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「路傍の石」なる殺人マシン

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「ちなみになんですが、ここは神舎なので、庫裏というのは存在しません。なので、よく勘違いされやすいのですが、ここは寺務所の一角ということですね。それはさておき、私は彼に言われて、促されるように座り込んでいる男を覗き込みました。仄かに香ってくる匂いにアーモンド臭を感じたのと、まわりに散乱している吐血のようなものを見た時、これは青酸化合物による中毒だと思いました。でも、すでに身体が冷たく、そして硬くなっているのを見ても、吐血の量を見ても、とても生きているとは思えません。脈も図ってみようと手首に手を当てると、冷たいだけで、もちろん、脈を打っていません。だから、警察に連絡をお願いしたんです」
 と言った。
「それで私が連絡したんですが、やはり、毒物によるものなのでしょうか? 私はこの死体を見つける前、まだ境内の途中くらいのところで、鉄分のような臭いを嗅いだのですが、それは、血だったのでしょうか?」
 と山崎が聞いたので、
「そうかも知れないですね。ところでですね。何か違和感がありませんか? あの死体を見て」
 と桜井刑事に言われたが、山崎は、
「何か違和感を感じるのですが、それがどこから来るものなのか、ピンとこないんですよ」
 と言った。
 それを聞いて神主は、
「ええ、私も感じました。私が感じた違和感は、毒を飲まされたか、自分から飲んだのか分かりませんが、あれだけの血を吐いて苦しんでいたはずなのに、どうしてあんな風に礼儀正しく座って絶命しているのかということなんですよ。あの吐血の量は、相当苦しかったと思うんですけどね」
 と言った。
「ええ、そうなんなんですよ。しかも、彼のまわりに、水を飲んだ形跡がない。ということは、自分で死のうとしてあそこにいたのではないことは確かな気がするんですよね」
 と桜井刑事がいうと、
「そうなんですよ。毒を煽って自殺するにしても、遺書もないし、なぜわざわざここを選んだのかということですよね。となると、これは自殺ではなく、誰かに殺されたという殺人事件だと考えるのが自然ではないかと思ったのですが、どうでしょうか?」
 と神主が言った。
 それを聞いた桜井刑事は頷いていたが、話を変えた。
「ところで、神主さんは、この被害者が誰だかご存じですか?」
 と言われ、
「いいえ、分かりません。神社はお寺と違って、不特定多数の人がいらっしゃいますからね。私には見覚えがありません」
 ということであった。
「となると、ますます、自殺というのは考えにくくなりましたね。まずは、鑑識の意見を聞いてみましょうかね」
 と言って、鑑識を呼んだ。
「分かっていることだけでいいので、話をしてくれますか?」
 と言われた鑑識官は、
「はい、あくまでも詳しいことは、司法解剖の後になりますが。死因は、毒物による殺害。青酸化合物ではないでしょうか? そして死亡推定時刻は、今から、六時間くらい前だと思います」
 と言った。
「ということは、深夜の一時から二時の間くらいということでしょうか?」
 と言われて、
「そうですね。それくらいだと思います。それともう一つ気になるのは、どうも死体が座っていた場所が思ったよりもきれいなんです。だから、絶命した場所が本当にあの場所だったのかというのが少し気になるところですね」
 と鑑識が言っていた。
 鑑識のいう通りであれば、水がその場になかったのは説明がつくが、それ以外は違和感が満載である。
「でも、もしそうだとすれば、現場に残ったあの吐血はどうなるんです? まさか他で吐いた血をここに持ってきてばらまいたというわけではないですよね?」
 と、桜井刑事が聞いた。
「そうなんですよ。あと考えられるのは、犯人がいて、犯人が苦しんだ被害者を後から、敬意を表してなのか、死んだところから抱き起して、綺麗な場所に持って行ったということもありえるのではないですか? 殺すほど憎んではいたが、死んだのを見て、気の毒になるという心理もあるのではないでしょうか?」
 と鑑識が言ったが、
「そうですね。そういうこともありますね。逆に、犯罪者の中には猟奇的な犯罪を犯す人には、犯罪を美学のように考える人もいるので、綺麗にしたのは、そういう意識があったのではないでしょうか?」
 と桜井が言ったが、
「それもあるかも知れないですね。ただ、あくまでも、今の状況では何とも言えないと思います」
 と、鑑識官は言った。
「そうですね。では、引き続き被害者の死体検案をお願いします」
 と桜井刑事は言った。
「今のお話を伺っていると、深夜にこの人は殺されて、ここに放置されたのか、それとも、ここに連れ出されて、ここで凝るされたのかということですよね? あくまでも自殺ではないとすればの話ですけどね」
 と、山崎が言ったが、
「ちなみに、山崎さんは、この人物をご存じではないですか?」
 と聞かれて、山崎はもう一度、担架に乗せられて、今にも運ばれようとしている男の顔を覗き込んだが、
「いえ、見覚えはありませんね」
 と答えた。
 もっとも、これは警察も予想通りである。これがもし知っている相手だということになると、ただの偶然では済まされないからだ。何と言っても、
「第一発見者を疑え」
 という言葉もあるくらいなので、第一発見者は、まず最初の容疑者となるのだ。
 刑事たるもの、第一発見者から事情を聴きながら、その中でどこかあらを探そうとしているものだった。
 刑事ドラマなどで、最初に警官に話をした後、第一発見者は、来る刑事に何度も同じことを聞かれるものである。
「あちらのおまわりさんに話しましたけど、まだ話さないといけないんですか?」
 と言われ、
「すみません。これも仕事なので」
 と刑事が恐縮してへりくだっているのを見ることがあるが、実際には、下から見上げながら、相手がボロを出さないか、注意して見ているのだった。
 だが、被害者の身元を調べ、いろいろ聴取を重ねていけば、もし被害者と面識があるのであれば、簡単に露呈してしまい、第一発見者の立場での虚偽報告は、これ以上の容疑を深めることはない。その時点で、
「最重要容疑者ということになる」
 というものである。
 この二人は本当に事件に関係ないのか、それとも、ごまかしきれると思っているのか、桜井刑事は、まだ何とも言えないところだと感じていた。
「今日はこれくらいで聴取は終わりますが、また何か気になることがありましたら、ご連絡いたしますので、あちらで、連絡先をお教えください」
 と言って、連絡先を聞いて、その日は神主と山崎は、その場から離れた。
 とりあえず、警察署には、殺人事件の可能性が高いということで報告を入れた桜井刑事だった。
 しばらくして、捜査本部が出来上がったが、今回も本部長には、門倉警部がついた。その補佐として清水警部補が当たっていたが、他の事件が起こったりした場合は、清水警部補はそちらを主に行うということであった。今のところ、他に捜査本部ができるような事件もないので、参加することになった。
 あと、メンバーとしては、桜井刑事を中心に、柏木刑事に、若手の隅田刑事が当たることになった。
 このメンバーは、「伏線相違の連鎖」事件で活躍したメンバーでおなじみだった。