精神的な自慰行為
と言われた高杉は、
「そうだよね? しかもだよ。そんな欲求不満がたまっていく上に、同じ相手とばかりで、本当にお腹がいっぱいになった気がするんだ。身体を重ねた瞬間に、今度は身体が拒否反応を起こして、吐き気がしてしまい、そうなると、もうその女性を二度と抱けなくなってしまう気がするんだ。今のところ、そこまで行くまでに自分で何とか制御しているんだけど、そのために、女性の中には、僕のことがよく分からないという人は多いと思うんだよ」
と言った、
「高杉さんは、自分では性欲が強い方だと思う?」
と訊かれて、
「うん、そう思う。だからこそ余計に身体が敏感になってしまい、次にまでその感覚が残っている。だから余計に、すでに食べた後のような飽食感があって、見るのも嫌になるんじゃないかって思うんだ」
と、高杉は言った。
「じゃあ、高杉さんの場合だとさっきのオープンマリッジが嫉妬心を煽って、刺激になるという方法では、根本的な解決にはならないんじゃないかしら?」
と言われて、
「それはそうよね。でも、元々、EDだって根本的な解決にはならないと思うんだ、一種の応急手当のようなものであったり、何かのきっかけにはなるかも知れないけど、しょせん刺激なんだよ」
と高杉は言った。
「どういうこと?」
「確かに、奥さんが他の男性に抱かれているのを見て、一時的に興奮して、勃起するかも知れないけど、でも、それはその時だけのことでしょう? すぐに頭の中で冷めていってしまえば、また勃起不全になってしまう。それを解消しようとすると、また同じことをしないといけない。しかも、相手を変える必要があるかも知れないよね? より強い刺激でないと、そもそもEDになるくらいなんだから、刺激には疎くなっているのかも知れない。僕のように、飽食状態になってしまっていれば、今度は同じシチュエーションというだけで、興奮しきれなくなるんじゃないかって思うんだ」
と高杉は言った。
「なるほど、それは言えるかも知れないですね。異常性欲というのは、普通のセックスでは満足できない。あるいは、セックス自体に満足できないという稀な性格の人がなるわけで、刺激を求め続けないと、セックスライフはありえないという人であれば、気の毒な気がするわ。ただでさえ、偏見の目で見られるでしょうからね」
とさくらは言ったが、
「それって、結局、性犯罪が異常性欲から起こっている場合が多いからで、実際に何をどうやっても、性犯罪なんかなくならないと思うんだよ。今回の法律の、なんだっけ、セックス同意書制度だっけ? あれだって、実際には滑稽に見えるけど、あくまでも応急手当であって、根本的な解決になっているわけではない。法律を作っている人がそんなことは最初から分かっているくせに、一つ法律を作ると、すぐにその改正案を作ろうとはしない。それがきっと、まわりから、それならどうして最初から、改正ありきで作っておかなかったんだ? と言われて終わりじゃないかと思うんだよね。そうなってしまうと、応急手当という中途半端な法律だけが残ってしまう。ただ、この法律にだけは。何とか穴がないようにしようと思っているはずなのだけど、結局そもそもが中途半端なので、穴がないわけはないよね。穴がないのであれば、逆に改正案などなくてもいいわけだからね。これが結局政府の一番悪いところじゃないかと思うんだ。つまりは、やりっぱなしということであり、それが、結局は蓋を開けてみると、こんな法律ない方がよかったなどと世間から言われて、何をしていたんだということになるのさ。そのせいで、法案もどんどん薄っぺらい物になって、国民がいうから、とりあえず、法律らしいものを作ったという程度で納得してしまうのではないだろうかね?」
と高杉は力説した。
さくらもよく分かったかのように、何度も深く頷いていた。
「うんうん、確かにそうなのよね。法律というのは、基本的に紛争や犯罪に対してのものが多いので、お互いというものが存在する。双方、別の人間なのだから、法律がそのまま適用されない場合もあるでしょうね。決定的な憲法の三原則のようなものでもない限り、法律一つで解決できるなんてことはないんですよね。だから、検察、警察があって、弁護士がいて、裁判官がいる。いわゆる司法があるということなのよね」
と、さくらは言った。
「でも、法律というのは、実に冷たいもので、下手をすれば、容赦なしに、被害者を追い詰めることになったり、被害者なのに、世間の好奇の目に晒されて。訴えなければよかったという思いをさせたり、逆に、相手から、裁判になれば、言いたくないことまで言わなければならないと相手弁護士に諭されて、訴えを取り下げるということも、往々にしてあったんだよね。そこには、当然示談金が必要だけど、示談さえして、訴えを取り下げれば、もう罪になることはない。それが、弁護士のやり方というものなんだよね」
と、高杉はいうのだった。
「オープンマリッジというのも、同じことが言えるのかも知れないわね。結局は、応急手当でしかないのに、そのことに気づかないので、せっかく一度は復活したのに、またEDになってしまう。今度の原因は単純に興奮しなくなったということであり、その根本的な理由は、次にはもっと今以上の興奮がなければ、反応しない身体になっているということに気づかないことなんじゃないかしら?」
と、さくらがいうので、
「その通りさ。そのことに気づけば、根本的な理由の解消に、病院に行くんじゃないかな? その理由が泌尿器科にあるのか、産婦人科にあるのか、それとも精神科にあるのかというのは分からないけどね。だから、根本の原因を取り除くというくらいの気持ちを持っていないと、病院に行くという行為は躊躇してしまうよね」
と高杉は言った。
「だって、ただでさえ病院というのは、行きたくないところでしょう? 特にあの薬品の臭いを嗅いだだけで気持ち悪くなる人がほとんどでしょう? 特に歯医者のあの臭いは独特で、私は絶対に嫌だわ」
と、さくらは言った。
法律の破綻
さくらと高杉は、その時、いろいろもっと言いたいことがあったのだが、ちょうど時間となったので、出なければいけなくなった。
「せっかくいいところだったのにね」
と高杉がいうと、
「ええ、こういうお話できる人があまりいないので、もっとしていたい気がするわ」
とさくらも言った。
「まあ、次回までには、新しい話を考えておくよ」
「ええ、ありがとう」
と言って、その日は別れた。
男によっては、連絡先を教えてほしいという人もいるかも知れないが、高杉はもしさくらが、LINEを交換してくれると言っても、しないような気がした。
「風俗嬢とはあくまでも、その小部屋だけでの疑似恋愛」
という気持ちを律義に守っていた。
高杉の考えとして、
「疑似恋愛を楽しむ相手との間には完全な一線を画して、お互いに想像力を膨らませる仲の方が、お互いにいいだろう」
と考えていた。
さくらもきっと同じであろう。
「高杉さんになら、LINEくらいならいいかも知れないわ」