いたちごっこの、モグラ叩き
「実は、桜井刑事というのは、前はK警察署にいたんだが、結構、いろいろと手柄を立てていることで有名な人なんだよ。それに性格的には、かなり勧善懲悪に近い男で、どちらかというと、一貫してブレない性格だと言ってもいいんじゃないかな? 俺はそんな桜井刑事が好きだったんだ」
というとm何かに閃いたのか、秋月が。
「それで、桜井刑事の尾行を僕にやらせたんですね?」
というのを聞いて、
「なかなか察しがいいな。そういうことなんだ。俺は桜井刑事と顔見知りなので、俺が大っぴらに尾行はできないのさ」
と鶴岡がいうと、
「一体、お二人はどういう関係なんですか?」
と聞かれた鶴岡は、
「俺は、実は元刑事だったんだ。桜井刑事がまだ新人刑事の頃に、俺が指導したんだよ。だから彼の性格は俺が一番よく知っているんだ」
と鶴岡は言った。
これには、さすがに秋月もビックリした。
鶴岡が、
「ただものではない」
と思っていたのだろうが、まさか元刑事だったなどとは思わなかったのだ。
大団円
秋月も少しビックリはしたが、冷静になるうちに、逆に、
――どうして、すぐに分からなかったんだろうか?
と思ったが、これも鶴岡のミスリードかも知れないと思った。
「こういうことは、最初にきっかけのようなものがあって、そのきっかけで一気に気付いてしまわないと、最後まで、相手がその正体を明かすまで分かることはなかったのではないか?」
という思いを抱くことになるのだろうと思っている。
「一体、どう考えたらいいのだろう?」
秋月は、本来なら、鶴岡が元刑事ということであれば、もっと安心してもいいはずなのに、彼が刑事であるということを聞いた時点で、震えが止まらなくなったかのように感じていた。
――俺は、何か入り込んではいけないところに足を踏み入れたのだろうか?
という感覚になったからだった。
「秋月君に黙っていて、申し訳なかったと思うんだけど、これも、俺の計画の一つなので、悪く思わないでくれ」
というではないか。
その言葉を聞いて、さらに震えが止まらなくなった気がした。
鶴岡という男が自分を信頼して、すべてを打ち明けてくれた上で、自分に協力を促してくれていると思っていたのに、
「敵を欺くにはまず味方から」
とでもいうかのような対応に、疑問を呈してしまったのだった。
ただ、鶴岡の方も、桜井刑事が、
「何かに気づいたのではないか?」
ということを考えると、事件が少し前に進んだような気がしてきたのだ。
今まで、たぶん、自分たちは、まだスタートラインにも立っていなかったという意識があったようで、そのせいもあってか、鶴岡を見ていて、
「何か苛立っているかのようだな」
と、秋月に感じさせていたのだが、それが、まだスタートラインにも立っていないことでの苛立ちだと思っていた。
しかし、実際には違っていた。
「スタートラインに立ちさえすれば、この事件は一気に解決に向かうかも知れない」
という思いを、鶴岡は感じていたのだった。
そこに何かの根拠があるわけではないが、この事件の特徴は、
「あまりにも事件が見えてこずに、すべてを事故として処理をさせるところにあるのではないか?」
という思いだったからである。
スタートラインに立つ前に、事件として表に出さず、事故として処理をしてしまうと、そこから事件として掘り下げるのは土台無理なことだった。
そのことを分かっているのは、現時点で鶴岡と、桜井刑事だけだった。
もちろん、この事件の首謀者である連中には分かっていることだろうが、そういう意味ではやつらとしても、諸刃の剣ではないかということを、桜井も鶴岡の分かっていることだろう。
そういう意味では、相手が、何かボロを出さないかというのも感じていて、それはあまりにも可能性は低いのだろうが、自分たちが地道に捜査をすることで、相手を疑心暗鬼にさせるという作戦でもあった。
しかも、幸いなことに、鶴岡も桜井もお互いに独自で捜査している。二人が繋がっていないということをやつらも分かっているだろうから、疑心暗鬼にさせるのも、意外と無理なことでもなさそうだ。
そもそも、事件となってしまうと、これが殺人などの凶悪事件であれば、今は昔のように、
「十五年」
という時効はないのだ。
しかし、事故として処理してしまうと、前述のように、もう一度掘り返されることは、よほどの事件性の証拠でも出てこないと無理だろう。
一旦捜査を打ち切ってしまい、事故となると、その証拠など誰にも見つけることはできないのだ。
しかも、時間が経ってしまうと、証拠があるとしても、証拠能力が維持できるかというのも大きな問題だ。
それを思うと、事故にされてしまうことの危険性を、鶴岡も桜井も同じように感じているのではないだろうか。
「そろそろ、スタートラインに立てそうな気がするな」
と鶴岡は言った。
「もう、相手に俺と桜井が独自に動いているということを悟らせるに十分だろうから
もう桜井と連絡を取ってもいいかも知れない」
と言い出した。
「鶴岡さんは、桜井刑事が、事件について何か有力な情報を握っているのではないかと感じているんですか?」
と言われて、
「俺はそう思っている。そして桜井がどう考えているか聞いてみたい気もするんだ。そして、俺が持っている情報が、桜井の知りたいことなのかも知れないとも思うので、そろそろいい機会なんじゃないかな?」
と鶴岡は言った。
「僕には、いまいち分からないんですが」
と、秋月がいうと、
「それはね。君が一部しか知らないからさ。実は君には、まだ分かっていないことがあって、それを俺も桜井も知っていると思うんだ」
というではないか。
「ますます分かりません」
というと、
「君はこの事件が単独であって、その件について俺が調べているので、それ以上のことを膨らませることはできないんだろうけど、実はね。この事件、つまり俺が調べている事件の前に、もう一つ、繋がっている事件があるんだ。桜井刑事はそっちの方を探っていて、君がさっき疑問に感じていたことが今の俺の話で納得いくものがあったんじゃないのかな?」
と言われ、
「あっ」
と思わず、秋月が言ったが、それは自分たちが調べている内容と、桜井刑事が調べている内容に違いがあることだった。
さっきまでは、鶴岡と桜井刑事に何ら関係はないものだと思っていたので、
「まったく関係のない人間が、偶然似たようなことを調査している」
ということで、あくまでも、
「偶然」
だということで、片づけようとしていた。
しかし、今の鶴岡の話を聞いて。犯人たちにしてみれば、
「まったく関係のない人間が、自分たちを前からと横から見ることで、迫ってきているような気がする」
と感じたとすれば、何か疑心暗鬼にもなろうというものだ。
しかも、やつらがどれほどの力を持っているかということは分からないが、かなりの力を持っていることは分かっているので、そんな連中が相手であれば、正攻法では難しいだろう。
作品名:いたちごっこの、モグラ叩き 作家名:森本晃次