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「路傍の石」なる殺人マシン

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 まずは、入手可能な人間を絞り出すことが先決だった。
 殺人事件の捜査ということで、桜井刑事は、門倉警部にお願いして、令状を取った。そこで、柏木刑事とは別の路線ということで、従業員の家族構成などを調べることにしたが、その中に一人、気になる人物が浮かんできた。
 名前を、朝倉隼人という人物であるが、彼の実家が、田舎でメッキ工場をしているという。ただ、彼は被害者の眞島とは直接的に関係はない。会社でもほとんど口を利くことはなかったというし、仲がいいという話も、悪いという話も聞かない。接点がないというところであろうか。
 とりあえず、入手可能な人物ということで調べていたが、結局可能性のあると思われるのは、朝倉だけだった。
 だが、入手するにしても、わざわざ田舎迄戻ってこなければならず、彼の行動歴を見ても、会社を無断欠勤した事実もなく、田舎迄の往復を考えると、なかなか日帰りでは難しいと思えるほどの、田舎だったのだ。
 まったく無理だということもないだろうが、それにしても、朝倉が眞島をそこまでして殺そうという動機が見つからない。
「そこまでして殺すというだけの動機がないと、調べるにしても、根拠のないことは
をひたすら追いかけるようで、そこまでするメンタルもないかも知れない」
 と桜井刑事は考えていた。
 一応、捜査本部に、
「青酸カリ入手可能な、入手できる可能性のある人間」
 として、報告し、自分も頭の片隅においておくことにした。
 桜井刑事がそこまで調査してきたところで、眞島の身辺捜査を行っていた柏木刑事と、隅田刑事が帰ってきた。
「お疲れ様です。どうでしたか? そちらの捜査は」
 と桜井刑事が労うように訊くと、
「そうですね。いろいろ調べてみましたけど、彼はまわりに本当に表面上のことしか見せていないようですね。と言って、それはやつが、意識して隠そうとしているわけではないような気がするんですよ。ちなみに、隠そうとすればするほど、秘密というものは簡単に露呈するもので、それに彼にそこまで世渡り上手でもないようなんですよね」
 という柏木刑事に、
「じゃあ、どういうことだと思うんですか?」
 と桜井刑事に聞くと、
「やつは、隠そうともしなければ、自分を表に出そうともしない。その感覚がちょうどうまく釣り合っているところで、きっと気配のようなものを消せるんじゃないでしょうか? 仕事上のことは分かりませんが、彼の人間性というものを、そのつり合いが取れているというところで、気配を消してしまう。それが彼の特徴であり、彼が生きてこれた秘訣なのかも知れないと思いますね」
 という桜井刑事に。
「桜井刑事は、気配を消すには。隠そうとすることと、自分を表に出そうとしない感覚が釣り合っていると、気配が消えると思っているんですか?」
 と柏木刑事が聞くと、
「これは刑事としての勘のようなものなので、断言はできないですが、私はそう思っているんですよ」
 というのだった。
「一つ気になったのが、桜庭という男なんですが、この男、どうも取引先に取り入ることがうまいようで、それが会社にバレて、開発からオペレーション部に転属させられたんだそうです」
 と、隅田刑事が報告すると、
「それは、眞島と同じ時期なのかな?」
 と桜井刑事が聞いた。
「ええ、そうです。もっとも眞島の場合は、同じ仕事という理由であったんですが、桜庭のような要領がいい男のやり口ではなくて、会社の方針に従えないという一種の不器用な男ということでの転属でした。ちなみに、彼の前科については。会社の方では知らないようです」
 と、柏木刑事がいうと、
「それは知っているけど、タブーになっているからなのでは?」
 と聞かれると、
「それはないと思います。相手が警察に対してですし、本人は死んでいて、その捜査で来ている刑事なんだから、知っていればそのことに触れない方がおかしいですよね。警察だって、彼の前歴くらいは当然調べるのは分かっているんだし、下手に隠す必要など、これっぽっちもないでしょう?」
 と柏木刑事は答えた。
「そうだね。前科と言っても、刑事罰とううわけではなく、条例違反というものなので、実際のモラルや行動ではなく、あくまでも量刑という意味での話であれば、彼の犯罪は公務員でもない限り、懲戒解雇になるものではないからね。とはいえ、一度ではないところが問題なんだがね」
 と、桜井刑事は言った。
「そういう意味で、眞島という男は、人間としては最低なところもありますが、今のところ、誰かに恨まれるというような話は聞こえてきませんね。会社では、皆から、不器用なやつという言われ方をしているだけですからね。人によっては、同情的な立場の人もいるんじゃないかな?」
 と、いうのが柏木刑事の見解だった。
「それは私も感じていたんだ。調べている中で、どうしても、彼が殺されるだけの動機を持った人がいるという話は聞こえてこなかったんじゃないかい? 彼が行きつけの店の店主に聞いても、そんなに悪い人という印象ではないということだったけどね」
 と桜井刑事がいうと、
「会社でも確かに、彼に恨みを持っている人はいなかった。でも、人間というのは、いつ何時、人から恨まれるか、あるいは、恨みを買うようなことをしているのに、そのことに気づいていないかということを分かっていない。それが恐ろしいことなんだと思うんですけどね」
 と、柏木刑事は言った。
 それはまるで桜井刑事に挑戦しているかのような様子で、桜井刑事も正面から、柏木刑事を見つめていた。
「それは確かにそうだね。だから、逆にそれを見逃さないようにしようと思って、一点に集中して見てしまうと、本来見なければいけないことがおろそかにもなるかも知れないじゃないか。私はそっちの方が怖い気がするんだけどね」
 という桜井刑事も挑発的になっていた。
 一触即発のこのような緊張した場面は、実は珍しいことではなかった。別に喧嘩をしているわけではなく、意見を戦わせることで、切磋琢磨しているかのような様子は、お互いだけではなく、まわりを鼓舞することにもなり、捜査会議を活性化させるという意味で、必要なことだというのが、まわりの暗黙の了解になっていた。
 だから、誰も止める人はいない。黙って聞きながら、他の人たちは頭を働かせて考えていた。
 喧嘩に見えるこの会話の中に、事件の本質を捉えたような会話が、意外と思っていたりする。それを聞き逃さないようにするのが、まわりにいる人たちの役目であり、実際に事件を途中で一度立ち止まって検証することが往々にしてあるのだが、その時に必ず問題になることである。
「忘れていたでは済まされない」
 と言ってもいいだろう。
 捜査会議は白熱し、まだ、ほとんど情報が出てきたわけでもないのに、ここまで盛り上がるというのは、K警察の名物でもあるのだった。
「ところで、眞島の素行については、会社の方では、どうなんだろう? 把握しているというのだろうか?」
 ということを、清水警部補が聞いたが、
「それがですね」
 と、恐れ多いとでもいうように、隅田刑事が、話し始めた。
「ん? 隅田君が調べてきたのかな?」