小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

トラウマの正体

INDEX|7ページ/25ページ|

次のページ前のページ
 

 泰三の会社は、彼が入社した時は中小企業であったが、新薬開発が成功したおかげで、合併せずとも、大企業の仲間入りを果たしていたのだ。
 研修期間を終えたあたりで、その猛威を振るった伝染病の禍が流行り出した頃だった。
 ちょうど大混乱であったが、新薬開発に携わるという実績を残したところで、彼は出世街道を歩むようになったのだ。

             おしどり夫婦

 二十五歳で結婚することになったのだが、相手はかつての新薬開発の時、アルバイトとして雇っていた当時大学生の彼女だったのだが、大学を卒業してから、晴れて泰三の会社に入社してきたのだ。
 そもそも、薬品開発が、何よりも楽しい。
 ということで少々の無理をさせても、平気な顔で応じてくれた。
 新薬の開発が終わり、アルバイト期間が終了した時、泰三がその時、彼女だけではなく、他のアルバイトの人にも同じように、
「大学を卒業したら、またここで会えればいいな」
 と言って、笑っていたのだが、冗談抜きに入社してくれたのが、将来の泰三夫人であった。
 彼女の顔を見て、
――まさか、本当に入社してきてくれるとは――
 と思っていたので、少しビックリであった。
 新薬開発のアルバイトは、お金はよかったが、結構きつかったのだ。夏でも蒸し風呂のような中での作業となったり、冬でも寒い中であったりの研究だったので、
「短い期間に辛い思いをしてでも、大金を稼げればそれでいい」
 という考えの人が多く、まさかまた来てくれることになる人は皆無だろうと思っていた。
 そんな中で来てくれたのが、将来の下北夫人となる、新宮ゆかりだった。
 彼女は、父親を早くに亡くし、母親が一人で、彼女と妹を食べさせていたとのことである。
 父親の残した生命保険が結構あったのと、姉のゆかりが優秀だったので、大学入学も特待生として、学費はタダだった。
 とはいえ、妹の学費にお金が掛かるということで、アルバイトが必要だった。
 きついけど、金銭的にまとまったお金がもらえた新薬開発のアルバイトはありがたかった。
 そして、あの時に彼女は、
「いずれ自分も新薬を開発するような仕事に就ければいいな」
 と思っていたのだ。
 アルバイトは、基本的に雑用が多かったので、本当は理系がありがたかったが、突貫の様相を呈していたので、どこでも構わないという募集の仕方だった。
 だが、彼女が薬学系だということは、採用に携わった総務の人は知っていたが、現場の人間は知らなかった。だから、泰三も知らなかったので、あの時は、
「今回はご苦労様でした」
 と言っただけで、それが今生の別れになるのではないか? と思っていたのだった。
 まさか、また会えるなんてと思うと、嬉しかった、
 しかも、今度は自分が教育係になるなど、
「これは運命ではないだろうか?」
 と感じたほどだった。
 しかし、相手は大学で特待生であるくらいの優秀な成績を持って入社してきた相手であり、いくら自分が先輩で教育係だと言っても、自分は成績もよくなく、田舎から出てきた高卒の叩き上げでしかないのだから、最初から差がついているようなものだった。
 いわゆる、
「キャリア組と、ノンキャリアの差」
 と言ってもいいくらいのものである。
「いずれは、あっという間に追い抜かれて。数年もすれば、足元にも及ばない存在になってしまうだろうな」
 と、感じ、自虐的になってしまうような気がするくらいだった。
 そんな泰三だったが、なるべく卑屈にならないようにと思って接していた。
「最初は、運命の再会か?」
 と思ったくらいだったのに、実際に同じ写真として働いてみると、相手の存在の大きさに、
「さすが特待生というだけのことはある」
 とばかりに、彼女の実績は伊達ではないと感じていた。
 確かに、教育係として指導をしている時は、どちらが先輩なのかと錯覚してしまうほど、しっかりしていた。そもそも優秀な人間なので、一年間の研修の間に、すっかり社会人としての風格も出てきたことで、後は配属先での知識と経験を重ねることだった。
「新宮さんは、本当に物覚えが早いので、ビックリだよ」
 というと、
「そうですか? そう言ってくださるとうれしいです」
 と言ってニコニコしている。
 もし。ここで先輩に媚びを売るくらいの人であれば、
「それは先輩の教え方が上手いからです」
 ということだろう。
 しかし、泰三には、そんな言われ方をすると、あざとさを感じてしまい、その瞬間から距離を取ってしまうように思えるのだ。だが、
「嬉しいです」
 という気持ちをただ著わしただけの言い方だったら、自分のプライドが傷つけられることも、あざとさを感じることもない。そういう意味で、
「さりげなく相手を持ち上げることのできる女性だ」
 と感じたのだ。
「こんな、痒いところに手が届くような女性が奥さんだったらな」
 と、ある一瞬感じたのだ。
 その思いが通じたのか、いつの間に蚊彼女と以心伝心ができているようで、自分が彼女に慕われているという思いがあった。
 ただ、彼女はキャリア組、自分はノンキャリアというれっきとした違いを感じているのも事実で、
「以前なら自分がこんな女性を意識するなどなかったはずなのに」
 と思うようになったのだ。
 しかし、泰三は、女性を好きになるとすれば、
「母親のような女性ではない」
 という条件を考えていた。
 家族のことを放っておいて、友達を大切にするような女性を母親に見てきたので、母親のことを、
「優先順位の分からないバカな女」
 と思ってきた。
 普通の頭であれば、家族が一番であることくらい分かりそうなもので、目先の楽しさだけを求めることがどんな結果をもたらすかという想像力がないというのも、問題であった。
 そういう意味で、ゆかりは聡明な女性だった。
「頭がいい女性」
 というと、
「可愛げがない」
 と言って、嫌われる女性の代表例のようなものだが、頭がいいと、先読みをすることができ、少なくとも、家族を崩壊に導くことはないはずだ。
 それが、母親にはなかった。そして、父親にはそれを見分けるだけの力量が自分にはなかったのだ。
 父親が不倫をしたのはどうしてなのか分からない。そもそも父親も、世間体を気にしていたはずではなかったか。だから父親も許せないのだが、なぜか、それもすべての種をまいたのは母親のような気がしてならないのだ。
 子供の目から見て感じたというだけのことであって、本当のところは分からない。
 だが、両親が離婚し、
「お父さんかお母さんのどちらと暮らしたい?」
 と聞かれると、
「お母さん」
 と答えたのも事実だった。
 母親との二人きりの生活は想像がつくが、父親との二人きりは想像がつかない。それなのに、母親と一緒に暮らし始めると、早い段階から、
「一刻も早く家を出たい」
 と、思うようになっていた。
 要するに、もう今の親とは一緒に暮らしたくないと思ったのだ。
 高校を卒業し、都会での生活は、正直寂しかった。
 しかし、最初の二年は研修。その後の二年は、現場でのがむしゃらに仕事を覚えること、それ以降は開発に従事してきたので、気が付けばあっという間の五年間だった。
作品名:トラウマの正体 作家名:森本晃次