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トラウマの正体

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 父親としては、身だしなみというのも、息子に歩み寄るという考えも、すべて相手に合わせているだけだった。合わせることが美徳であるとでも言いたげなそんな考えは、思春期の青年にはすぐに看過される。そうなると、息子から見れば、やり方や考え方が、見え見えに思えてきて。まわりにへりくだったり、損をするのが分かっている忖度にしか見えず、
「一番、そんな大人にはなりたくないと思える人間になってしまう」
 と感じるようになってくる。
 そのうちに、
「おやじのような大人になりたくない」
 という思いが、今度は父親を反面教師として見るようになり、自分の目指しているものが、
「父親と、まったく正反対の人間になることだ」
 という目標になり、目標を立てやすいとしか見れなくなったのだ。
 だから、泰三には、父親のように、都会に憧れるような男になりたくないと思った。特に父親に感じたことは、
「平均的に、何でもこなせる人間になること」
 それこそが、大人の世界を生き抜くことになるのだという考えであるかのように思い、自分が一番目指したくないものとなった。
「すべてのことが平均点以上である必要はなく、ほとんどが平均点以下でも、何か一つに関しては、誰にも負けない」
 というそんな大人を目指そうと思ったのだ。
 この感覚は、田舎であろうと、都会であろうと同じである。
 父親のように、田舎者のくせに、田舎を抜け出したいという思いから、都会の人間に負けないという考えから、身だしなみを自分に押し付けたことにあるのだろうと感じたのである。
 そのため、平均的な人間になるのではなく、何か一つに秀でた人間になりたいという思いが功を奏してか、学校では成績もよく、特に理数系に長けていたことから、先生が医薬品関係のメーカーに紹介状を書いてくれたのだった。
 製薬会社というと、なかなか高卒では出世は難しいのだろうが、泰三の知識はかなりのものがあり、高校時代の恩師が化学が専攻で、高校一年生の頃から、泰三の類まれなる理解力が優れていることで、推薦をしてくれたのだが、こんなことはめったにないことだった。
 特別枠での入社試験となったが、泰三は見事に合格し、都会での就職が決まった。これは、
「父親から離れて暮らせる」
 という思いが強かった。
 父親とすれば、
「地元の大学に入って。。地元のどこかの企業で働いてくれたらそれでいい」
 と思っていたことだろう。
 それに、しょせん、田舎の高校を出て、大学にも進学しないのであれば、都会で修飾など、夢のまた夢だと思っていたようだった。
 ただ、息子が都会に就職したということで、嫌な気持ちはなかった。
「俺に逆らうのなら、どこへでも行ってしまえ」
 という息子が自分に逆らうことに対しての嫌味な気持ちと、
「俺が果たせなかった都会での就職を息子が叶えたか」
 という、息子に対して一定の尊敬の念を持っている気持ちと両方だった。
 どっちの方が強かったのかというと、実際には前者の方だった。
 息子といえども、父親の培ってきた生きていく知恵を否定されたと思っている気持ちは結構根強いものがあり、息子が都会に出ていくことを、最後まで祝福はしていなかった。
 そのおかげか、却って、出ていくことにわだかまりの気持ちがなくなっていて、前だけを見れたことはいいことだったと思う。
「やっぱり、都会に出るというのは、正解なんだな」
 と素直に思えたからだった。
 そんな両親が離婚したのは、高校一年生の頃だった。父親も嫌いだったが、母親も嫌いだった。母親が嫌いな理由の一つとしては、いつも、近所の奥さん連中とつるんでいて、ほとんど母親らしいことをしなくなったからだ。母親らしいことだけではなく、家事もほとんどしない。父親が夕飯を外で済ますようになってから、母親は家にいなくなった。どうやら、近所の奥さん連中には、
「毎日が退屈で寂しいのよ」
 と言っているようだった。
 類は友を呼ぶというが、母親が集まっている仲間連中は、いつも同じことを言っているようだ。中には旦那が浮気をしていると言っている奥さんもいたようだが、自分の母親は、浮気をされているという意識はなかったようだ。
 だが、実際には父親は浮気をしていた。ウスウス気付いていたようだが、浮気をされたことで起こっているわけではないようだった。それよりも、
「奥さん連中と一緒にいる方がいい」
 と言っているようで、きっと似たような境遇の人がそばにいた方が安心だということであろうか。
 まるで傷の舐めあいとしているようではないか。泰三にはその気持ちが分からなくもない。決して同じような境遇の人たちからは嫌われることはないという思いが強いからだろう。だからと言って、子供を無視していいというわけではない。完全に家庭崩壊だった。
 そのうちに、両親が口汚く罵るようになった。
「一体どこに行ってきたのよ。また、あの女のところ?」
 と、母親は子供がいようがどうしようが、自分の言いたいことを感情に任せて相手を罵る。
「いいじゃないか、どこ行ったって。お前には関係ないことだ」
 と、父親は開き直るしかなかった。
 相手がまわりをまったく意識せずにいうのだから、こちらもまともに受けてはいけないという思いが強いのだろう。
 離婚までには、結構いろいろとややこしかった。お互いが、言いたい放題なので、どうしようもない。家は母親が実家に帰ってしまったことで、父親と二人きりになってしまった。
 父親も母親が実家に帰ってしまってから、家に帰ってこなくなった。きっと不倫相手のところだろう。
 さすがに二人だけで話し合っていても、埒が明かない。
「調停で肩をつけよう」
 ということになったようで、二人は調停ということになると、そこから先は結構早かった。
 二か月ほどで結審し、親権は母親ということになったので、高校を卒業するまで、母親と一緒に住んでいた。
 泰三は、本当は大学に行きたかったが、特待生になるまでの成績ではなかった。
「大学に進むなら、学費は私が出すぞ」
 と、父親は言ってくれたが、両親が離婚した時点で、大学に進学する気は失せてしまった。
 親が、普通に仲が良ければ、大学に普通に入学して、大学生活を楽しむということを、何の疑問も感じずに行っていただろう。しかし、家族が崩壊してしまったことで、大学に行くよりも、高校を卒業して就職する方がいいような気がした。
 先生が紹介してくれた製薬会社は、思ったよりも将来性のある企業のようで、
「あそこは、これから伸びるぞ」
 と言っていたが、実際にそうだった。
 新薬の開発に関しては、結構大手に引けを取らないようで、下請けとしての仕事よりも、新薬開発の方が主だったのだ。
 特に数年前に流行った伝染病の特効薬を開発したことで、知名度はあっという間に上がり、それでもまだ大手には、少し売り上げ等で水をあけられていることで、先を見た経営方針を立てていた。
 高校卒業者を雇うのも即戦力よりも、若い連中を一から育てるという意味で、他の会社であれば、半年くらいの研修期間であるが、この会社は大卒で一年、高卒なら二年間の研修期間をみっちりとこなすようになっている。
作品名:トラウマの正体 作家名:森本晃次