バラとスズラン、そして、墓場まで……
「それは、たぶんですが、学年が違ったからではないでしょうか? 最初に卒業するのは先輩ですよね? ということは私が大学三年生で、大学時代を謳歌している時、先輩は就職活動に勤しんでしまうので、気を遣って、なかなか話もできない時期が続いたんですよ。先輩が何とか就職できて、就活から解放された時、今度は自分が就活の準備をしなければいけなくなって、立場が完全に入れ替わってしまったんですよね。そうなると、お互いにぎこちなくなって、話をすることもない。先輩に就活についての心構えなどを聞こうかとも思ったんですが、先輩はすでに就職が決まって、有頂天ですよね。そんな先輩が的確なアドバイスをくれるような気もしないし、有頂天になっている先輩を、これから就活の覚悟をしなければいけない自分が見るというのは、結構きついものがあるんですよ。それを思うと、会話ができなくなるのも当然だと思うんです」
というと、
「なるほど、それはそうですね。私も経験者ですので、分かります」
と刑事が言った。
「だから、先輩が大学を卒業すると、完全に疎遠でしたね。私は就職活動に必死でしたし、先輩の方でも、入社した会社では一番の新人なので、仕事を覚えたり、人間関係の構築などで、大変だったと思います。それは私が就職一年目に感じたことなので、間違いないと思いました。私の場合は、卒業してから就職すると、最初は同級生だった連中に連絡を取ったりもしていたんですが、皆、返事を返してくれないんです。たぶん、それどころではないと思ってはいたんですが、実際にそれどころではなかった自分が連絡をしているのに、それに対して返してくれないのだから、それこそ、こっちもムカついてくるというわけです。だから、何も言わなくなりました」
ということであった。
「それで、この間の再会が卒業してから二回目の再会だったというわけですか?」
と刑事は山内に言われたことを思い出しながら、詳しい内容を言わずに、含みを込めた形で聞いた。
「そうですね。あれは、サークルのOB会でしたかね。五年前くらいだったので、卒業してから、四年か五年が経っていましたかね。先輩は気さくに話しかけてくれたんですが、私の方が変に気を遣ってしまって、先輩に対して失礼な態度を取ったかも知れませんね」
と袴田は言った。
「でも、それは袴田さんが後輩だから、そう感じているだけかも知れませんよ、山内さんの方では、あまり気にしていなかったのかも知れないですよ」
と刑事は言ったが、それは実際に山内を尋問した刑事だから分かることであって、袴田の話をした時の山内は、それまでの取り調べで黙秘していたのを、いかにも警察との対決姿勢を見せていた雰囲気とはまったく違っていたからだった。
「そうだといいんですが、私の中では、どうも山内先輩に対しては、どうしてもぎこちない感じがするんですよ。山内先輩とは、一番仲が良かったものですから、一度こじれてしまうと、お互いにいいタイミングで歩み寄らないと、なかなか前の仲が元に戻る感じがしないんですよ。元々仲がよかったものが、一度ぎこちなくなると、お互いが歩み寄らないとうまくいかないんです。どうしても、相手に押し付けたという意識が残ってしまうし、歩み寄った方は、自分が歩み寄ったという恩着せが他の人に比べれば、叙実に現れているからですね」
と、袴田は言った。
「袴田さんは、山内さんと仲たがいしたままでよかったと思っていたんですか?」
と言われたが、
「本当は仲直りをしたいんですが、どうしても二人きりになると、息苦しくなってしまうんです。あの日も、別に用事があったわけではなかったんですが、ぎこちなかったので、先輩には、用事があるからと言って、そそくさとその場を離れたというわけなんです。先輩がどう思われたかは私には分かりません」
と、袴田は言った。
「そうですか、ということは、五年ぶりではあったけど、そのわりには十五分くらいの時間というと、あっという間だったんでしょうね」
と、刑事は言った。
「そうですね。私は集中している時の時間の感覚と、なるべくその場から早く立ち去りたい時とかなどの時ではまったく感覚が違っていますね。一時間が五分くらいの違いに感じるくらいです」
と、袴田がいうと、
「それは、きっと、集中できる何かを経験できたことが大きいんでしょうね。それがあなたにとっては音楽なんでしょうね」
と言われると。
「ええ、そうだと思います。でも、今は音楽からはスッパリ足を洗って、平凡なサラリーマンをしていますよ」
と袴田がいうと、
「そうなんですか? 私から見れば、音楽ができるというのは羨ましいという思いが強いんですが、どうなんでしょう? そんなにきっぱりと辞められるものなんですか?」
と言われて、
「いやあ、なかなか紆余曲折がありあしたよ。でも、音楽と言っても、私の場合はバンドなので、一人ではできない。結局人間関係であったり、それぞれ個人の事情も大学時代とは違ってあるわけで、結婚している人もいれば、出張が多い人もいる。いつも全員が集まれるというわけではないんですよ」
と言われて、
「そういう時はどうするんですか?」
「知り合いのフリーのバンドマンに応援をお願いしたり、そのパートがいなくてもできる音楽を演奏するとかですね。それに、私のいたところでは、皆楽器は一つではなく、二つ以上ができる人ばかりだったので、そういう意味では、いいバンドが出来上がっていました。結構何とかなるものでしたね」
「でも、それは大変だったでしょう?」
「ええ、その通りです。だから、最後は息切れしてしまって、少しずつ人が抜けていって、最後には解散を余儀なくされたという感じですね。なかなか社会に出てから、集団で何かの趣味をするというのは難しいですね。個人の趣味を羨ましいと思うことも結構ありました」
と袴田がいうと、
「じゃあ、一人でできる趣味を何か見つければいいじゃないですか?」
と言われて、
「そうですね、趣味というわけではないですが、個人的な趣味のようなものはあるので、それでいいかと今は思っています」
と言って、袴田はニヤッとほくそ笑んだ。
それを見た瞬間、刑事は何か違和感を持ったが、これ以上を詮索するのは、個人のプライバシーの侵害に当たりそうなので、控えたのだ。
特に刑事という職業柄、個人のプライバシーに抵触することは、控えなければいけない。事件絡みであれば、抵触することも仕方がないが、それでも、聞き込みまでで、実際に捜査を行うとなると、令状が必要だ。捜査令状、逮捕令状などがなければ、警察と言えども、動けない。
もちろん、現行犯は別であるが、そんなに都合よく目の前に現行犯がいるということもない。令状ありきの捜査方針は、さすが法治国家だというところであろう。
今は本当に、個人情報保護というものがあるから、大変だが、昔であれば、警察に訊かれれば、少々のことは話さなければいけなかった。客のプライバシーなどないようなものだっただろう。
特に、
「これは殺人事件の捜査なんだ」
と言えば、市民が協力するのは当たり前という風潮があり、それは今でも残っていることである。
作品名:バラとスズラン、そして、墓場まで…… 作家名:森本晃次