さに映る

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「何だ、彼の言っていることは正しいことを言っているわけだろう? しかも、それを今まで一度も試したこともない。それは、誰も思いつかなかったからだ。そんな無能な連中よりも、まだ三年目で、ここまでの発想が生まれ、それを実行しようという試みるやる気がある社員の目を積むとは、課長としてどうなんだろうね?」
 と、部下を無能呼ばわりしておいて、言い方はそこまでひどいものではなかった。
 怒っているのは間違いないが、その怒りを抑えて行っているのだから、それを察することができなければ、本当に課長失格であろう。従うしかなかった。
 そして、半年ほどで、それなりの成果を挙げ、発案者の彰浩はもちろん、課長も部長から褒められ、昇給も結構あったという。
 この期に及んでやっと課長も彰浩の実力を認めるようになった。
「君のおかげで、この会社は、一本筋の通った会社になった。部長も読悦びで、私は嬉しいよ」
 と、手放しに喜んでいた。
 その言葉に嘘はないようで、今までのような、苛めはまったくなくなっていた。
 それどころか、事あるごとに彰浩に相談するようになり、すっかり信者のようになってしまった。
 さすがに他の部下をそれを見て、ドン引きしているようだったが、彰浩はそれでよかった。
 会社のためとはいえ、最終的には自分が気分よく仕事ができるようになればそれでいいからだった。
 会社ではすっかり余裕ができたことで、それまで苛めがあったことで、最初から持つべきだった自信が、三年も待たされる結果になったことは少し不本意であったが、それでもよかった。一度苛めのような目に遭っていると、その後の余裕はかなりの確率で自分に沁みつくことになるだろう。それがよかったのだ。
 会社のことはそれでいいとして、社会人になってから、小説もなかなか書ける気にもなれなかったし、彼女というのも、作れる余裕はなかった。
 そういう意味での三年間というのは、実に長いもので、無為な時間だったのではないかと思えてならない。
 会社でうまくいくようになると、精神的にかなり落ち着いてきた。見えてなかったものが見えるようになり、下手をすれば、
「虚空を見ているような感覚になった」
 と思うほどに、身体が宙に浮いていて、
「こんなに、まわりには大人の女性がいたんだ」
 と思って、街を歩いていても眩しいくらいだった。
 だが、そんな眩しい女性たちに、今の彰浩は興味を持つことはなかった。
 大人の女性に対して声を掛けるということは、今までの自分からは考えられないもので、「軽くあしらわれてしまうようだ」
 と感じたのだ。
 本人はそのつもりはなくとも、自分でシュミレーションしてみると、どうしても会社での苛めが思い出されて、女性から嘲笑を受けている感覚になってしまうと、どうしていいのか分からなくなり、気持ちも身体も硬直してしまいそうになるのを、想像してしまうのだった。
「SMの関係すら、自分で受け入れようとまで思っていたはずなのにな」
 と感じたのは、自分が社会人になって、それまでとは視野が狭く感じられたからだろう。
 社会人になって、それまで見えていなかったものが見えるようになると、勝手に自分の中で限界を設けてしまい、視野を広くしなければならないのに、うちに籠ってしまうのだった。
 それも、会社の改革のように内部のことであればいいのだろうが、営業的なことで、外部に向けてのことは、さっぱりの気がしていた。一度部長から、
「君のその発想を、内販だけにではなく、営業として外部にも発信できるアイデアが出てくれば嬉しいんだけどな」
 と言われていたが、
「はい、がんばってみますが、私の中では、内部には強いけど、外部に対しては少し難しいかも知れないんです。何かの発想をするとしても、たぶん経験してのことでないと難しいのではないかと思うからです」
 と、彰浩はいったが、これを言って一瞬、
「しまった」
 と感じた。
 こんなことを言ってしまうと、
「君は次の人事異動で、営業に行ってもらおうかね?」
 と言い出しかねないと思ったからだ。
 だが、その様子はなかった。部長としても、いろいろ考えたのだろう。
「せっかく内部の助言には成果を出せるだけの社員なので、それを営業にまわして、もしそれで潰れてしまうようなことがあれば、会社にとっても大きな損失だ」
 と考えたに違いない。
 結局、営業に関しては、、営業で入ってきた人から、彰浩のような社員の出現を待つしかないということに落ち着いたのだろうと感じたのだ。
 そのおかげで、仕事は苦労なく進んでいた。
 彰浩が、そろそろ二十代後半に差し掛かってくると、まわりでは、結婚する人も増えてきた。
 会社の同僚や、後輩にまで先を越されると、少し焦る気分にもなっていたが、実際に好きになれそうな女性がいないことで、
「いくら焦ってみても、どうしようもない」
 と感じるに至ったのだ。
 それは自分が、女性というのを、淡白な目で見るようになったからではないかと感じたからだった。
 自分から見て、大人の女にみえる人は、どこか着飾ったり、メイクによって、
「化けて」
 みたりという、そんなあざとさに、癖癖していたと言ってもいいかも知れない。
「そうだ、別に表にばかり目を向ける必要なんかないんだ」
 と、感じさせられた。
 それは、家に帰ってから家には年頃の女性がいるではないか。
 最近特に大人っぽさを感じられるようになり、ついこの間まで、
「まだまだ子供だ」
 と思っていた妹が、そのうちに、少女という雰囲気になり、そのうちに身体の発育に目がいくと、ドキッとしてしまう自分がいたのだ。
 年齢としては、十四歳になっていた。
 根霊的には思春期の頃であろう。しかも、
「女の子というのは、男性と違って、発育が早い」
 と言われていることから、初潮と小学四年生くらいで迎える子もたくさんいるという。
 それに、現行法での結婚できる年齢というのは、
「男子が十八歳、女子が十六歳から(少しして法改正あり)」
 と言われているのは、発育がそれだけ早いからではないだろうか。
 ただ、それに精神が備わっているかどうかというのは別問題で、初潮を迎えると、女性は子供を作ることができる身体になったということで、身体はその時から大人になったと言ってもいいだろう。
 次第に、胸も膨らんでいき、身体のラインも滑らかになっていき。そのふくよかさは、男性を魅了するだけのフェロモンを醸し出していると言っても過言ではないだろう。
 そう思うと、すでに十四歳になったいちかは、
「妹というよりも、成熟した一人の大人の女」
 という目で見てしまう。
 制服も実に眩しい。
「いちかほど、制服の似合う女子中学生はいない」
 と思っていたが、それを、
「兄バカであってほぢい」
 と何度思ったことか、決してそれだけではないことは、自分でも分かっていたのだ。
「お兄ちゃんは、彼女いないの?」
 と、小学生の頃までにはなかった、あざとさが垣間見えるようになってきた。
「小悪魔」
 というのは、この時のいちかのことではないかと、彰浩は感じていた。
「お兄ちゃんをからかうものではない」
作品名:逆さに映る 作家名:森本晃次