精神的な自慰行為
「さくらさんだったら、もし、どこかで会っても、普通に声を掛けてくれても、僕の方は全然かまわないよ」
というと、
「私もそうかも知れない。別に声を掛けてもらうくらいなら問題ないと思うのでね。でも、口の軽い人はさすがに怖いと思うの。高杉さんだったら、きっと大丈夫だと思うの」
と、だいぶ慣れた頃にそうやって話したことがあった。
さすがに、どこかで出会うというようなことはなく、声を掛ける機会はなかったが、
「いずれはどこかで声を掛けられると嬉しいんだろうな」
と、しばらくは声を掛けてもらえることを期待している自分がいた。
さくらは、
「他の誰にも話したことがないんだけど」
と言って、自分の身の上話をしてくれた。
話を訊いていて、
「なるほど、さくらさんなら、そういうこともあったじゃないかっていう気はしていたよ。だけど正直に言うと、僕の中では、さくらさんというのは、そんな簡単に男に引っかかるタイプではないという認識なんだけど、ひょっとすると、怪しいかも知れないと思いながらも、信じてしまったというところなんだろうか?」
と聞くと、
「うん、少し違っているんだけど、確かに後から思えば、分かっていたような気もするの。でもね、その人を全面的に信用していたわけでもないし、ずっと信じていようとも思っているわけでもないの。自分でもよく分からないんだけど、何か自分を試してみたという感覚なのかも知れないと思うの」
というさくらに、
「自分を試してみた?」
と聞くと、
「ええ、彼をどこまで信じられるかを試そうとしていたのではないかという気がしたんだけど、どうも違うような気がする」
と、さくらは言った。
「うん、さくらさんは、そんな冒険をするようなタイプには見えないんだ。だから、それだけに、男に騙されるというのが、どこか不自然な気がして、そこに僕の知らないさくらさんがいるんじゃないかと思うんだよね」
と、高杉は言った。
「それは、褒められているのかしら?」
というので、
「褒めているつもりだよ」
というと、さくらは、恥ずかしそうに俯いたが、本心は別のところにあるようだった。
「私にとっい、彼を信じるということは、最低限のマナーだと思ったの」
とさくらはいう。
「どういうことだい? 騙されていると分かっていなかった?」
と質問すると。
「信じたいという気持ちと、騙されているのだから、一刻も早くハッキリさせないといけないという気持ちのジレンマが私の中にあって、葛藤しているの。たぶん、それは皆私と同じ立場になれば、同じではないかと思うんだけど、他の人はそれでも、まずはハッキリさせたいということが優先して、現実を見ようとするんじゃないかと思ってね」
と、さくらは言った。
「それは逆じゃないのかな? 真実を知るのが怖いと思うのが普通じゃないかと思うんだけど、僕だったら、知るのが怖いと思うだろうな」
と高杉がいうと、
「そりゃあ、確かに真実を知るのは怖いけど、逃げてばかりはいられない。どこかでハッキリさせなければいけないという思いは誰にだってあると思うの。でもね、この気持ちって、相手を好きになったことで生まれてきたんだろうか? って考えるんだけど、そう考えると、今度は、本当にその人のことが好きだったのかって、どんどん気持ちが遡っていくのよ。それで、最近になって、前に高杉さんが話していた言葉を思い出したの」
とさくらは言って、息を吐いた。
「僕の言葉?」
息を吐いたさくらの間隙をついて、高杉が聞いた。
「ええ、いつも同じ人ばかりを抱いていると飽きるんだって。そして、それは食べ物で証明されているんじゃないかっていわれた時、まさにその通りだと感じたのよ」
というさくらに対して、
「ああ、確かにそんな話をした気がしてきたね。でも、そんな話、よく覚えていたね」
というと、
「ええ、そうなのよ。実は私、あまり記憶力のいい方ではなくて、結構いろいろなことを忘れてしまうんだけど、最初はどうしてなのかって分からなかったの。でも、高杉さんの話を訊いて、ああ、私の記憶力の悪さというのは、頭の中がすぐに飽和状態になるからなんじゃないかと思ってね。その人と一緒にいて、その時を一期一会であるかのように感じると、そこですべてを満足する気持ちになるの。つまり、その満足感が、頭の中の記憶をいっぱいにするから、その前の記憶が薄れてしまう。だから、覚えられないんじゃないかって考えたの」
というさくらに。
「なるほど、実は僕も記憶力は悪い方なんだ。今までどうして覚えられないのかって考えたことは何度もあって、特に人の顔が覚えられないんだよ。理由は複数あるんじゃないかと思ってね。一つは、自分に自信がないので、本当は自分が思っている人だと感じてるんだけど、声を掛けたりする勇気がないんだ。子供の頃自信を持って声を掛けた相手が違う人で、必死に何か言い訳をしていたんだけど、その態度が自分で情けなく思えてきてね。それで、自分からはもういけなくなってしまって、それから人の顔が覚えられないという思いを抱くようになったんだ。そしてもう一つなんだけど、例えば今、初対面の人と、二時間くらい一緒にいて話をしたとして、次に誰かに会うとすると、その人の顔をその瞬間に忘れてしまうんだよね。きっと、新たに会った人の顔の印象が残ってしまって。覚えられないんだ。自分には、人の顔を覚えるには、覚えきるまでに、誰かの顔が次に印象付けられると、覚えることができない。それがたとえ、記憶の中にある人であってもね」
と、高杉はいう。
「そうそう、きっとそれが意識の中での飽和状態になっているんじゃないかしら?」
とさくらがいうと、
「そうなのかも知れない。でも、実際にここまでの意識はあったんだけど、でも、それがセックスなどによって、すぐに飽きてしまうという性癖に結び付いてくるとは思ってもみなかったな」
という高杉に、
「それは高杉さんの中で、恥ずかしい性癖を自分で認めたくないという意識が働いているからなんじゃないかしら? 私も、誰にも言えない性癖であったり、人に話しても、理解されないような話を抱え込んでいるとしたら、自分でも意識をしていないかのような気持ちになるんだって思うのよ」
と、さくらは言った。
「なるほど、意識の中の飽和状態ってことだね。それはなかなかいい表現の気がするな。僕がそうだということは、同じように、記憶力がよくないというさくらさんも、僕と同じ名k泣くなんだろうあ?」
と聞かれたさくらは、
「そうかも知れない死、違うかも知れない。今のところ、自分でもピンと来ていないような気がするのよ」
とさくらは言った。
さくらとの何度目のお相手であったのか、ここまで話ができるようになるまで、結構早かったような気がする高杉であった……。
オープンマリッジ
さくらと弘子が、レズビアンの関係に陥るまでには、そんなに時間が掛からなかった。最初にモーションを掛けてきたのは、弘子の方だったが、さくらもまんざらでもない。
何しろ、元々レズっ気のあるさくらだったので、相手から誘いをかけてくれたことが嬉しかった。