トラウマの正体
――ひょっとすると、まだ大学に入学したばかりのちひろは、姉の新婚生活を見て。いずれやってくるであろう自分の新婚生活に思いを馳せているのかも知れない――
と思った。
それならそれで、あざといくらいの新婚ぶりをしめしてやろうとも思ったが、ゆかりがどう思うかが気になった。
ゆかりとすれば、腹違いという微妙な距離の妹なので、いつも気を遣っているのかも知れない。それを思うと、あまり余計なことを出しゃばったりしてはいけないのではないかと思うのだった。
「ちひろって、何を考えているか、分からないところがあるの」
と言っていたのを思い出していた。
前に会った時は、まだまだ少女という感じで、幼さが残っていた。いくらロリコンと言っても、幼女が気になるほどではなかったが、制服を着た姿が目に焼き付いていた。
しかし、今回訪れてきた彼女は、あの時と違って明るさが醸し出されていた。
あの時は、結婚式という華やかな場面は初めてだったろうから、緊張とまわりからの圧倒で、自分が今どこにいるのかということすら、ピンと来ていなかったことだろう。
だが、今回は高校も卒業し、いよいよ楽しい大学生活が送れるということで、楽しみしかないに違いない。
中学、高校時代と、ただでさえ勉強を中心の毎日なのに、伝染病の問題から、部活はもちろん、修学旅行や体育祭、さらには、一番楽しみだったはずの文化祭まで中止を余儀なくされて、まるで搾取されているような毎日だったろうから、やっと入学できた大学では楽しんでもらいたいと思っていることに関しては、皆の共通認識であろう。
そういう意味での、ちひろの笑顔にウソはないはずである。そして、泰三が感じたのは、今までになかった、
「余裕」
ではないかと思っているのだ。
それまでは、思春期という難しい年ごろにおいて、いろいろな縛りがあったのでは、精神的に余裕どころか、追い詰められていたことだろう。精神的に弱い部分を持っている人は、押しつぶされている人も多かったことだろう。
カウンセラーの先生が大活躍だったのかも知れないが、意外とそのあたりの話が世間には伝わってこない。表に出ていることで、より話題を集められるような話にマスゴミは集中するので、それも仕方のないことだろう。
しかも、マスゴミは、
「切り取り」
を行い、事実かどうかは別にして、目立つ内容だけを見出しに使い、注目を集めようと、情報操作をするのだ。
なかなか伝わってくることではないが、身内に学童がいれば、自然と気にしてしまうだろう。
泰三には意識はなかったが、ゆかりにはちひろのことが心配で仕方がなかったのかも知れない。
時々、電話で話を聞いてあげているのを知っていたが、
「姉妹のことなので、俺がとやかく言えるわけでもない」
と思い、わざと知らんぷりをしていたのだ。
それでも、今回晴れて大学生になったちひろを見ると、それまで自分の想像していた彼女とは少し違っていた。
結婚式の時の大人しくて、まわりに圧倒されていた女の子が、制服姿のまま、成長しているという想像だったのだ。
あのまま、大人になった感じが好きだったのだが、今の余裕を持てる表情も好きであった。
むしろ、想像以上だったと言ってもいい。彼女に精神的に余裕がなかったというのは、何となく分かっていたが、今のように、どこから見ても余裕が服を着ているのではないかと思えるほどのあふれ出る魅力は、想像をはるかに超えていたと言ってもいいだろう。
あらためて、好きになったと言った方がいいかも知れない。しかも、それが初対面ではない相手なので、自分が女性として好きになってしまったことを意識しないわけではなかったのだ。
ゆかりには、まさか自分が妹のことを好きになったなどということは分かるはずもないだろう。
泰三が、ロリコンだということは分かっているはずだが、まさか、自分以外の女の子を好きになるはずはないと思っているし、最低限のモラルは持っている人だと思っていることに自信もあった。
だが、泰三は、そんな聖人君子のような男ではなく、むしろ、本能には逆らえない、いや、逆らわないと思っているほどの男だった。
本能というのがどういうものなのか、自分でも分からない。ただ、夫婦揃って、
「この人は分かりやすいタイプの人だ」
と思っていることで、少しでも隠し事をしたのであれば、その違和感から、何かを隠していることはすぐに分かるに違いない。
街を歩いていて。
「あの子、可愛いな」
などと泰三がいうと、ゆかりも一緒になって、
「本当にそうね。でもあなたが好きなのは、制服の方じゃないの?」
と言われて、恥ずかしがっていると、ゆかりが、組んでいる腕を自分の方に引き寄せるようにして、締め付けてくる。
「いたた」
と、わざというと、ゆかりは、笑顔を向ける。
――あなたのことなら何でも分かっているわ――
と言いたげなその表情に、泰三も安心感を持つのだった。
キジも鳴かずば
団欒ですき焼きを囲むと、主導権はゆかりのものだった。お互いを懸け橋になっているのが、ゆかりなので、泰三としても、主導権は最初からゆかりに渡すつもりだった。本来なら、家族の長である自分が握るべきなのだろうが、間に入ってくれる人に主導権を渡す方がいいと思った。その方が楽だからである。
最初は、久しぶりにあったゆかりとちひろの姉妹なので、二人の話題からであった。そもそも二人は腹違いで、しかも年も離れているので、姉妹というよりも、先輩後輩のような関係に見えて、そういう感覚で見ていると、まったく違和感はなかった。だが、姉妹としてはどこかぎこちなさがあったのだ。
本当は妹に慕われる姉というイメージなのだろうが、気のせいか、ゆかりにはちひろに対しての遠慮のようなものが見え隠れしていて、
――この場の主導権を渡したのはまずかったかな?
と思わせるほどだった。
しかし、時間が経つにつれ、その感覚は薄れていった。
――やっぱり二人は姉妹なんだな――
と感じるようになり、
――久しぶりということと、新婚生活を送っている姉に、どこか遠慮があると、勝手にゆかりが感じてしまったことが原因なのではないか?
と勝手に想像してみた。
それでも、二人は同じ小学校、同じ中学校だったことで、当然、かぶったわけではないので、姉が卒業してから、何年かして妹が入学するということで、学校の先生の話題になると、それこそ、時間が足りないくらいに話が盛り上がっていた。
兄弟のいない泰三には羨ましい感じだったが、どうしても、腹違いだということが頭にあるので、二人がお互いにそのことを意識していないわけはないと感じたのだ。
新婚生活の中で、時々ゆかりが、ちひろのことを気にしているのが伺えたが、やはり姉を慕って電話を掛けていたのだろうと思っていた。部屋に入り込むので、何を話しているのか分からないが、相手は思春期の女の子、きっとデリケートな話になっているのではないかと感じていたのだ。
だが、今のちひろは、そんな悩みなどまったくないかのような屈託のない笑顔を見せている。それだけで、ちひろを呼んでよかったと思うのだった。