「路傍の石」なる殺人マシン
と、刑事になりたての頃に教えてもらったのを覚えていた。
「隅田君には悪いが、せっかく君が持ってきてくれた情報にすがってみたいと思うので、君には、山崎についても並行して調べてみてくれないか?」
と清水警部補に言われた。
隅田としても、自分が持ってきた情報を、このまま眠らせておくわけにはいかない。どうせなら自分で捜査できるのであれば、それに越したことはないと思っていた。望みが叶ったというべきであろうか。
「了解いたしました」
ということで、隅田は翌日から、山崎についての捜査も行うようにした。
山崎について捜査をしてみると、彼には、Kエンタープライズに先輩がいるようだった。
その男性は、名前を進藤といい、今でも時々山崎に合っているという。
進藤に会ってみることにした。
「初めまして、今回の眞島さんの事件と、桜庭さんの事件を捜査している者なんですが、少しお話を伺えますか?」
と聞かれた進藤はビックリした様子だった。
そもそも、進藤という男のことは、前もって同僚に話を聞いていたのだが、その話によると、
「かなり、気が弱い性格で、すぐ流されてしまう」
ということであった。
しかし、他の人の評価は、
「上の人からは扱いやすいんじゃないかな? そういう意味で、あまりパッとした成績でもないのに、主任になるのも、係長になるのも、結構早かったんですよ。あの若さで、なんて言われたりしてですね」
と、いう話も聞かれた。
確かに一般企業では、上司に気に入られれば、成果を出せなくても、出世したりする場合がある。上司の命令系統をその男がクッションになることで、下々の連中にも徹底させることができるという、いわゆる、
「扱いやすい人間」
ということである。
まるで、部下から見れば、傀儡上司とでもいえばいいのか、上司もこの男が間に入っていることで、命令系統が分かりやすくなるという利点を重視したのだった。
「彼のような男がいてくれると、中間管理職として、重宝できるんだよ」
という声が聞こえてきそうだ。
ということは、この男の出世はここで終わりだということであろうか?
想像しただけで、ゾッとしてくるのは、彼が性格的に、同情されやすいタイプということでもあるのかも知れない。
もっとも、それくらいの柔軟性がないと、いくら上司との橋渡しとはいえ、簡単に昇進は難しいだろう。
「おだてに弱く、彼に対してどんなに理不尽なことをしても、そのことに対して、悪いという思いにならないのではないだろうか?」
ということを考えただけで、世の中の荒波というのが見え隠れしているように思えたのだ。
彼の中にそこまでの自己犠牲があるとは思えないので、それだけ扱う方も、上司としての権力を正当化させないと、自分が悪者になったようで、釈然としないのではないかと思えるのだった。
「ところで、進藤さんは、山崎さんをご存じですか?」
と聞かれ、一瞬唖然とした様子で、口が開けっぱなしになっていた。
「山崎ですか?」
と聞かれて、
「ええ、眞島さんの死体を最初に発見された山崎さんです」
というと、
「ああ、そうでしたね」
と、とぼけたように答えたのだった。
聖人君子なる人物
「山崎さんとは、どのようなお知り合いなんですか?」
と聞くと、
「僕と山崎とは、趣味で一緒になったのが最初だったんですよ」
という意外な答えが返ってきた。
「趣味というと?」
と、隅田刑事も興味深く聞いてみた。
「実はですね。俳句をやっているんです。年寄り臭いでしょう? でも、俳句を詠んでいる時って、嫌なことを忘れられるんですよ。僕も会社で出世頭なんて言われていますけど、その実裏で何を言われているかということも分かっているつもりです」
というではないか。
嫌われるのを覚悟で思い切って、
「どういう風に分かっていると?」
と訊いてみた。
「いやあ、どうせ、気が弱いくせに、上司にうまく使われているのも知らずに、調子乗っていやがるなんて言ってるんでしょうね」
と、本当に分かっていることに、隅田刑事はビックリした。
――一語一句間違っていないようだ。さすがに俳句をやっているというだけのことはある――
と感じた。
そして、俳句をやっている人間と話をする時は、相手が奥の奥まで見ることができる人間ではないかと考えるのが無難ではないかと思ったのだ。
俳句というのは、、
「五七五」
という十七文字の決まった形で表現する。
それが自分の気持ちであったり、恋であったり、情景であったり、そして最終的に、季語がなければいけないという制限まであるのだった。
自分で気が弱いと言っているだけに、意外とその裏には、人が知らない反骨精神があるのかも知れないとも思った。
そういえば、
「自分のことを分かっている人間ほど、強いものはない」
と言っている人がいたのを思い出した。
それが誰だったのかまで覚えていないが、自分にとって、教訓となったのを忘れることはなかった。
「俳句って、落ち着くんですか? それとも、精神的な強さが生まれるような気がするんですか?」
と聞かれた進藤は、
「精神的な強さに関しては分かりませんが、落ち着くのは間違いないですね。僕の場合は、自分の領分を分かっているつもりでいるので、落ち着いた気分にならないと、一点しかみることができず、全体を見ようとすると、ぼやけてしまうんです。それだけに、相手が想像以上に大きく見えて、自分には到底太刀打ちできないと思ってしまうんでしょうね。まるで壁に写し出された影絵のようなものではないでしょうか? それを思うと、気持ちを落ち着かせることができなければ、先はないと思うんです。僕にそれができるとすれば、落ち着くことしかないんですよ。俳句というのは、そういう魔力を持ったものだと思っています」
という進藤に対して、
「じゃあ、山崎さんというのも、似たところがあるんですか?」
と訊いてみると、
「あると思います。そのことについて一晩中語り合ったことがあるくらいなんですよ。彼と一緒にいると、会話が弾むんです。あっちが考えていることが全部分かるし、こっちの考えていることも見透かされているんですよね。普段なら見透かされると怖いと思うのですが、彼に対してだけはそうは思いません。きっと以心伝心しているんでしょうね」
と、進藤は答えてくれた。
「ところで、進藤さんは、眞島さんや桜庭さんのことはご存じですか?」
と聞かれた進藤は、
「いいえ、詳しくは知りません」
「どこまでご存じで?」
「殺されたんですよね? 二人とも。しかも、眞島さんの時の第一発見者が山崎だったということですよね?」
と進藤がいうので、
「ええ、そうですね。じゃあ、それ以外にこのお二人とは面識はないということでしょうか?」
と隅田刑事が聞くと、
「ええ、そうですね。同じ会社で部署が同じだとしても、プロジェクトが違えば、別の会社のようなものですよ。だから、話をしたこともなければ、どういう人間なのかということも知りません」
作品名:「路傍の石」なる殺人マシン 作家名:森本晃次