いたちごっこの、モグラ叩き
同じところで、二人の男性が各々の目的で捜査をしている。片方は刑事なので、捜査をしても別に怪しくはないが。、王一人はバスの運転手である。何かよほど自分に関係のある何かを探したいのだろう。
基本的に探しているのは、別々なのだろうが、そこにスズランという共通の話題があることが奇遇だった。お互いにそんなことはまったく知らないはずだが、実はそれを知っている人がいる。
その話は後述することになるかも知れないが、その人が感じたことととして、
「何かの禍も一つであれば我慢できることもあるだろうが、それが二つ、あるいは複雑に絡み合ってしまっているとすれば、我慢できなくなってしまうものではないだろうか?」
と、考えているようだった。
二人とも、スズランが何かのカギを握っているということも分かっているし、スズランに毒性があることも分かっている。それが一体どう影響しているのか、この謎の男は分かっているのだろうか。
「あの、すみません」
と言って、桜井刑事が話しかけたのは、何と、二人のことを知っている男であった。
彼は別に驚くこともなく冷静に、
「はい」
と返事をしたが、どうやら話しかけられるということくらいは、最初から想定内だったのではないだろうか。
桜井刑事としては、何かの視線を感じたのだろう。しかも、ずっと以前から感じていた視線であり、一度このあたりで声を掛けておく必要があると感じたに違いない。
「最近、私のことをつけてこられていませんか?」
と単刀直入にいうと、相手の男はそれでも慌てることなく、
「いいえ、そんなことはないですよ。あなたには、何かつけられる覚えがおありなんですか?」
と言われた桜井刑事は、
「いいえ、心当たりがないから、少し怖くなって話しかけてみたんですよ」
というと、
「ほう、そうなんですね。でも、普通怖くなったら、自分から話しかけたりはしないものだと思うんですがね」
と言って、さらに冷静さの中に、相手を嘲笑するかのような表情には、相手が何を考えているのか、考えさせられる。
「なるほど、たしかにあなたの言う通りですね。あなたはまるで神経内科の先生か、心理学者のようではないですか」
というと、その男は、
「まあ、そこはご想像にお任せしますよ。でも、私は別に怪しいものではない。別にあなたを追いかけまわしているわけではありませんからね」
というのだった。
桜井にしてみれば、十分に怪しかった。
自分がもし誰かをつけているのだとして、相手がそのことに気づいてしまって、自分の正体がバレても問題ないと思えば、まずは、自分の身元を明かすのが普通ではないかと思った。
しかし、この男は自分の身元をオブラートに包んでしまった。果たしてこの男が桜井をつけているとすれば、この男は自分の正体を明かさないことが不利になるのではないかと思うだろう。
気になるのは、桜井のことを刑事として追いかけているのだろうか? もしそうだとすれば、指摘されて正体を明かさないのは、やはり何か目的があるからに違いない。
そうなると、そう簡単に白状するわけもない。何かをしているわけでもないので、警察の権力を使って、何か別件で取り調べるということもできるだろうが、この男の様子から、そう簡単にボロを出すとは思えない。
とりあえず、あまりしつこくしないようにした方がいいだろう。
「すみません、私の勘違いのようでした」
と言って、男と別れた。
一度警告をしている形になっているので、さすがにもう追いかけてはこないだろう。少しの間後ろを気にしながら行動していたが、今度はつけてくる気配はなかった。
「どうやら、もうつけては来てないな。それにしても、この俺を追いかけてくるなんて、どういうことなんだろう?」
と、桜井は感じていた。
桜井を追いかけていた男は、名前を秋月という。
秋月は、その足でさっそく誰かに会っているようだった。
「今から行ってもいいかい?」
と電話を受けたその人は、
「ああ、いいよ。俺も話を聞きたいからな」
ということで、ことで、秋月は、待ち合わせをしている喫茶店に向かった。
新興住宅地に向かう角を曲がらずに、麓の部分を主要道路に沿って少しいくと、そこに待ち合わせの喫茶店があった。そこで秋月を待っていたのは、何と鶴岡だった。
「待たせましたか?」
と言われた鶴岡は。
「いや、そんなことはないよ。ところでどうしたんだい?」
と、少しビックリしているようだ。
二人の暗黙の了解としては、
「お互いにあまり会うようなことはしないようにしよう」
というものがあっただけに、会いたいと言って電話を掛けてきたのは、鶴岡としてはビックリなことだったのだ。
「はい、それがですね。どうやら、F警察署の刑事が何かを探っているようなんですよ」
と秋月がいうと。
「刑事が何かを探っている? それは一人の刑事が探っているだけということなのかい?」
と言われ、秋月は無言で頭を下げた。
警察というところは、事件があれば、捜査本部が開かれ、本部の意志に沿った組織捜査が行われる。いくら幹部であっても、勝手な捜査は許されないのが、警察組織というもののはずだ。
秋月が今言った言葉、
「刑事が何かを探っている」
という言い方は、一人で動いているということを言わんとしているように感じたのだ。
これが違和感であり、違和感というのは、鶴岡にとって、結構敏感に感じられるものだった。
つまり、
「組織捜査で動いているということは、その刑事は一人で動いているということであり、他に動いている刑事がいれば、表現としては、『刑事たち』であったり、『警察』という言い方になる」
と思ったのだ。
その推察は実に見事で、
「まさしくその通りだ」
と、秋月は感じた。
「さすが、鶴岡さん、よく分かりましたね?」
「まあな。ところで、その刑事は何を探っていたんだろうね?」
と言われて、
「何やら、スズランについて調べていたようなんですよ」
という秋月の話に、
「スズラン? スズランについてだけなのかい?」
と聞かれて、
「それが、一環しているのは、スズランのことのようなんですが、その時々で訊ねる内容が違っているようなんです」
と秋月がいうと、
「というと?」
「それがですね、何か最近起こった事故について聞きこんでいる時もあれば、何かの詐欺について聞きこんでいる様子もあるんです」
と言われて、
「ほう、それは興味深いね」
と、鶴岡は言った。
自分も同じように、スズランと、交通事故に関しての聞き込みを行っていたが、同じ事故なのかどうか分からないが、奇しくも似たような聞き込みをしている刑事がいるというのは、少々ビックリだった。
しかも、一人で行動しているということは、何かの事件に対しての捜査ではなく、その刑事が何か気になることを見つけての行動であろう。
作品名:いたちごっこの、モグラ叩き 作家名:森本晃次