トラウマの正体
ゆかりに妹がいるのは知っていた。まだ高校生で田舎にいるということだったので、かなり年下だということもあって、しかも、暮らしているのが田舎だということで、あまり意識をしていなかったが、
「そうか、田舎から出てくるんだね。妹さんとはいくつ違いだっけ?」
と、ゆかりの年齢を分かったうえで、泰三は聞いた。
「七つ違うのよ。結構離れているでしょう? 私が小学生の低学年の頃、よく妹を負ぶって、よく近所で子守をしていたのを思い出したわ。懐かしいわね」
と、ゆかりは言った。
ゆかりも、泰三と同じ田舎育ちだが、泰三の九州と違ってゆかりの場合は東北なので、文化も風習も違っていることだろう。
付き合いだした時、そういう意識もあった。同郷であれば、仲間意識が芽生えたかも知れず、恋人にはなれても、結婚しようと思ったかまでは、疑問だった。
「お互いに田舎から出てきているというところには共感できたんだけど、もし同じ地方の出身だったら、お互いに結婚しようとまで思ったかな?」
というと、
「そうね、微妙なところかも知れないわね。恋人や結婚相手というよりも、同郷の仲間という意識で、それは友達とも少し違ったものの気がするのよ。もし、同郷同士で結婚していたとすれば、長続きしたかどうか、疑問だわね」
と、ゆかりが言った。
「俺にとっては、同郷だろうが、別の地方から出てきた相手であろうと、そんなのは関係ないような気がするんだけど、ゆかりは意識するのかい?」
と泰三が聞くと、
「ええ、意識しないというとウソになるわ。特に結婚しようと思った時、相手をそれまでと同じに見ることができるかということから始まると思うのよ。もし、相手が変わらないと考えるなら、そのまま結婚に向かってまっしぐらなんだろうけど、でもね、変わったと感じるなら、どこが変わったのか、変わったとすれば、どこに意識を持っていけばいいのかということを考えてしまう。これが普通に結婚を考えるということなんだろうと思うのね」
と、ゆかりがいうと、
「じゃあ、ゆかりは、僕に対して、その思いを感じたんだね?」
と聞くと、
「ええ、いろいろ考えたわ。でも、これは結婚しようと真剣に考えたという証拠だとも思うのよ。あなたのことが好きだというのは間違いのないことだと思うんだけど、恋愛から結婚となると、それだけではダメだと思うの。いろいろな相性であったり、性格であったりね。でも、一緒に暮らしてみなければ分からないところもきっとあるはずなのよ。それを怖がっていれば、一生結婚なんかできなくなるでしょう? 結婚に惰性も必要だという人もいるけど、本当の惰性という意味は、結婚してからでしか分からない部分、つまり、結婚前では判断できないことがあるということを頭に入れて、妥協という言葉が出てくるんじゃないかって思うのよ」
と、ゆかりは言った。
「ゆかりは、僕に対して妥協はあったかい?」
と聞かれたゆかりは少し憮然となったが、それは、しなくてもいい質問だったからではないだろうか。
つまりは、答えは決まっているという意味でである。
「私にもそりゃあ、あったわよ。だけどね、ほとんど結婚の障害になるものではなかったわ。それは、きっと結婚の覚悟というものを感じることなく結婚したという言葉に言い表されるんじゃないかって思うの」
と、愚問にも近い内容の話を、百点の回答で答えてくれたゆかりは、やはり泰三にとっては最高の嫁と言ってもいいだろう。
泰三はこの質問をしたのも、ゆかりが百点の回答を返してくれるということを分かったうえで、どんな回答をしてくれるのかということを思うと、それが楽しみだったからということになるのだろう。
「ところで、ゆかりちゃんとは結構年が離れているけど?」
と聞くと、
「ああ、私と妹では、腹違いになるのよ。田舎のことなので、いろいろあると思ってね」
と言われたので、それ以上は言及しなかった。
妹のちひろとは、確か結婚式の時に紹介された気がした。あの時はまだ中学生だったので、オドオドしていたような気がする。すべてを母親に任せていたが、その母親というのが、結構サバサバしていて、ちひろを決して前に出すことがないよう、自分が盾になっているようだった。
まさか、あの時の母親と血がつながっていなかったとは、いまさらであるがビックリさせられた。
いろいろまわりに気を遣ったりすることが得意なゆかりなので、
「あの母親にして、この娘あり」
と思っていたが、血がつながっていなかったとはビックリだ。
だが、そう言われてみれば、母親のサバサバした性格は、結婚式という特殊な場面だったことでの対応かと思ったが、結婚の申し出に出向いた時も、父親に対して、母親が命令をしていたような気がしたので、ゆかりの気遣いとは少し違っているようだった。
ゆかりの場合は、相手に対してはもちろんだが、身内に対しても敬意を表することを忘れないのに対して、母親は自分に対しては苦笑いを浮かべていたが、身内に対しては、あまり気を遣っていないようだった。それが、何となく違和感となって残っていたのを思い出したのだ。
そもそも、苦笑いに見えたというのもおかしなところだった。そうなると、ちひろという妹に対しても、母親に感じた違和感を感じないようにしないといけないと思うのだった。
日程の調整は、ゆかりがやってくれた。ちょうど、ちひろが引っ越しが終わって一段落ついた時期が、二人にとってもありがたかったので、その週末にちひろを招くことにしたのだった。
ゆかりは、普段は近くのスーパーでパートをしていた。結婚三年目であったが、二人の間で最初から、
「子供はまだいらないかな? 最初の二年から三年くらいは、新婚気分でいたいもんね」
と泰三がいうと、
「ええ、そうね。だったら、二人が新婚気分を抜けてから、子供は考えましょうよ。いつまでなんて決めるというのもちょっとね」
とゆかりは言った。
「もし、ずっと新婚気分だったら、どうするんだ?」
と泰三が言うと、
「だったら、ずっとそのままでいいんじゃない?」
と、笑いながらいうので、
「いやいや、その時は、体調を見越して、ゆかりの方から言ってくれればいいんだよ。男の俺には、女性の身体は分からないからな」
と、少し自覚がないように聞こえた泰三が、ゆかりに対して、制するような言い方をしたのだ。
「ふふふ」
とゆかりは笑っていたが、本当に分かっているのだろうか?
時々、
「こちらの話を聞いているのだろうか?」
と思うことがあり、必要以上に関わってはいけないことでもあるのではないかと感じてしまうところが泰三にはあったのだ。
結局結婚三年目に突入しても、まだまだ新婚気分の抜けない二人は、いつになったら子供ができるというのか、ただ、泰三の中では、三十歳というのが一つの境であり、
「女性の三十歳を超えてからの出産は、高齢出産と思うようにしている」
という考え方から行けば、今のゆかりの年齢は、二十七歳だった。
「まだ少し余裕があるかな?」
と思っていたが、実際には三十歳までというのは、期間を意識してしまうと、結構早いものであるだろう。