「路傍の石」なる殺人マシン
だから、お互いに仲良くしていたのだが、オペレーションの仕事は、同じ場所での勤務と言っても、同じ時間というわけではない。シフト制の中に組み込まれるので、お互いに会うことはそんなになかった。会ったとしても、引継ぎの時間くらいで、三十分がいいところなのかも知れない。そのうちに、疎遠になってきたようで、お互いに、孤立していったかに見えたのだ。
だが、実際に二人は頻繁に会っているようだった。
逢っているからと言って、どこかに食事に行ったり、呑みに行ったりというそういうコミュニケーションを重ねているわけではなく、カフェで待ち合わせはしてからの話であったが、そこに笑顔はなかった。
真剣な顔つきで話をしているのだが、その二人の間には、れっきとした、超えることのできない大きな壁があるようだった。
その壁というのは、二人の間の県形成の間にある結界のようなもので、
「力関係」
と言ってもいいだろう。
つまりは、どちらかがどちらかに対して、圧倒的な力を持っていて、片方はまるで奴隷にでもなったかのような関係性ということだ。
二人の間においての主は、桜庭で、従は眞島だったのだ。
同じように飛ばされて仲がいいように見えた二人だったが、急に桜庭が絶対的な立場を掴んでしまった。
そう、眞島は桜庭に、
「知られてはいけない秘密を知られてしまった」
ということで、脅迫されていたのかも知れない。
その脅迫は、会社を辞めていたとしても、続いたかも知れないと思うほど、桜庭という男の本質は陰湿なもので、それだけに、従わなくてはいけなかった自分の運命を恨むしかなかった眞島だが、そのうちに慣れてきたような気がした。
だが、慣れてきたことを桜庭に知られたくないと思ったのは。
「桜庭という男は、自分が満足できていればそれでいいんだ」
ということであったからだ。
別に金銭を要求されているわけではない。それだけに、こちらが黙って従っていれば、それ以上のことはしてこない。いずれは終わらせなければいけない関係であろうが、もう少しこの関係を保ったままでもいいと思っていた眞島だったのだ。
犯罪者の会社
桜庭が眞島と主従関係にあったということは、警察も掴んでいない。柏木刑事と隅田刑事の聞き込みでは、そこまで入り込んだ話を聞くことはできなかった。中には、会社の中でも、二人の主従関係に気づいていた人もいたかも知れないが、被害者が眞島ということなので、二人の関係と殺人は関係ないと思ったのだ。
もし、殺されたのが桜庭であれば、従者の方の不満が爆発したとも言えるだろうが、被害者が眞島であれば、話は違ってくる。眞島がもし死ぬことになったとしても、それは、薬物による死だということはありえないと思った。
何かのプレイで事故が起こって過って殺してしまうということであれば、仕方のないことではないかと思えたのだ。
倫理上はまずいかも知れないが、殺人というところまではいかないだろうと思うのは無理もないことで、その場合、毒を使うことはありえず、眞島の死というものに関して、二人の関係性はあまりないと思ったのだろう。
根拠のないことを話して、それが後でバレたことで、桜庭から何かされるのが怖いとも思ったのだから、警察に言えるはずもなかった。
桜井刑事は、現場での聞き込みに一段落がついて、それを本部で報告したが、
「少し調べてみたいことがあるんですが、そちらを回っていいですか?」
というので、清水警部補から、
「ほう、どういうことなんだい?」
と聞かれた桜井刑事は、
「今回の毒物が青酸カリだったということで、青酸カリの出所を探ってみたいのですが」
ということであった。
「なるほど、確かにそっちからの捜査も必要だとは思っていた。だけど、今の段階の捜査で出てくるかも知れないと思っていたが、今のところは分からない。やはり、ついでというよりも、まず、毒の出所という視点からの捜査が必要だということだな。じゃあ、桜井君。お願いしておこう」
と言われ、桜井刑事は毒の出所というところでの捜査に当たることになった。まず、青酸カリを入手できるツールを探ってみることにした。
とにかく青酸カリというのは、毒物としては一般的で一番有名なものであるだkえに、保有しているとしても、その管理は、かなり厳重なものだ。鍵のかかる場所に置かれ、逐一報告の義務も存在する。簡単に盗み出すことは難しいだろう。
とは言っても、いつもいつも見張っているわけでもないので、なくなってから分かるまでに少々の時間はかかるだろう。何か重大な目的があって持ち出すのだから、当然、相当な覚悟の上だ。何しろ殺害に使われるわけなので、犯人も、最初からある程度までは警察が調べるということまでは計算に入れているに違いない。
したがって、最初から、難しいと考えると、却って分からなくなる。そう考えると、
「柔軟な捜査」
が必要だということだ。
つまり、最初から、
「どうすれば、盗み出すことができるか?」
ということから考えるのではなく、最初は、
「盗み出すことができるとすれば、誰なのか?」
ということから進めるというのが、常道ではないかと思ったのだ。
まずは、被害者の会社に行ってみた。会社はソフト開発の会社で、被害者はオペレーション業務だというが、会社において、直接業務上、青酸カリが身近にあるとは思えなかった。
では、同僚の中に、家族の中などに、青酸カリを入手できる可能性のある人がいるかどうか、それを調べてみることにした。
もっとも、これらの捜査は、今のところ、裏からやらなければいけない。表では、柏木刑事と、隅田刑事が動いているからだ。
いくら別の視点から見ての捜査だとはいえ、同僚とのニアミスは、今後の捜査において、お互いに気を遣って、お見合いをしてしまうことで、犯人を取り逃がしてしまうということもないとも限らない。
それを思うと、桜井刑事は微妙な気持ちになっていた。
「それにしても、毒殺というのは、ある程度の恨みがないとできないことのように思う」
と感じていた。
「何よりも、入手が一番困難なのが毒薬だろう」
と思うからだ。
だが、毒の中には、簡単に手に入る毒もあったりする。その場所にあるだけで、毒だというものもあり、スズランのように、コンパラトキシンという有毒物質を含んだものもある。
生けている水を飲んだだけでも中毒を起こしてしまうというほどの毒性で、十分に殺傷能力のあるもので、実際にミステリーなどでは使われることもあるくらいである。
それらは、普通に咲いているものを、飲ませればいいだけだが青酸カリはそうはいかない。
確かに青酸カリというと、多様に使用されているものである。病院が所蔵しているのじゃもちろんのこと、メッキ加工や、塗装においても使われることで、ミステリーなどでも、メッキ工場が出所だという話hよく聞かれる。
街のメッキ工場、自動車修理工場など、様々な町工場で入手可能となると、捜査も難しいが、逆に、被害者の身辺に、家族や実家が病院関係者や、町工場関係者であれば、絞り出すことはできる。
作品名:「路傍の石」なる殺人マシン 作家名:森本晃次