理不尽と無責任の連鎖
その気分を味わってみたいと思っていたのに、実感と実際の時間が同じというのは、実に寂しい感じがした。
――集中していないということかな?
と感じたが、それは違うと思いたい。
やはり引きこもりという状況に陥った時、感じる時間に対しての感覚がマヒしてきたということなのかと、感じていたのだが、それがある意味間違っていたのではないかと感じるのは、集中しているはずの感覚を自分で信じられないことへの憤りなのかも知れない。
だが、時間の感覚と実際の過ぎた時間が同じであっても、時間の感覚が戻ってきたわけではない。却って、
「時間というものが、絶えず同じ間隔で刻まれているのだ」
ということを身に染みて感じただけで、毎日が同じ感覚になってしまい、昨日のことなのか今日のことなのかすら分からなくなってきた。
もし、決まった時間に薬を飲むことが必要であるならば、飲んだかどうかをノートにでも書いておかなければ、分からなくなってしまうほどのレベルである。
まさか、こんな年で痴呆症などということはないだろうが、引きこもりというのは、実際にこの年での痴呆症を引き起こすものになるのではないかと感じるほどのものであった。
ただ、書いている小説が、普段はストレスになりそうなことを、自分の感情の中で爆発させる内容なので、完全にストレス解消のためだけに書いていると言ってもいい。
自分の小説の中で何人の人間を殺したであろうか? 相手が子供であっても、女であっても老人であっても関係ない。気に食わないやつは、肉親であっても。小説の中でぶち殺している。小説に書いたことが、現実に起こるわけでもなし、このような小説を人に見せるでもなし。やりたい放題だった。
女だって、やりたい放題。最近では、AVをダウンロードして見ていることも多い。それは、あくまでも、自分の小説に役立てるという意味でのダウンロードだった。暴行モノや痴漢もの、さらには、SMのような変態プレイなどが多かった。
「AVなんだから、過激で興奮するものでなければいけない」
と思い、ハードなものであったり、サイコなものにまで手を出したりしていた。
そんな映像を見ながら、自分で文章にしてみると、これがなかなか難しい。
「官能小説というのは難しいというが、本当にそうなんだ」
と思ったので、官能小説というジャンルではなく、他の小説に官能的な部分を織り込むような小説を書くことにした。
やはり、ターゲットとしては、探偵小説だった。ただ、ミステリーにしてしまうと、トリックの部分が難しく、うまくいかないので、ミステリーにオカルト的な内容を醸しださせることで、ラストを曖昧にし。その曖昧さが、ラスト数行で、どんでん返しを起こさせるような内容にできればいいと考えていた。
小説を何本も書いてみたが、自分で納得のいくような作品は一本も書けなかった。
「小説を書くというのは、本当に難しいことだな」
と感じたが、その裏返しに、
「素人なので、何を書いてもいいということで気が楽なように感じるが、何でもいいということになると、範囲は無限にあって、自分で絞り切ることができないと、永遠に書き始めることすらできなくなる」
というものがある。
「何を書きたいのかということのはずなので、そんなに難しいのではないのでは?」
という人もいるが、何かを書きたいと最初から思っていることがあるのであれば、こんなに苦労することもない。
今のところ、本当に書きたいと思うのは、ストレス解消になることであって、そのためには、いくらでも人を殺してもいいし、蹂躙してもいい。宗教でいえば、
「地獄に落ちるような所業」
を小説の中でどんどん書いている。
「一体、何回、地獄に落ちれば気が済むというのだろう?」
と感じるほどである。
小説を書いていて、最近多いのは、隣のガキを殺すというシチュエーションだ、この間のプールでのうるさかったことを思い出すと、身体が震えるほど怒りがこみあげてくる。
「父親までもが、子供と一緒に遊んでいる、この二人、どのように抹殺しよう」
という思いからである。
どうせ殺るなら、ナイフで刺すなどのような単純なやり方では面白くない、中学時代に読んだ探偵小説の中には、結構えげつない殺し方がある。見た目には血を流すわけではないが、ちょっと想像しただけで、これほど恐ろしいやり方はないというような話であった。
また、中国や西洋の処刑の話でも、血は流さない方法の方が恐ろしいものもある。ぞっとするような処刑方法である。
「どうせなら、一思いにやってくれ」
と言いたいだろう。
処刑される人間も、まわりで見ている人間も、本当に溜まったものではないのだろう。
世の中には、本当に恐ろしい処刑方法もある。
手首足首に綱をつけて、身体を引き裂くかのような状態にしておいて、炎天下で、塩水につけた綱手、放置しておく、乾いてくると、綱が縮んできて、身体を引っ張るようになる、最後には、身体が耐えきれず……。
考えただけでも実に恐ろしい。
こんな残虐な気持ちになったのは、やはり引きこもっていた時に培われた精神なのだろうか?
平野はそんなことをずっと考えていた。
「うるさい」の呪縛
処刑というわけではないが、一つ刑罰として気になり、小説に書いてみたいと思った話が、あれは確か、昔話の中にあったのではなかったか。妖怪が出てくる話であったが、一人の男が森の中に迷い込んでしまい、彷徨っていると、人の呼ぶ声が聞こえた。
「誰かいないのかな?」
と呼んでいるのだ。
こちらも、彷徨っているところだったので、一人でも仲間がいれば、心強いと思って、声のする方に向かって歩いて行った。
声のするその場所は、広っぱのようになっていて、その中心に、かかしのようなものが一体だるだけだった。
「なあんだ、気のせいか」
と言って、その場を立ち去ろうとした時、
「どうして行っちゃうんだよ。せっかく来てくれたのに」
という声が来超えて、振り返ってみると、後ろを向いていたはずのかかしがこっちを向いていて、かかしが喋っていたのだ。
「うわっ、妖怪か?」
と完全に男はビビッてしまい、腰を抜かしてしまった。
「そんなに驚くことはない。俺だって、別に妖怪というわけではないんだ」
というではないか。
「どこをどう見たって妖怪だよ」
と言って、その男を見ると、その男はまだ少年と言ってもいいくらいの子供で、だが、その笑顔には悪魔のような恐ろしさがあり、笑顔で見つめられると、身体が痙攣し、動けなくなってしまうようだった。ただ、その笑顔を見た時、本当の年齢がまったく分からない気がして仕方がなかった。
実際に腰を抜かしてしまったことで起きられなくなったのだが、
「もう、あなたはここから立ち去ることはできないのでね」
と、少年妖怪はボソッと言ったが、次の瞬間、
「しまった」
という顔をした。
言ってはいけないことを言ったという感じである。
少年妖怪は気付かれていないと思ったのか、
「君、ごめんだけど、そこに落ちている水晶を取って、僕に渡してくれないかな?」
といった。
作品名:理不尽と無責任の連鎖 作家名:森本晃次