トラウマの正体
しかも、戦に勝った後でも、豊臣家の謂れを残すものは、完全にこの世から抹殺するようにしていた。
大阪城も立て替えて、伏見城も抹消する。豊臣が天下を取っていたという証拠を抹殺するほどの徹底さだったのである。
やはりその感情は、清盛の怨念がそうさせているのではないかと思うほどのものなのだろう。
綺麗な義妹
自分の家に存在しなかった家庭というものを、今、味わえるとは思っていなかった。今は好きな女と、ずっと一緒にいることで、幸せをかみしめていたが、そのうちに大好きな人との間に子供ができ、最初は子育てに大変かも知れないが、そんな中で家族を持ったという新たな幸せに包まれることで、さらなる幸せが家族によってもたらされるということを感じ、これまで持てなかった家族を大切にしていこうという思いを切実に抱いていた。
だが、今日はその前に、相手は嫁の妹、ただし腹違いらしいが、それはそれでいい。考えてみれば、嫁だって、元々家族ではないではないか。血がつながっていない、他人ではないか。
そう言ってしまえば身も蓋もない。しかし、そのことを頭に入れておかないといけないということも理屈では分かっていた。
なぜなら、子供ができると、二人にとって、初めての身内である。もちろん、実家には親がいたりするが、結婚するということは独立した家庭を築くというわけだから、結婚した時点で、家族は配偶者だけのはずである。(できちゃった婚は別だが)
子供ができてしまうと、もし、夫婦喧嘩をした場合、ついつい嫁は子供の方を向いてしまう。何しろ自分のお腹を痛めて産んだ子だから、それはしょうがないのだろうが、そうなると、旦那が他人だったのだということを、いまさらながらに感じてしまうに違いない。
しかも、産む時も、産んでからの子育ても、すべて母親の仕事になってしまって、旦那が少々子育てに手伝いをしたり、子育てをしない代わりにちょっとした家事を手伝ったくらいでは、まだまだ足りないと思うことだろう。
却って、中途半端な手伝いの方が、揉めた時が大変である。何しろ旦那の方も、
「俺は手伝ってやっているんだ」
という意識を持つので、さぞや上から目線になることだろう。
旦那はそんな気はなくても、相手にそう思わせてしまうのは、やはり少しだけでも、上から目線があるからに違いない。
冷静に考えれば旦那も分かるのだろうが、何しろ、嫁がヒステリックになってしまうと、収拾がつかない。
下手をすると、離婚問題に発展しかねないからだ。
そうなってしまうと、男は無力だ。世間の目は母親への同情が集まるだろう。
今までの前例がそういう形で推移してきたに違いない。奥さんの方から、
「離婚したい」
と言い出せば、結構な確率で離婚に向かうのではないだろうか。
旦那がまわりに相談すると、
「もうすれ違ってしまっているのなら、修復は難しい。どちらかが、妥協して、来た道を戻る気持ちにならないと、遠ざかっていくばかりだ」
と言われるに違いない。
そして、旦那に対していうこととすれば、
「子供のために別れないと思っているのなら、それはおかしい。二人の問題なのだから、お互いが歩み寄れないのであれば、このまま結婚生活を続けても、いずれまた同じことが起こる。二度あれば三度、次第に回数が増えていき、どうしようもなくなってしまうんだろうな。お前はまだ若いんだから、それぞれ自由になって、お互いの道を歩んでいくというのがいいんじゃないか?」
と言われるだろう。
その時に、
「自分もまだ若い」
という言葉が胸にしみることだろう。
そうなると、離婚が成立する。そんな気がして仕方がなかった。
幸せの絶頂ではあるが、これくらいの想像くらいは頭の中でできている。覚悟という言葉とはかけ離れた感情であるが、それも悪くないことだと感じていた。
自分にとって、
「家族とは何か?」
と聞かれると何と答えるだろう?
ハッキリとは分からない。今の幸せも、
「読めと二人で育んでいるこの環境」
だと言えるのだろうか?
もし、すれ違いが歴然としてしまうと、相手のことを悪く思いたくないという感情から、
「元々他人なのだから」
という言い訳をして、相手を責めない代わりに、自分にも責任がないという意識を持って、できれば穏やかになりたいと思うだろう。
すると、この感情をどこに持って行っていいのか分からず、苦しむことになってしまう。物事をネガティブに一度考えてしまうと、行き着くところまで行きつかないと、底なし沼に嵌ったまま、抜けることができないことを分からずに、
「気が付けば、死んでいた」
ということになるかも知れない。
「いやいや、何を考えているんだ」
と、一気に頭を元に戻した。
本当に夢の中にいるような幸せを考えていたはずなのに、いつの間に悪夢を見てしまったのだろうか?
悪夢と言っても、これは自分が日頃から考えている、夫婦の間の最悪のシナリオ。
「もし、そうなってしまった時に慌てないように」
ということで、考えていることだったのだが、なぜこんな妄想の世界に入ってしまったのか、自分でも分からなかった。
泰三は着替え終わって、洗面所で顔を洗ってから、リビングに戻ると、エプロン姿のゆかりが、
「今日はすき焼きにしたわ」
と言って、ニッコリしながら、こちらを向いていた。
こちらに背を向けて座っている女の子が、ちひろだろう。その女の子が姿勢はそのまま、腰を捻るようにこちらを振り返ると、ニッコリと笑ったその顔は、ゆかりにソックリであった。
普通ならば、
「本当によく似ている姉妹だね」
ということが口から出てくるのだろうが、腹違いの姉妹に対して、その言葉は決して発してはいけない言葉ではないだろうか。
ただ、さすがにここまで似ていると、ガン見しないわけにはいかなかった。あまり見つめてしまっていたので、
「何よ。そんなに見つめなくたっていいじゃない」
と、ちょっと嫉妬したような言い方をゆかりはしたが、それは決して本当に関jテイルという言葉ではないのはハッキリと分かった。
その声に対してなのか、ちひろはニッコリと微笑んだ。その笑顔は、まだ泰三を見つめていた。
泰三は、その笑顔にドキッとした。自分を見つめての笑顔に感じたからだ、
――危ない危ない。まさか、そんなことはないよな。ゆかりの言葉に反応して微笑んだだけだよな――
と、もう少しで、ちひろに対して、邪な感情を抱いてしまいそうになっている自分に気づいたのだ。
――こんな感情、今までにはなかったな――
というのは、可愛いと思ったからである。
しかし、泰三の中では、いくら嫁の妹だからと言って、可愛いと思うことすら罪なのだという感情があったからだ。
今までにここまで雁字搦めな感情を持ったことはなかった。これはきっと、
――まさかとは思うが、好きになったりなんかしないよな――
と自分にいい聞かせる言葉がそのまま、抑制した気持ちに繋がるのではないかという思いがあったからだ。
――ちひろちゃんは確かに可愛いけど、それは嫁のゆかりに対しての可愛さを想像しているからではないか?
と思った。