精神的な自慰行為
「ええ、分かっているわ。高杉さんがこのお店に来てくれるのは、男としての性だということも分かっている。特に最近は、彼女がいらないという男性が増えていることは私にも分かっているからね」
とさくらはいった。
「さくらさんは、分かってくれていたんだね。確かにそうなんだ。一人に決めてしまうと、男として、同じ相手をずっと貫かなければいけないという気持ちはあるんだけど、身体がいうことをきかないというのも、大きな問題なんだ。ねえ、他のお客さんも同じような感覚なんだろうか?」
と高杉が聞くと、
「ええ、そういう男性がたくさんいることは確かね。だから私たちも、男性を癒してあげているという気持ちにもなりやすいのよ。それだけ、セックスというのが、昔に比べてオープンになってきているのかも知れないとは思うんだけど、私たちは本当に、男性を癒すことができているのかという気持ちも正直あるのよ」
と、さくらは言った。
「それは大丈夫だと僕は思うよ。他の人が僕と似たような人だったら、大丈夫だと自信を持って言える」
「ありがとう。さすが高杉さん。私ね、たぶん何か誰かに自分の中に人知れず考えていることがあって、それを誰かに聞いてもらいたいと思った時、最初に考えるのが、高杉さんなんじゃないかって思っちゃうの」
というさくらに対し。
「ありがとう」
と高杉は答えた。
高杉も、男として、女性からそんな風に言われれば嬉しくないわけもない。
人によっては、
「風俗嬢のいうことを真に受けて」
というやつもいるだろうが、高杉とすれば、
「それこそ偏見というものさ。相手が風俗嬢であったとしても、普通の女の子なんだよ。確かに相手をサービス業の人がいう、営業トークだと考えれば、真に受けるのはどうかと思うけど、それは相手が風俗嬢かどうかということとは別の問題なんじゃないかと思うのさ」
と思っている。
もちろん、彼女たちの中にhいろいろな女の子がいるだろう、ただ、さくらに関しては。どこか自己主張の強い女の子だということも分かっていて、それでいて、従順に見せる小悪魔的なところのある女の子だということも分かっている。
それなのに、いろいろ考えてしまうのは、
「俺が、風俗嬢以外の女性とほとんど話をしないからだろうか?」
と考えてしまうのだが、それは事実である以上、他の人から言われると、言い返す言葉があったとしても、そこにどこまでの真剣な主張を繰り広げられるかというと、自分でも疑問であった。
「男女で、身体の作りが違うから、考え方もおのずと違ってくるはずだ」
という考えが、どこまで通用するのか、疑問だったのだ。
高杉は、考え込んでいるようだった。
小説と絵画
さくらを指名して法律の難しい話をした次の日、高杉は谷口弘子に話しかけた。
谷口弘子に話しかけるタイミングをちょうど掴んだような気がしたからだったが、弘子の方は待っていたとはいえ、いきなり話しかけられると、それは大いにビックリさせられるのだった。
「谷口さんは、彼氏とか、いるのかな?」
といういきなり核心をつくような聞き方に最初はドキッとした弘子だったが、こんなことをいきなり聞いてくるというのは、却って自分に彼氏がいるかどうかということが気になってのことではないということが分かった。
だから、急に冷めた気がした弘子は、
「いいえ、いませんよ」
と落ち着き払った気持ちで言い切った。
「そっか、俺も彼女はいないんだけど、その分、趣味があったりするので、毎日が充実はしているんだ」
と言った。
「趣味ですか? それはいいですね」
弘子は高杉を気にしていたが。どこが気になっているのかハッキリとは分からなかったが、今の話を訊いて、自分にないところを持っているという意味で、興味を持ったのだということが分かった、
弘子は、男性と別に付き合いたいと思っているわけではないが、注目を浴びたいという気持ちは強かった。これはアイドルのような感覚と言ってもいいかも知れない。そういえば、アイドルというと、恋愛禁止という言葉がくっついてきているように思うので。弘子のような女性は、性格的にはアイドル向きなのかも知れない。
弘子は、高校生の頃までアイドルを目指していた。歌のレッスンに通ったり、ダンスレッスン。アイドル養成学校の小学生部門に所属していて、地元のCMやキャンペーンに参加したこともあった。
ただ、それも中学生までのことであって、高校二年生くらいになると、アイドルを諦めるようになった。
元々アイドルに自分がなりたかったわけではない。母親が娘をアイドルにしたかったのだというが、それは、自分も同じように親からアイドル養成学校に行かされて、せっかく遊びたい時間を犠牲にしてやらされていたことに不満爆発だったが、母親はそんな娘の気持ちを分かっているのかいないのか、次第に娘は、やる気がなくなってくる。
最初の頃は嫌というわけではなかった。アイドルもまんざらでもないと思っていたが、ある時急に何かがキレた音がしたのだ。それから、養成教室にいくこともなくなり、母親の夢は脆くも崩れたという。
しかし、弘子の母親はアイドルになるための教室が嫌いだったわけではない。ただ、無理やりやらされているという思いが嫌だったのだ。だから、結局、途中で嫌気がさして辞めてしまったが、大人になると、最後までやり切れなかったことを後悔するようになり、娘に対しても、同じような思いを抱くようになった。
弘子は、母親の薦める、
「アイドルになりたいと思う?」
という言葉を聞いて、
「やってみたい」
と答えたその時、母親は、
「この子は、私の血を受け継いでいるから、あの時できなかった後悔を受け継いでくれているんだ」
と思い、
「そう、それならやってみなさい。お母さんが教室を探してきてあげる」
ということで、母親が探してきた教室に入学した。
その学校は、地元では有名なところだったが、、地元アイドルくらいはなれたとしても、東京のような中央では、売れることは難しいと思われた。
「うちの学校は、生徒のやりがいを育てるようなところなので、それほどきつくはありませんが、お母さんがどうしても娘を有名にしたいという意思を強くお持ちであれば、うちには合わないかも知れないので、そこはご了承ください。だから、もし、うちに合わないと思った時は、いつでもお辞めになっても構いません。あくまでも、皆さん、つまりは生徒の覚悟とやる気次第だということですね」
と先生は話していた。
自主性に任せてはくれるようだが、その代わり、世間一般常識のような躾はしてくれるのだろう。
そういう意味で、弘子は選択肢は自由にあったが、一旦、入学すると、辞めたいということが言いにくい雰囲気にあることは分かった。
もし、
「辞めたい」
などというと、
「どうして? あんなに自由な学校はないのよ」
と言って、しつこく理由を訪ねられ、もしここを辞めるとすれば、ハッキリと口に出して言えるような理由がないということは分かっていた。
その理由を説明できないことで、辞めることができないなどということは、どこか理不尽な気がして、