バラとスズラン、そして、墓場まで……
ということだけを口にして、
「袴田に聞いてくれ」
と形式的なことしか言わなかった。
それが取り調べにおいてのことなので、それはしょうがないことではあるのだが、山内は、いきなり警察の訪問を受け、さらに重要参考人として逮捕までされ、尋問を受けることになったのだから、頭の中が混乱しているのだろう。
いや、それとも、警察の取り調べまでは予想していたが、まさか逮捕会でされるとは思っていなかったので、そこまで取り調べの言い分を考えていたわけではなかったのだろう。だから袴田のことを思い出すのにも時間が掛かったと言えばそれまでだが、本当にそうであろうか。
何か思い出すまでに時間が掛かったかのように思わせるトリックがそこに含まれているとすれば、山内という男は、かなりしたたかだと言えるだろう。
だが、大学時代の友人に聞いてみると、したたかと思えるのは袴田の方で、山内は絶えず、袴田のケツを追いかけているにすぎないと思わせるのだ。
「そうか、この二人の関係における、山内から袴田への尊敬の念は。このしたたかさにあったのかも知れない。したたかというのは漢字で書くと、強かという『強』という字になる。そんな強さに、山内は惹かれたのかも知れない」
と、刑事は感じた。
「袴田と山内の関係がどのように事件に関係しているのか分からないが、関係性という意味では大いに興味をそそられるな」
とも、考えていた。
それにしても、山内を取り調べている時に、まるで思い出したように、袴田の話が飛び出した。前述のように、取り調べで追い詰められた状態で、頭がパニックになっている間、何を言われるかとビクビクしている間のことなので、思い出せなかったのも仕方のないことだろうが、果たしてそうなのだろうか?
満を持して、袴田の名前を出したのだとすれば、そこに山内の計算があったのかも知れないが、それは今までの山内を見ていてもそこまでは考えにくいことであった。
だが、それも、山内の性格というものが、今のところ、袴田という男の存在が、大きく山内の性格を表しているようにも考えられる。
袴田の存在が強すぎて、山内は本当はもっとしたたかなのかも知れないが。それを思わせないほどの袴田の性格。まさか、そこまで山内が計算して袴田の名前を出したのだとすれば、確信犯的なところがあると言ってもいいだろう。
だが、これはあくまでも、証人としての話である。二人が示し合わせでもしていない限り、実際に証言を都合よく求めることはできないだろう。
そう思うと、最近の二人が、どこかで会っていたり、誰も知らないところで連絡を取り合っていたなどということがないかと考えられた。
山内のスマホは押収され、当然のことながら、通話履歴、LINEのやり取りなども確認された。しかし、山内の連絡先も登録されていないし、履歴もない。
履歴を消した形跡もなければ、誰か分からないと思えるような不思議な相手も、その連絡先には存在しなかった。少なくとも、スマホにおいての連絡先は分かっていないのだ。
山内も、袴田(婚約者はいるが)も独身なので、奥さんにバレるなどという心配もないし、山内には付き合っている女性もいないという話だったので、スマホを見られても困るということはないので、カモフラージュするような相手がいるわけではなかった。
だが、実は山内という男は、思っているよりもしたたかな男のようだった。
これは山内の会社の同僚に聞いた話だったが。
「山内さんですか? 山内さんという人は、女性を好きになることの多い人でしたね。結構、痛い目に遭っているというのも聞いたことがありましたけど、ずっとああいう性格だと疲れるじゃないかと思っていますよ」
と言っていた。
これは、大学時代の仲間に聞いた話と共通性があった。
ただ、今の山内は。大学時代と違って、社会人としてのわきまえはあるようで、むやみやたらに告白をすることはなかったという。
「彼には、自分の好きな女性のタイプというのがハッキリしているので、告白の回数が多いと言っても、誰でもいいというわけではないんです。そういう意味で、性格的には本当に素直なんでしょうね。でも、それを感じさせないほどの告白をしているので、まわりに受け取られる性格としては、損をしていると思います」
と同僚は言った。
「じゃあ、彼には、あまり強かなところはないということでしょうか?」
と聞かれた同僚は、
「そんなことはないと思いますよ。彼は彼で、素直な性格がゆえに、結構損をすることが多かったですからね。その都度傷ついていたりするので、それが蓄積してくると、かなりのダメージであったり、トラウマが残ると思うんです。でも、そこまで感じさせる雰囲気はないので、それを感じさせないということは、それだけ彼に強いところがあるか、あるいはしたたかだということなんだと思います」
という。
「あなたは、彼がしたたかだと思っておられるのですか?」
と聞かれた同僚は、
「ええ、そうなんですよ。でも、この考えは私だけではなく、他のまわりの人も感じているように思うんですよね。というのは、彼には、毎回成長しているところがあって。特に会議などでの発表の際には、まわりの同僚であったり、上司からも一目置かれるほど、真面目に取り組んでいて、それが少しずつ実を結んでいるんです」
という、
「それがしたたかだということと、どう関係があるんです?」
と訊かれて、
「山内は、そんなに器用な人間ではないので、特に人間関係では結構苦労をしていました。その彼が、最近は人間関係で悩んだりしているのが見えないんです。どこか自信のようなものがあって、それがしたたかさから来るものではないかと思うんですよ」
と同僚が言ったが、
「それのどこがしたたか?」
「器用な人間でもないのに、特に人間関係のような生き物のようなものに対して悩んでいないということは、どこかしたたかさがないとできないことだと思ってですね」
と、同僚は言った。
ストーカー被害
ちょうど、その頃、K警察署に、一人の女性が神妙な顔で入ってきた。彼女が向かったのは生活安全課。刑事課とは違った。一階で、生活安全課が何階なのかを確認し、三階であると分かると、正面にあるエレベータで上の階に向かった。K警察署というのは、昭和の頃に建てられたまま改装もされずに今に至っていることから、いたるところが老朽化しているようなところであった。
廊下も狭いし、まるで、昔の市役所のようなところだった。市役所の方は新しい社屋になったことで、警察署も近いうちに改装しなければならないということも分かっていた。何と言っても、老朽化は避けて通れないことだからである。
三階に上がると、それこそ市役所のように、受付が広がっていて、天井から、課の名前を書いたプラカードがぶら下がっている。生活安全課を探してみたが、見つからなかった。
「エレベータを降りた時に、この階の見取り図を見ておけばよかった」
と思った。確かエレベータからすぐのところにあったのをチラッと見たが、降りた瞬間、これだけ解放された空間であれば、すぐに見つかるとタカをくくってしまっていたのだ。
作品名:バラとスズラン、そして、墓場まで…… 作家名:森本晃次