理不尽と無責任の連鎖
「その女は俺の母親さ。つまりは、俺にも母親と同じ残虐な血が流れているということさ。しかも、母親と違って。俺は復讐にその血を捧げた。地獄に落ちてもいいと思っている。どうせなら、地獄に落ちて、母親に復讐してやるのが俺の願いさ。どうやって復讐しようか楽しみだ。きっと地獄の鬼どもも、俺の味方になってくれることだろうよ」
と言って、嘯いて見せた。
その犯人の顔を見て、復讐される男は完全にビビッてしまった。おもわしまでしたようで、
「おいおい、お前がそんなへなちょこじゃあ、面白くないんだよ。悪党なら悪党らしく、悪ぶって見せるくらいしろよ。そんなヘタレに対して復讐したとなっては、俺が人生を掛けてきた復讐が色あせるというものだ」
というのだった。
「どうやって復讐しようかとずっと考えていたんだが、しょせん。これくらいのことくらいしか思いつかなかった。こんな程度の復讐であれば、十回くらいお前を殺しても。まだおつりがくるぜ。だから、もっと堂々としてくれよ。これじゃあ、俺が地獄に行って閻魔大王に、母親への復讐をさせてくれと言えないじゃないか」
と言って、残念がって見せた。
実際に残念がっているように小説では描いていた。読んでいて、自分がこの男の立場なら、もっと他に残虐な方法がないかと考えるところだ。
この小説を読んでからだろうか? やけに復讐系が動機の小説を読むようになった。実際に昔の小説では、復讐系の話が多いような気がする。自分の好きな作家の小説に復讐系が多いからそう感じるのかも知れないが、他の作家の話では、どういう動機の話が多いのか分からない。
同じ作家の他の小説でも同じような話が多く、復讐の場合は、
「俺はこの復讐に、人生を掛けてきたんだ」
という言葉が印象的だった。
時代背景がそういう時代なのか、少々人が殺されても、あまりビックリしない時代でもある。何しろ、日華事変から、大東亜戦争にかけてと、
「戦場では人が死ぬのを、日常茶飯事に見てきて、人が死ぬという感覚がマヒしているようだ」
という人が多いと、小説には書かれていた。
実際に戦場がどのようなものだったのかも、銃後の生活がどのようなものだったのかなど想像もつかない。戦前、大正末期から昭和初期は、大陸との関係で、実に動乱の時代でもあった。途中に、関東大震災、世界恐慌、大飢饉などと勃発し、人口問題から引き起こされた満州事変から後の時代がどのようなものか、今の時代を生きている人は誰にも分からないだろう。しょせん、平野も本での知識だけである。ただ、それでも勉強しない連中よりは、発言してもいいだろうと思っている。
父親もこの世から消してしまうことはできる。しかも、息子はその場から、完全に教説させるのに対して、父親に関しては三十分だけ、この世に半分生存させておく。
半分というのは、半分が別の場所にいるというわけではなく、この世に存在はしているが、肉体派なく、魂だけの存在が、自分にだけ見えて、他の人には一切見えないというものである。
つまり、父親は、肉体消滅光線を浴びて、その場で魂だけの存在になったが、最初はそのことに気づかない。自分には自分の肉体があるかのようにしか見えないからだ。
その三十分の間にその男は、自分が目の前のものを通り抜けることを知り、さらに、何かを触ろうとしても、手がその物体を通り越してしまうことで、見えている肉体が、
「見えてはいるが、存在していない」
ということに気づいていく。
「どういうことなんだ?」
と、言ってももう遅い。
「ふふふ、お前はもうこの世のものではないからな」
と、主人公は嘯いてみせる。
「どういうことなんだ。俺はどうなるんだ?」
「お前は、さっき、一瞬フラッシュが焚かれたような白い閃光を見なかったかい・」
と言われた男はやっと思い出して、
「あの瞬間からのことなのか?」
と怯えた声でいう。
「ああ、そうだ。あの瞬間から、三十分後に、お前は魂だけになって、消滅するんだ。お前の息子のようにな」
と言われ、父親はハッとした。
先ほどまでいたと思っていた子供の姿が見えなくなったので、探しに出たのが父親だった。
「子供は? 息子はどうしたんだ?」
と、焦りに満ちた声を挙げた。
「ああ、お前のあのうるさいクソガキは、この俺がほうむってやったぜ。消滅させてやったと言った方がいいかな?」
と、主人公がニヤッと笑うと、その表情をまるで悪魔の微笑みに見えるようで、父親はゾッとした。
まるで夢を見ているようだと思った父親は、頬をつねろうとしたが、
――そうだ、身体が消滅しかかっているんだ――
と、つねることができないのを、いまさらながらに思い出した。
「息子はどこに行ったんだ」
と父親に言われて、
「さあま、どこに行ったんだろうな? この消滅光線を発する銃は、肉体を消滅させることはできても、その後の魂のことなど、知る由もないからな」
と言って、またニヤッと笑った。
「何という無責任な」
と父親がいうと、
「お前はまだ、自分の立場が分かっていないようだな。お前は今俺とこうやって話ができてはいるが、すでにこの世のものではないんだ。お前に対しての死刑執行の中でも重たい刑罰として、半分存在するという時間を三十分に限って持たせるようにしたのさ。白い閃光を浴びてから三十分という時間だ。三十分というのが長いのか短いのかは、俺には分からない、何しろ俺は光を浴びたことなどないからな」
と相変わらずのしたり顔だった。
「何でこんなことをするんだ?}
というので、
「何で? お前ら親子は、毎日うるさいだろう。それが処刑の理由だ」
「うるさい? うるさいってなんだよ」
と、この父親はこの期に及んでも、自分の罪の深さに気づいていないようだ。
「うるせえんだよ。ギャアギャアとな。あのクソガキは何が面白いのか、何に不満なのかギャアギャアとな。本当であれば、注意するべき女形で一緒になって騒ぐから、収拾がつかないどころか、さらにうるさい」
という主人公の言葉に、
「俺も悪者なのか?」
と、父親のセリフに、さすがに主人公は閉口した。
「やはりお前の罪を重くしといて、正解だったようだな。お前がこの期に及んで、罪の意識がないなんて、話になりゃあしない」
というと、
「俺に何の罪があるというんだ。子供だって、よく分かっていないから騒ぐのだって仕方がないじゃないか」
と父親が、苦しい言い訳を、最後の力を振り絞るかのように言った。
「ここまでバカだとは思わなかったな。本当に呆れるぜ。お前は今子供がよく分からないと言ったな?」
と言って、父親に詰め寄ると、父親は少し下がっておじけづいたかのように、
「あ、ああ」
と言った。
身体は見えているだけで、こちらからは攻撃もそちらからの攻撃もできないと言っているはずなのに、身体が反応したのは、本能からなのだろうか。
主人公は続ける。
「そうさ。子供は分からないんだ。だから、大人のお前が教えてやらないといけないんじゃないか。大人の世界のことをな? お前だって、隣で誰かがうるさくしていれば、ムカッと来るだろう? それと同じさ」
というと、
作品名:理不尽と無責任の連鎖 作家名:森本晃次