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「路傍の石」なる殺人マシン

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 桜井刑事がまず、第一発見の初動捜査の話をした。それを聞いた清水警部補は、頭を傾げながら、
「何とも、不可思議な事件だね。まだ何も分かっていないからなのかも知れないが、どちらとも取れるようにも思えるんだけど、結局、方向は一つに決まりそうな感じなんだよな。それが本当に正しいのかどうか、普通なら、最初の初動捜査で分かってきそうなものなんだけど、どうもハッキリしないように感じるのは、私だけだろうか?」
 というと、
「それは聞き取りをした私も感じました。そもそも、最初に感じた私が報告するのだから、訊いている方は、さらに曖昧にしか聞こえないですよね」
 と桜井刑事がいうと、
「これって、本当に殺人なんだろうか? 死亡したのは、一体誰なんだね?」
 と清水警部補に聞かれた桜井刑事は、
「指紋から割り出したのですが、彼には前科がありました。と言っても大した判事ではなく、下着泥棒を数回繰り返していた程度のやつだったんです。名前を眞島典弘という男です」
 と答えると、横でそれを聞いていた柏木刑事が、
「眞島典弘?」
 というではないか・
 それを聞いた桜井刑事は、
「柏木君は知っているのかい?」
 と聞かれて、
「ええ、知っていますよ。私がまだ交番勤務の時、こいつがよく街で喧嘩をしているのを止めに入ったものですよ」
 と答えた。
「何だ。そんなに喧嘩っ早いのか?」
 と桜井刑事に聞かれて、
「ええ、ただ、そんなに腕っぷしの強いやつではなくて、実際には喧嘩は弱いんです。でも、虚勢を張りたがるところがあって、しかも、自分を絶対に曲げないという頑固なところがあるので、よく人と衝突するんですよ。私は話を何度かしましたけど、そんなに悪いやつではないと思っていたんです。時々いるじゃないですか。弱いのに、強いやつに突っかかっていくやつ。やつは、そんな男だったんですよ」
 と柏木刑事がいうと
「柏木刑事は、そういうやつが好きだからな」
 と、茶化すように桜井刑事がいうと、
「私も随分と、あまり虚勢を張らない方がいいぞ。いつ何時、酷い目にあわされるか分かったもんじゃない。たまには人に合わせることを考えてみるのもいいんじゃないか? お前は物分かりが悪いわけではないと思うからなっていったんですよ。でも、物分かりがよくて、頭の回転が早いやつほど、まわりが自分についてこないことにいら立つこともないと思うんですよ。だから私はあいつも気持ちも分かるつもりだったので、あまりきつくは言わなかったんですが、こんなことになるのだなら、もう少しはっきりと言ってやればよかったと、後悔しています」
 と柏木刑事は、頭を捻って、頭を下げて、悲しそうにしている。
「そういう人は、自分が相談できるような仲間はいないものだけど、彼の場合はどうだったんだい?」
 と桜井刑事に聞かれて、
「ええ、やつは、確かに仲間はいませんでした。彼と同調するような人はいなかったからですね。だけど、私なら警察官でなければ、彼とは友達になれたかも知れないですね」
 と言った。
「ということは、すでにその時、彼は前科者だったということかな?」
「ええ、ほとんど大したことをしたわけではないですが、何度か窃盗などを繰り返していましたね」
 と、柏木刑事は言った。

                主従関係

 捜査は、最初から困難を極めた。被害者が誰であるか、そして、その被害者がかつての前科者であるということから、容疑者は絞られてくるのかと思ったが、そんなこともなかった。
 彼が行った犯罪と言っても、人に恨みを買うようなものではなく、ましてや殺されるほどの動機を持っている人間もいないだろう。しかも、、表に出ている犯罪だけでも、結構あったので、それを一つ一つ洗うというのも難しいことだった。
 彼の犯罪は、懲役になるようなものではなく、罰金刑くらいのものだった。そういう意味で、かつての犯罪から彼を殺した人間を割り出すというのは、少し捜査の方法からは、方向が違うのではないかと思われた。
 となると、オーソドックスに、彼の現在の身辺調査と、現場での目撃者探しなどというものでなければならないだろう。
 現場は早朝のことで、なかなか、目撃者がいるわけでも、境内ならいざ知らず、寺務所の入り口奥の階段になっているところなど、監視カメラがあるわけでもなく、ある意味、死角になっていたと言ってもいいだろう。
 捜査本部が置かれて、捜査を始めようとしていた時、鑑識からの報告がもたらされた。大体、おおまかなところでは、鑑識官の所見とほぼ合っていたと言ってもいい。補足程度になるが、胃の中の消化物から、食事を摂ったのは、死亡推定時刻から三時間くらい前だろうということだった。
 ということは、深夜の日付が変わることくらいだっただろうか? 胃の内容物から、生魚だったのではないかということで、寿司か刺身を食したのではないかということだった。さらにもう一つ、
「誰は、どうやら睡眠薬を服用していたようです。死亡推定時刻から二時間くらい前に服用しているようですね」
 と鑑識がいうので、
「じゃあ、食後すぐということでしょうか?」
 と桜井刑事が聞くと、
「ええ、そういうことになります」
 と鑑識官が言った。
「不眠症だったのかな?」
 と柏木刑事が聞くと、
「何とも言えない気がするね。ただ、これで自殺の線が限りなくゼロに近くなったのも事実だね。睡眠薬を服用して毒を煽るというのは、普通は考えられないからね」
 と桜井刑事が言った。
「そういえば、昔から、あまりよく眠れないと言っていたことがあったのを思い出しました。定期的に睡眠薬を服用していたとしても不思議ではないような気がします」
 と柏木刑事は言った。
「深夜に寿司か刺身を食べていたということは、呑み屋に寄ったということかな?」
 と桜井刑事がいうと、
「そうですね。微量ですが、アルコールも検出されています」
 と鑑識がいうと、
「となると、和食だから、ビールか日本酒か、焼酎のようなものだと言えるのではないかな?」
 と桜井刑事が推理すると、
「そうですね、日本酒ではないかと思われます。そしてアルコールの量が微妙だったわりに、この被害者は、酔い止めの胃薬も飲んでいるようです。相当アルコールが弱いんでしょうかね?」
 と鑑識に言われて、
「そのあたりを念頭に入れて、捜査してもらおうかな?」
 ということで、捜査が始まった。
 被害者の身辺捜査には、前から被害者を知っていたという柏木刑事と、その補佐に隅田刑事が一緒になって当たり、現場の聞き込みその他には、桜井刑事が長谷川巡査を伴って行うことになった。
 まずは、現場捜査を行っている桜井刑事の方であるが、前述のように防犯カメラや目撃者というのは、ほぼあてにならないのが分かったので、神社の近くにある居酒屋や寿司屋。さらに日本料理屋に立ち寄ってみて、彼が来店していたかどうかを聞きこんでみた。
 被害者である眞島を見たという人を探してみたが、なかなか見つからなかった。そもそも、このあたりにには、日付が変わるくらいまで営業している寿司や刺身を出している店は見つからなかった。